君を助けたいから 19
「さて、やるか」
「そうだね」
ユーリが呟き、ジューザスが頷く。その後ろではアーリィがすでに精神集中を始め、この周囲のマナをかき集めながら魔法の準備を行う。
刹那の静寂。そして直ぐにその静けさは、激しい戦いの嵐に掻き消された。
「来ます!」
アゲハの叫びと同時に、木の形状をした魔物が太い枝を無数に触手のように操り、それを彼らへ向けて急速に伸ばす。だが彼らは背後のアーリィを守る為、それに真っ向から立ち向かう姿勢を見せた。
人の腕や足ほどの太さの枝が一斉にユーリたちに襲い掛かる。それが体に絡みつく前に、彼らは各々の武器を駆使して切り落として防いだ。だが切り落とした先から数秒ほどで新たな枝が伸び、それをまた切り落とすの繰り返しとなってユーリたちはいきなり防戦一方となる。
「っ……こりゃキリねぇな……」
リーチの短い短剣の弱点を二刀流と速度でカバーし、まとわり付くように襲いかかる枝を切り落としながら、ユーリは苦い顔で呟く。
切り落とした枝の再生速度が早い為に、魔法発動に集中するアーリィに被害が及ばないようにしなくてはならないユーリたちは、下手にこの場から動けないのだ。その結果に無限にと錯覚してしまいそうな枝による攻撃の対処だけで、彼らは体力を徐々に消耗することになってしまう。
「ちょっとはこっちからも仕掛けたほうが……いいかもねっ」
足に絡みつきかけた枝を素早く切り裂き、ジューザスがそう言う。それを聞き、「じゃあ私が!」とアゲハが声を上げた。
「すみませんお二人とも、ここお願いします!」
そう言うや否や、アゲハは襲い掛かる枝の隙間を縫うようにすり抜けながら、魔物の本体であろう幹へと向けてかけて行く。
ユーリに負けず劣らずな程に身軽で俊敏な彼女は、東方の伝統衣装である『着物』という服の装身具である帯を風に靡かせながら、鋭く光る短刀を握り締めて魔物へと急接近した。
そんなアゲハを前に魔物もただ接近を許すわけではなく、完全に回避と接近に集中して行動する彼女を伸びる枝で捕らえることが困難と判断した魔物は、彼女へ向けて新たな攻撃を仕掛ける。
伸ばしていない枝葉の隙間から、魔物はアゲハに向けて散弾銃のように何か黒く小さな物体を無数飛ばす。それは木の実に似た硬質な物体で、アゲハは正面から打たれたそれを短刀の薙ぎ払い一閃で受け流した。
「そんな攻撃、通用しない……おじいちゃんの投げる手裏剣の方がよっぽど強力で怖いんだからっ!」
叫び、アゲハは丈の短い着物の下のふともも辺りに手を伸ばし、そこに皮ベルトで固定して隠し持っている”何か”を複数取り出す。そしてその内の一種類、まずは黒く光る凶器を魔物へ目掛けて複数投げつけた。
アゲハの投げた凶器のクナイは、魔物に命中してその幹に縦に連なるように突き刺さる。だが小さな武器の為に、それがこの巨大な敵に対して有効なダメージを与えたとは思えなかった。
しかしアゲハもそれは当然感じているし、そもそも彼女はダメージ目的でそれを投擲したわけではなかった。その証拠に本体に手が届くほどに接近した彼女は、たった今投擲して突き刺したクナイを一瞬の足場にして幹を一直線に駆け上がる。そして普通に木を登るように葉の茂る枝に足をかけた彼女は、反撃を受ける前に高く飛翔した。
「ていっ!」
高く飛び上がった彼女は、巨木の魔物を見下ろす姿勢でまた別の何かを魔物に向けて投げつける。直後に辺りに白い煙が充満し、同時に小さく幾つもの小さな爆発が火薬の匂いを立ち上らせながら魔物を襲った。
次々襲い掛かるうねる生き物のような枝の襲撃を防御していたユーリたちは、アゲハの攻撃を目撃した直後に枝の動きが鈍ったのに気づいてこう言葉を交し合う。
「なんだ、あの煙……それに爆発……火薬か?」
「臭い的にそうだろうね。煙は煙玉ってヤツじゃないかな? なんかそういうのも持ってるとか、以前聞いたことがあるし。ほら、あれで視界が遮られて、枝の動きが鈍くなってるようだよ」
アゲハの小道具による反撃は、なかなかの効果を挙げたらしい。彼女が上空で魔物目掛けて投げた小さな火薬球と煙玉は、魔物に大きなダメージを与えることは出来なかったが、しかしその動きを鈍らせることは出来たようだった。これでしばらくは、相手の動きを鈍らせておくことが出来る。
「……でもあれじゃ俺らも直ぐにはあそこに近寄れなくね?」
「……ははは」
もうもうと白く煙る前方を見つめながらユーリが正論を呟くと、それを聞いたジューザスは苦笑するしかなかった。
一方で高く飛び上がったアゲハはその後重力のままに落下したが、地面に激突する前に最近新たに右腕に装備するようになった鉤付きのワイヤー発射装置を、別の木の枝に狙いを定めて発射させる。そうしてワイヤーを木に引っ掛けてぶら下がり、彼女は地面への激突を回避した。
ワイヤーにぶら下がっていた彼女は、「よっと」と言って装置から伸びるワイヤーを徐々に伸ばしていって、安全に地面に足をつける。そして腕を振って木から鉤を外し、ワイヤーをまた装置に付いているボタンを押して小さな装置の中に収納した。
「うーん、なかなか便利だな、これ……作ってくれたエルミラさんとレイチェルに感謝しないと」
どうやら派手に飛び回るアゲハには丁度いいこの道具は、エルミラとレイチェルがいつの間にやら彼女のために作ってあげた品らしい。
アゲハは『便利なものもらったな』と改めて彼らに感謝していると、何かが近づく気配を感じて彼女は振り返る。
「ひゃ……っ」
大きな黒い瞳の中に映ったのは、白い煙幕の中で闇雲にもがいていた魔物の姿。そしてその闇雲に動いていたらしい枝が、今まさに自分に向けて巨大な鞭のように振り下ろされる瞬間だった。
「っ……きゃあああぁっ!」
間一髪、悲鳴を上げながらも横へ転がって振り下ろされた死の鞭を回避したアゲハは、そのまま二回三回と前転してから素早く立ち上がる。
白い煙幕が徐々に薄れる中で再び魔物の姿が確認できるようになると、アゲハの投げた火薬玉によって葉や枝、幹がやや焦げて燃えている魔物の姿が皆の目に映った。だがやはり、あまりダメージを受けたという様子ではない。
「うう~ん……もうちょっと目くらまししといた方がいいかな……でもこれ以上煙撒いたら、私たちの方が困る事になるし……っていうかそもそもあの魔物、目とかあったのかな……?」
そんな事を呟きながら立ち尽くすアゲハに、触手のような枝が再び迫ってくる。彼女は「うわわっ」と言いながら、慌ててそれから逃れるようにその場から飛びのいた。
一方魔法の準備に集中するアーリィは、その頃すでに呪文詠唱の中盤にまで準備を進めていた。
『WiNNDDffrEEeZZecccOOnngeeAAl』
複雑に絡み合う古代呪語の詠唱は、異なる二つの属性を一つに束ねる為の呪文だ。
周囲に漂うミスラとフラのマナに語りかけて、彼女はその力を一つの破壊に変えて放とうとしていた。