君を助けたいから 20
『beeFFroZZeenOOveeRRIceettuRRbuLLeentt』
マナの影響を受けてか、真紅の瞳が淡く紫がかった色に輝く。
薄く開けたその瞳で戦場の状況を把握しながら、彼女は魔法発動の場所と範囲を計算していく。一般的に強力な魔法ほど魔法補助具等の補助無しに正確な発動を行う事は難しいが、しかしアーリィはその素質に加えてイェソド・コア内に高速演算処理可能な機能を有している。そのため彼女は何の補助も無しに、暴発すればこの場の誰もが危険となる”二重展開魔法”を完璧に制御し発動させようとしていた。
『EnEMySnoWstORmbiG』
二重に重なる蒼と翠の魔法陣が、アーリィの足元にゆっくりと回転しながら浮かび上がる。彼女の長い黒髪は風ではない力に揺さぶられ、全身は足元の魔法陣から放たれる幻想的な色に染まった。
『hOpEReLiEfdEsTruCtIOnPRaYer.』
そして全ての呪文詠唱が終わる。アーリィは薄く開いていた目をはっきりと開き、古代呪語では無くユーリたちに語りかける言葉を口にした。
「準備できた。いつでも発動できるけど、魔法が大きいから巻き込まれないようになるべく敵から離れて」
「りょーかいっ!」
アーリィの言葉を聞き、ユーリが返事をする。ジューザスも頷き、彼は少し離れた場所にいるアゲハに向けて叫んだ。
「アゲハ、アーリィの魔法に巻き込まれないように離れて!」
ジューザスがそう叫ぶと、遠くから「はいいいぃっ!」というアゲハの悲鳴のような返事が聞えてくる。どうやら今は彼女が集中して狙われている真っ最中らしい。そんな彼女を助ける為にも、アーリィは用意していた魔法を発動させた。
「それじゃ、やるから!」
叫び、アーリィはマナの力を解放させる。空を覆うような巨大な魔法陣が宙に浮かび上がり、それが泡のように弾けて掻き消えるのと同時に魔物の周囲に強烈な凍て付く風と雪と氷が渦巻いた。
「ひゃっ……寒っ!」
魔法発動範囲外からでも確実に感じる空気の冷たさに、思わずアゲハは両腕で自分の体を抱え込む。そして彼女は猛吹雪に包まれた魔物を、白い息を吐きながら「すごい……」と見つめた。
正確に範囲と位置指定を行った為に、その範囲内でのみ限定的に発生した猛吹雪は、元は植物であろう巨木の魔物を徹底的に凍りつかせようと、その風の中に魔物を閉じ込める。元々動きは遅い魔物は、猛烈な風が雪と共に乱舞する中では完全に身動きが取れないようで、魔法の範囲内で動く気配は無かった。
「こりゃ、これで終わりだな」
こちらも白い息を吐きながら、吹雪の中に閉じ込められた魔物を見ながらユーリが呟く。ジューザスもそれに同意したようで、剣を下ろして白く息を吐いた。だがその時だった。
「!? 危ないっ!」
何か迫ってくる気配を感じたジューザスが、未だに凍て付く風が荒れ狂う方を見ながらそう叫ぶ。するとアーリィの魔法に攻撃される中で、魔物が物凄い速さで枝を触手のように伸ばしてくるのが見えた。
「なっ……!」
身動きも取れぬだろう吹雪の中で反撃してきた魔物にユーリは驚くが、直ぐに彼はアーリィを庇うように抱きかかえて横へと飛びのく。ジューザスも彼とは反対の方向へ回避し、彼らの立っていた場所は直後に槍のように突き刺さった野太い無数の枝によって地面が深く抉られた。
「くそ……まだ動けるのかよ、あいつ……」
ユーリはアーリィを抱きかかえたまま、そう苦々しい顔で穿たれた地面を見つめ呟く。そんな彼にアーリィは「ありがと」と呟き、そして信じられないといった顔でこう続けた。
「あの魔法、すごく強力なのに……」
アーリィは魔法が消えつつある中で魔物を見つめ、「なのに全然効いてない気がする」と呟く。確かにそれはユーリの目から見ても感じられる事実で、吹雪が止んで周囲が完全に凍りつく中で、魔物だけは先ほどと変わらぬ姿で枝を生き物のようにうねらせて立っていた。
「魔法が効かねぇのか? ほら、あの暴走した時のイリスみてぇに。なんかそういう種類的な?」
「……可能性はある」
ユーリの言葉に考える様子で頷いたアーリィは、改めて魔物をその瞳の中に映した。
「魔法が効かないなら、私にはどうにも出来ない……」
絶望的な表情でそう呟くアーリィに、ユーリは安心させる笑みを向けてこう声をかける。
「だいじょーぶ、俺らがいるんだからさ」
しょんぼりとするアーリィの頭を撫で、ユーリは「だからアーリィは安全なとこにいろよな」と言う。アーリィは何か言いたそうな眼差しでユーリを見つめ、「うん」と素直 に頷いた。
「でもユーリ、気をつけてね」
「おぉ、勿論」
返事をし、ユーリは再び駆け出す。その彼の後ろ姿を、アーリィは祈る想いで見つめた。
「どうやらあまり魔法が効いていないようだね」
魔物の反撃を回避し、ユーリとは別の方向に逃れたジューザスは、そのままアゲハの傍に向かい彼女と合流する。
アゲハはジューザスの言葉に信じられないといった顔をして、「あんな凄い魔法だったのに」と呟いた。
「だってこの辺一帯、極寒の地みたいなことになっちゃったんですよ?」
驚くアゲハの言うとおり、アーリィが魔法を発動させた後には周囲は氷と雪で凍て付いており、今なお空気も冷え切っていて吐く息を白くさせている。
”魔法”の存在を知っている彼女だが、しかしそれを自らの目で見た経験はまだ少ない。だがそれでも一目で”強力”であると判断できるほどに、今のアーリィが発動させた魔法は凄まじいものだった。
「それなのに効かないって……どういうことでしょう?」
「元々魔法に耐性のある種の魔物なのかもしれないな」
ジューザスもまたユーリたちと同様の憶測を推理し、「もしそうだとしたら、やはり我々でどうにかしないと」と呟く。
「え、えぇ~……だってあんなに大きいんですよ? それに切ってもすぐ再生するし……どうにかなんて出来ますかね?」
不安げな表情を見せたアゲハに、ジューザスは「でもやるしかないからね」と返す。それは確かにその通りなのだが……と、アゲハはジューザスの返事を聞いてますます不安げな表情を見せた。
「で、具体的にはどうやって倒そうかな」
「う、う~ん……そういえば以前ああいう魔物に遭遇した時は、すっごい強い剣士さんに助けてもらったんですけど……」
アゲハは父の友人だと言う男の事を思い出しながら、「その人は本体を一刀両断にして倒しましたね」と答える。それを聞き、ジューザスは「じゃあ我々もそうやって倒してみようか」と言った。
「え!? そんな簡単に出来ませんよ! まず私には絶対無理ですし!」
「う~ん……そうだね、ユーリもそういうのは難しそうだし……じゃあ私がチャレンジしてみようか」
「……えええぇ?!」
リアクションがいちいち大袈裟で楽しいアゲハにジューザスは苦笑しながら、「まぁ見てて」と言う。そうして彼は今現在魔物を相手しているユーリの方へと駆け出した。