君を助けたいから 17
一晩山脈に近い町で休憩したユーリたちは、翌朝昼前には宿を出てグラスドールを探しに出発する。
町からは徒歩で移動し、昼過ぎに彼らは目的とする山脈の山の一つ、その麓にたどり着いた。
「はー……天気はいいけど、これはけっこーキツイ仕事になりそーだなー」
晴天の青空と、その下にそびえる活火山の山を見上げて、ユーリがそう呟く。
あるかどうかわからないものを、決して穏やかとはいえない環境でこれから探し回らなくてはならないのだ。
「確かに大変そうだけど、頑張らないとね」
「そりゃわかってるけどよぉ……」
ジューザスの言葉にげんなりとした表情で返事をしたユーリは、「ま、でも頑張るか」と気合を入れなおした表情で言った。
「そうですよ! きっとありますから、頑張って探しましょう!」
相変わらず前向きなアゲハの言葉が、今はなんだか少し心強いと思いながらユーリは苦笑する。
すると皆の後ろに立って話を聞いていただけだったアーリィが、唐突に口を開いてこう言った。
「でも確かにここ、普通の場所より明らかにマナが濃い……それは確かだよ」
「おぉ、そりゃマジか」
アーリィの言葉にユーリは喜び、「ならまぁ、多少は希望あるな」と言う。確かにグラスドールはマナが濃い場所にしか生息しない植物なのだから、マナが濃いこの場所ならばユーリの言うとおり希望はあるだろう。
「それじゃ行こうか。ここは魔物も出る場所だから、気をつけながらね」
白く輝く呪いの武器を腰に吊るした鞘に収めて装備しているジューザスが、意味ありげな笑みと共にそう皆に告げる。そうして彼らはジュラードたちに遅れてのスタートとなったが、グラスドールを探すために山へと足を踏み入れた。
足場の悪い山道を通り、ユーリたちは山を奥へ奥へと進んでいく。だが闇雲に奥へ進んでいるわけではなく、彼らはアーリィが指示する『マナが特に濃い方向』を目指して足を進めていた。
「しっかし足場悪ぃなぁ……ここ魔物出んだろ? こりゃ戦い辛ぇな」
今日の空は青い色が目にまぶしい晴天だが、どうも一昨日くらいにでもこの辺では雨が降ったらしく、ただでさえ歩きにくい山道はややぬかるんだ状態となっている。そんな道に文句を言いながら、ユーリは小さく溜息を吐いた。
「そうだね……ここまで足場が悪いとちょっと良くないね」
「それに魔物相手に戦うとなると、木とかも邪魔ですよ。そういうのあっても、やっぱり自由に動けませんし。人相手だと有利に使えることもあるんですけどね」
それぞれにジューザス、アゲハも場所の悪さに困った様子を見せる。だがそうは言っても、いざ魔物と遭遇したらこの現状でどうにか対処しなくてはならない。
「でも魔物も怖いけど、この山の中で遭難でもしたらそっちの方がすごく怖いよね。この山って道がほとんど獣道状態みたいだし、迷いやすそう……」
唐突に洒落にならないことを呟いたジューザスに、ユーリがマジ顔で「そういうこと言うな」と突っ込む。だが遭難は確かに嫌だと、その場の誰もが思った。
「だ、大丈夫ですよ! ちゃんと方位磁石ありますし、来た道戻れますって!」
「でもここ、ずっと同じような風景で正直私、もう来た道とかよくわからないよ? これ、もう迷子になってるんじゃ……」
「そ、それは……うん、大丈夫です! 私、何となくわかりますので!」
ややネガティブな発言をするアーリィに、ポジティブの塊であるアゲハが自分を含めて励ますようにそう言葉を返す。だがジューザスの(余計な)発言をきっかけに、皆の間にはやや暗い空気が漂った。
「くそっ、ジューザスがよけーなこと言うからなんか怖くなっちまったじゃねぇか」
「え、私のせい?」
「全面的にお前のせいだろっ。あぁもう、想像してみろよ、こんな山ん中で遭難して、夜になって……」
