君を助けたいから 16
「それじゃあ先ほど決めた順番どおり、私が最初に見張りをするわ」
ウネがそう小さく手を上げて言い、ローズは「頼むな」と彼女に声をかけた。
そうして彼らの材料探しの初日は、とくに成果も無く過ぎていく。
(リリン……絶対に、俺たちは……お前を……)
少しの不安を胸に抱えながら、ジュラードは毛布に包んだ体を休めるようにそっと目を閉じた。
それからジュラードたちの古代竜探しは、初日に何も成果が無かったのを不吉な予感とするように、成果が無く難航を続けた。
正確には彼らが目的とするヴォ・ルシェという種類のドラゴンを見かけることが何度かあったが、どれも小型で彼らが目的とする巨体を持つギガドラゴン級では無 いものだった。
その為に不要な争いを避ける為に、彼らは小型のヴォ・ルシェとは接触しないよう注意しながら荒野の捜索を続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ジュラードたちが古代竜を探している頃、ユーリたちは長い列車の移動でティレニア帝国へと入り、さらに列車を乗り継いで五日目の夕方頃にやっと目的とする山脈付近に彼らは到着する。
長い乗り物の移動でアゲハを除く皆が疲労していたために、彼らは山脈付近の小さな町でその日は休憩し、翌日から”禍憑き”を治す為の材料となるグラスドールを探しに山に向かうことを決めた。
そして今日は宿で一晩たっぷりと休むことにして、彼らは明日からの過酷と予想される山でのグラスドール探しに備える事にする。
「ふあー、さっぱりしたっ!」
宿の風呂で体を清め温めたアゲハは、満足そうな様子でアーリィのいる部屋へと戻ってくる。アゲハが浴場から帰ってくると、アーリィはすでにもう眠そうな顔で「おかえり」と彼女に声をかけた。
「ただいまですよ。アーリィさんもお風呂入ってきたらどうです? 気持ちいですよ~」
「……私眠いから、シャワーでいい」
ベッドの上で荷物の整理をしていたアーリィに髪の毛をタオルで拭きながらアゲハが声をかけると、アーリィは首を横に振ってそう返事をする。それを聞き、アゲハは目を丸くして「そうですかぁ」と返事した。
「って言うかもう寝たい……」
「あはは……ホント眠そうですもんね 」
目を擦りながら訴えるアーリィに苦笑しながら、アゲハは「体洗うのは明日の朝でもいいんじゃないですかね」と言った。
「……大丈夫かな?」
「うんうん、大丈夫ですよ! あ、でもまだご飯も食べてないですよ?」
「お腹はまぁ、空いてるけど……けどご飯より、眠い……」
「そ、そですか……」
本当に相当眠いんだなと、アーリィの様子を見てアゲハはそう思う。彼女は苦笑したまま、「なら明日の朝は私がちゃんと起こしてあげますので!」とアーリィに言った。
「だから今日はぐっすり寝て、しっかり休んだらいいと思いますよ」
「うん……って言うか、アゲハは元気だね……」
「私はほら、こういう長い移動に馴れてますから!」
「ふぅん……」
いつも以上にぼんやりした眼差しをアゲハに向けながら、アーリィは独り言のようにポツリと呟く。
「いいな……私もアゲハみたいに、もっと体力あって元気で……そうなればいいのに」
「ええぇー、私元気しかないですよぉ。体力無いですもん。元気と気合でそれを補ってるだけっていうか」
「そうかな……でも羨ましい……私、こんなんだから、多分明日も皆に迷惑かけちゃうし……」
ベッドに座ったまま半分寝かけてる様子でそう呟くアーリィに、アゲハは少し驚いた様子で「そんなことないですよ」と声をかける。しかしアーリィは納得いかなそうに、また弱く首を横に振った。
「ううん、絶対迷惑かけるよ……言い訳みたいだからあんまり言いたくないけど、”この体”はそうだから……マヤは仕方ないって昔言ってたけど、でも……」
