禍の病 7
「これ、確か食べると美味しいのよねー。ゼリーみたいで」
「きゅい~」
マヤがボソッと呟くと、魔物は尚更怯えたようにか細く鳴き声を上げた。それを見たジュラードは、言葉が理解できているのかとまたちょっと驚く。
「取り合えずこいつを退かさないと、自走車を進めることは出来ないね」
マチルダがそう言って魔物を持ち上げようと手を伸ばす。すると魔物はまた激しく恐怖を訴えるように鳴いた。
「きゅいきゅい~、きゅいぃ~」
「ん? なんか熱いし柔らかいな……」
魔物の鳴き声を気にせずマチルダが魔物に触れると、彼は触り心地に違和感を感じたようでそう呟く。
それでもそのまま持ち上げると……
「!?」
「うわあぁぁ!」
ジュラードが衝撃に目を見開いて硬直し、ローズは目の前の光景に悲鳴を上げる。マチルダが魔物を持ち上げると、なんと手に持った魔物の上半身と持っていない部分の下半身が分裂したのだ。
「きゅぅぅ~」
しかし体が分裂したと言うのに、魔物は悲しそうな鳴き声を上げているだけで普通に生きている。この大変気持ち悪い光景にマチルダもびっくりしているようで、「な、なんだこれ」と動揺した声を発した。すると一人冷静な様子のマヤが、魔物を見ながらこう分析する。
「暑くて体が溶けて脆くなってたのかしらね。今日いい天気だし。この魔物はこの程度の分裂だったら、しばらくは離れたままでも大丈夫なのよね。そうね……くっつけて冷やしてあげれば元に戻ると思うわよ」
「マジか。そんな単純な構造の生き物なのか、これ」
「逆に聞きたいんだけど、こいつがそんな複雑な生き物に見える?」
「み、見えないが……でもそんな、冷やすって……」
マヤの言葉に、ジュラードは半信半疑といった反応を返す。取り合えずマチルダが分裂した下半身の上に魔物をまた置いてやると、魔物は鳴き声を発しながら自己修復を始めてまた元通りに体をくっつけた。
「あ、治った」
「すごいけど……気持ち悪いな」
「でもきっと動かそうとすればまた分裂するだろうね。その危険性があったから、ここで動けなかったのだろう」
マチルダの言うとおりとでも言うように、魔物はローズたちを見上げながらまたその場で震え始める。動く気は無いらしい、というか動けないのだろう。
「困ったなぁ。これじゃ退かせないけど、だからって轢く訳にもいかないし……」
道の真ん中で進行を邪魔する魔物に、マチルダはそう困惑した様子で溜息を吐く。すると少し考えたローズが、「そうだ」と言って魔物の前でしゃがみ込んだ。
「? 何するの?」
何か閃いた様子のローズにマヤがそう声をかけると、ローズは「冷やしてあげたらいいんだろう?」と彼女に返事する。
「まぁそうだけど……あ、もしかしてローズ」
ローズが何を閃いたのかわかったらしいマヤが、微妙な表情で彼女を見上げる。
「マチルダもいるし、あんま賛成出来ないんだけど……」
「でもこのままじゃ可哀想だし……魔物とはいえ、危害を加えてこないのは動物みたいなもんだと私は思うしな」
「ん~……どうかしらね」
「大丈夫、バレないようにやるさ」
小声でそうマヤと話し合った結果、ローズは思いついた事を実行することにしたらしい。彼女はそのまま怯える魔物に近づいて、そっと両手で包み込むように触れた。
「きゅうぅぅい~」
「はは、そんな怖がらなくても大丈夫さ。怖いことはしないから、ちょっとじっとしててくれよ」
ローズはそう言うと、目を閉じて意識を周囲に漂うマナに集中させる。水のマナ・ミスラと相性の良い彼女の周囲には急速な勢いでミスラのマナが集まり、そうして集めたマナの力で彼女は魔物を静かに冷やしてあげた。
「……ふぅ。こんなもんかな」
魔法では無く通常は目に見えないマナへのちょっとした『お願い』なので、傍からはローズが何をしたかはよくわからない。マチルダもジュラードも彼女が一体何をしたのか、不思議そうな顔で様子を眺めている。しかしローズのお陰で確かに体が冷えたらしい魔物は、先ほどまでとはうって変わって元気な様子となって鳴き声を 上げた。
「きゅいいいぃー!」
「あら、ちゃんと冷えて元気になったみたいよ。これで退かせるわね」
ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ魔物を見てマヤがそう言う。ローズはちょっと嬉しそうに笑って「よかった」と呟いた。
「で、何したんだ?」
ジュラードが単刀直入に質問すると、ローズは困ったような笑顔で「おまじないかな」と答える。
「なんだそれは……」
「おまじない、ですか……あぁ、ミステリアスな力を持つ美女とはまた魅力的ですね。女性は謎を纏ってこそ美しいという言葉がありますが、あなたはただでさえ美しく魅力なのに、謎という美を纏いこれ以上魅力的になられたら僕はもうどうしたら……」
「どうもしないでいいわよ」
三人の会話を聞きながら、ローズは早速魔物を抱き上げて道の外へと退避させる。そうして四人はまた乗り物に乗って先へと進もうとした。だが、立ち上がって踵を返したローズの足が直ぐに止まる。
「え?」
「きゅうぅ~きゅいいぃ~!」
何かが足にしがみ付き、足を止めたローズが振り返って足元を見ると、助けた魔物が必死で足にしがみ付いていた。この状況にローズは困惑し、ジュラードたちもまた足を止める。
「どうした?」
ジュラードがローズに声をかけると、ローズは心底困った様子で「なんか、足から離れないんだ」と言って足元の魔物を指差す。それを見たマチルダが笑いながら「懐かれたようですね」と言った。
「え、えぇ~」
「みたいね。で、どうするのよローズ」
「ど、どうって……」
「きゅいいいいぃ」
マチルダの言うとおり助けてもらった恩を感じたのか何なのか、魔物はローズに引っ付いて離れない。さらに捨てられた子犬のような眼差しでローズを見つめる。
「これはうかつに生き物を助けちゃったローズの責任ね。止めなかったアタシも甘かったとは思うけど……困ったわねぇ」
マヤがそう溜息を吐く一方で、ローズはいたいけな眼差しで自分を引き止める魔物の誘惑と葛藤していた。
「う、うぅぅ……そんな目で私を見ないでくれ……だってお前、魔物だし……」
「きゅううぅ~……」
「っ……」
「きゅうぅ、きゅううぅ~」
「……く、かわいい……っ」
「きゅうぅきゅうぅぅ~」
そして結局。