ジューザスに続いて自分もだいぶ余計なことを言い始めていることに気づかないユーリは、自分で想像した事に恐怖するように青い顔色でこんなことを語る。
「灯りの無い真っ暗な山の中、焚き火をするにもそこらに落ちてる木の枝はちょっと濡れてるから火がつかなくて暗いままで、そんなとこで一晩野宿なんてしたら……」
妄想力豊かなこの男は、普段はかっこつけているが実は繊細な心の持ち主だとわかる弱点を持っている。それは……。
「……大丈夫だよ、ユーリ。暗くて気味悪い山の中で野宿してもおばけなんて出ないよ」
「わああぁやめてアーリィ、それ言わないでっ!」
アーリィが優しくユーリに声をかけると、ユーリは真っ青な顔色で頭を抱えだす。そう、この男はいい年してユーレイとかオバケとか、そういう単語が怖いのだった。
「え、ユーリさんってオバケ怖いんですか?!」
「あぁ、そうなんだ」
ユーリのやや情けない弱点を知ってアゲハは驚き、ジューザスは苦笑する。そんな二人の反応を見て、ユーリは涙目で「うるせー!」と叫んだ。
「だってあれ、あいつら得体が知れねぇのに短剣で切れねぇじゃねーかー」
どうやら怖くても切って解決できないものが彼は苦手らしい。それはそれでどうなんだろうという理由だが、とりあえず彼は『おばけが苦手』な理由をそう説明して釈明した。
「まぁ確かにオバケって、物理的な攻撃は効かなさそうですよね。何となくそういうのって、リーリエさんとかならどうにかしてくれそうですけど」
「はは……どうだろうね」
アゲハの呟きにジューザスは苦笑しつつ、彼はユーリに「大丈夫だよ」と声をかける。
「アーリィの言うとおり、おばけなんて出ないよ、多分」
「多分言うな。つーかお前に心配されるとなんかムカツク」
「え、心配してるのに?!」
ショックを受けたような顔をするジューザスを無視して、ユーリは「クソッ、お、おばけなんて俺は信じねぇぞ」と言いながら、急に強気になって歩みを速めた。
「だ、大体そんなアレだ、ヒカガクテキなアレ、ジツザイするわけがねぇんだよ」
何か物凄い棒読みに強がる台詞を吐きながら、ユーリはややぬかるむ山道を先頭に立って進む。そんな彼を心配するように、ジューザスたちはその後を追った。
「ユーリ、ちょっと落ち着いて。おばけ怖いのはわかったけど、それにしてもペース速いよ」
「ユーリさん、オバケ出ても大丈夫ですから落ち着いてください。確かオバケには塩を撒くといいって、そうおじいちゃんに聞いたことありますから。だから本当にオバケが出たら、その時は私が退治してあげますって」
「そうだよユーリ、大丈夫だよ。私はオバケ怖くないから、いざとなったら私が守ってあげるし」
「ひいぃぃお前らオバケオバケって連呼するなよー!」
悪気の無い皆の台詞にますます涙目になる情けない男は、ますます歩くペースを速めようとする。するとその時、急にアゲハが「あっ」と声を上げて足を止めた。
「どうしたんだい?」
ジューザスも足を止めて、アゲハの方を向く。そしてアーリィも、そしてオバケに怯えて動揺していたユーリも、彼女に注目して一旦足を止めた。
そうして皆が注目する中で、アゲハは右手方向をじっと見つめてこんなことを呟く。
「いえ……なんか今、あっちの大きな木が動いたように見えて……」
辺りに鬱そうと茂る木々の連なりの一角を指差しながらそう言うアゲハに、直前までの会話からユーリが「止めろそういう怖い話!」と本気で泣きそうな顔をする。
「いえ、でも本当に今動いたように見えたから……」
「ばっか、木がうごっ、動くわけねーだろっ! え、無いですよね? 無いよねジョウシキテキに考えてっ!」
「いや、ユーリ、そんな必死な顔で私に同意を求められても……」
もう恐怖でパニック寸前のユーリにジューザスは苦い顔をしながら、彼はアゲハの言う『動く木』を探そうと視線をさ迷わす。