ぼんやりとした眠そうな声で、そうアーリィは自分の思いを呟く。それは予想外に語られた、ずっと内に抱えていたアーリィの悩みの一つだった。
「今日も私が一番疲れてたし……ただ移動しただけなのに……」
赤い眼差しを下に落とし、「本当はもっと頑張りたいのに……」と呟かれた言葉に、アゲハは一瞬どう言葉を返せばいいのだろうと迷う。
いや、どういう言葉が一番ふさわしいのかはわかる。『そんなことない』とか『大丈夫だよ』とか、いくらでもかける言葉は見つかる。だけどそれで本当にアーリィは励まされるのかと、それを考えるとどの言葉も返事 として出すことを躊躇った。
そうではなくて、もっと心に響く言葉じゃないとダメなのだろう。特に彼女のような、繊細で鈍い”心”の持ち主には、そんな一言では伝わらない。
「……だ、大丈夫です。だから私がいるんですからっ」
「え?」
何か決意したようなアゲハの強い言葉に、アーリィの意識が落ちかけていた夢から現に戻る。アーリィが驚いた様子で目の前に立つアゲハを見上げると、アゲハはいつもの彼女らしい明るい笑顔でこうアーリィに言葉を続けた。
「ううん、私だけじゃなくて、ユーリさんやジューザスさんもですけど……仲間がいるんですから、迷惑とか考えないで頼ればいいんですよ!」
「……え、っと……」
「アーリィさんが疲れちゃうのは、それがアーリィさんの限界であってですね……あ、悪い意味の言葉じゃないんですよ! 私にだってそういう限界とか欠点がありますし! 勿論皆そうだと思います! で、今はそういうのを補い合える仲間がいるんですから、それでいいんだって私は思いますよ!」
言葉を悪い意味にとられないようにと必死のアゲハに、アーリィはやや呆気に取られた様子でぽかんと目を丸くする。そんなアーリィを前にアゲハは『上手く伝わってないのかなぁ』と不安げな様子で、さらにこう言った。
「ええと、ええと、だから……そういうのってマイナスじゃないんだと思うんです。完璧な人なんていないだろうから、だから人って支えあうことが出来るわけで……その、むしろ自分の欠点だなぁって思う部分を個性と思って、仲間にそこをフォローしてもらうのがいいんであって……ええと、ううぅん……」
段々アゲハも何を伝えたいのかわからなくなってきたのか、彼女は言葉を紡げずに「うううぅん」と唸り始める。そんなアゲハをアーリィはじっと見つめ、やがて彼女の言葉を理解したのか小さく微笑んでこう口を開いた。
「……うん、ありがとアゲハ……そうだね……そういえばローズたちもそう言ってた気がする」
励まされたんだなと、アーリィはそれをちゃんと理解したらしい。
アゲハに笑みを向けてそう返す彼女に、アゲハもまた自然と零れ落ちた笑顔を返した。
「私、アゲハにいっぱい頼っちゃう事あると思う。でも、だからアゲハも私に頼ってね……?」
「はい!」
アーリィの言葉にアゲハが笑顔のまま元気よく返事をし、そしてそれに満足そうにアーリィがまた微笑み……そこでアーリィの意識は唐突に限界を迎える。
「……うぅ……ごめん、やっぱもう眠い……」
「わっ、アーリィさん!」
色々限界だったアーリィは、最後に一言呟いてその場に倒れるように眠る。そんなふうにベッドにぶっ倒れたアーリィを見てアゲハは驚愕して叫んだが、しかしすぐに冷静になって自分の口を押さえた。
そうして口を押さえて静かにしてようと努力しながら、アゲハはアーリィの顔を覗き込む。
「……うん、私、頑張りますよ。私に出来る範囲で、私はみんなのお役に立ちたいんですから。だからいっぱい頼りにしてくださいね……」
倒れるように眠って直ぐに寝息を立て始めたアーリィを見ながら、アゲハはそう小さな声で囁く。そうして彼女はアーリィの体に毛布をかけてあげながら、「おやすみなさい」と優しく呟いた。