君を助けたいから 14
「……いや、特に無い」
両足で大地を踏み締めながら、ジュラードがそう答える。それを聞き、ローズは安堵した様子で「よかった」と微笑んだ。だが立ち上がったジュラードの表情が不満げな様子のままで、ローズは「どうした?」と彼に声をかける。
「……別に」
「? 何か足、変な感じがしたなら遠慮なく言ってくれ。そういうのほっとくと良くないってマヤも言ってたし」
ローズがそう不安げな様子で言うと、ジュラードは何か困ったような顔で「本当になんでもない」と返す。
「でも……」
「足は本当に大丈夫だ。あの、ありがとう」
「足は? 足以外にも怪我があるのか?」
「え、いや……」
しつこく追求してくるローズに対して、ジュラードは困った様子で口ごもる。やがてジュラードはローズの追求に負けて、溜息と共にこう素直な感情を口にした。
「お、俺だけ怪我したのがなんか……恥ずかしかっただけだ」
「……え?」
予想外すぎることを言われた気がして、ローズは一瞬理解出来なかった様子で首を傾げる。
そのままジュラードの言葉の意味を考え始めたローズの代わりに、マヤがこう口を開いた。
「あら、そんなこと気にしてたの?」
「そ、そんなことって……俺だって男だし、普通気にするんじゃないか……?」
「えー? そうかしらねぇ。男のプライドってやつ? ……ウネ、どう思う?」
「……私個人の意見としては、気にしすぎだと思う」
「よねー」
マヤとウネに『気にしすぎ』とばっさり切り捨てられ、ジュラードは居た堪れない気持ちになりながらその場に立ち尽くす。すると話を理解できたらしいローズも、ジュラードに気遣う笑顔を向けて「気にしすぎだ」と声をかけた。
「でも、私はジュラードのその気持ちも理解できなくもないけどな」
「って言うかアタシ今気づいたんだけど、ジュラードってば今物凄くハーレムじゃない?」
「えっ!」
マヤの指摘にジュラードはぎょっとした顔となり、ローズとウネは揃って「はーれむ?」とよくわかってなさそうに首を傾げる。
「きゅいいぃ~」
「そうね、うさこも女の子だし……ちょっとジュラード、ハーレム状態だからって調子に乗っちゃダメよ」
マヤがそう言いながら怖い顔で睨んでくるので、ジュラードは慌てて首を横に振りながら「乗るわけない!」と否定する。だが確かに今は自分が唯一の男なので、しっかりしなくてはいけないなとジュラードは密かに自覚し気合を入れた。
(リリンの為にも、俺がしっかりしないと……俺だってもう子どもじゃないんだ、ローズやマヤに頼ってばかりじゃいけないよな)
「? ジュラード?」
何か気合入った表情のジュラードを不思議に思い、ローズがそう声をかける。するとジュラードははっとした様子で彼女を見やり、そしてほんの一瞬躊躇った後に彼はこう言った。
「いや……もう迷惑かけない。大丈夫だ」
「? だから別に迷惑だなんて……」
「いいんだ、これは俺の気持ちというか決意というか……とにかくそういう問題なんだ」
「はぁ……」
ジュラードの決意がよくわからない様子のローズに、ジュラードもそれ以上はどう説明したらいいのかわからないので、それ以上の説明はせずにただ「気にするな」とだけ言った。
「しっかしアレよね……古代竜どころかドラゴン自体見かけないわよね」
戦闘後ということもあり、自然と一休みする形となった彼らはその場で会話を始める。
「そうだな……獣系の魔物とか、昆虫系の魔物とかはよく見かけるんだけどな」
マヤの言葉にローズがそう頷きながら言葉を返し、ジュラードも頷く。マヤは「ホントにドラゴンなんているのかしら?」と、疑わしげな様子で呟いた。
「まぁでもまだ三時間ちょっとくらしか歩いてないじゃないか。まだ『いない』なんて結論付けるのは早い気がするぞ」
「う~ん……それは確かにそうだけどね」
確かにマヤもたかが数時間歩き回っただけで、『ここに古代竜なんていない』と結論付けるのは早急すぎるとは感じている。
「……もう少し歩いてみましょう。日が落ちるまでは、まだ時間があるのだし」
ウネのその静かな声に、ローズが「そうだな」と頷く。ジュラードも小さく同意し、彼らは再び赤い色の大地を歩き始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
運良く長距離移動列車の部屋に空きがあり、当日乗車券の購入で無事に列車に乗ることが出来たユーリたちは、アゼルティからボーダ大陸最大の国土を持つ大帝国ティレニアへと向かっていた。
寝台車の部屋を二つ借りた彼らは、グラスドールを探しに行くためにまず四日間ここで過ごすこととなる。その後ティレニアの都市から別の列車で移動後、グラスドールを求めて山脈へ向かう予定となっていた。
「アーリィさん、後ろの車両は展望車になってるみたいですよ。行ってみませんか?」
「てんぼうしゃ……? それは何?」
「えーっとですね……眺めがいい車両です!」
「? よくわかんないけど、行く」
「そうですね、実際に行って見たほうが楽しさ伝わるかもしれません!」
そんな会話の後にアーリィとアゲハは部屋を出て展望車へと向かうことにする。
一応隣室のユーリたちに一言『展望車に向かう』という旨を伝え、彼女たちはひと時の休息を楽しむように楽しげな会話を聞かせながら展望車へと向かっていった。
そしてアーリィたちが展望車へ向かい、客室に残っているユーリとジューザスは、荷物の整理が終わってひと段落した状態でこう会話を始める。
「私たちも行ってみようか? 展望車」
「アーリィと二人でならともかく、お前とそんなロマンチックなとこ行くのは全力でお断りです」
「あははっ」
ユーリの返事に何故か笑うジューザスを『変な奴』と思いながら、ユーリは部屋に設置された簡素な作りのベッドに寝転がった。
一方でジューザスは部屋の隅に置かれたソファに腰掛け、室内に用意されていた地方新聞に目を通す。
「……なぁ、ジューザス」
「ん? なんだい?」
寝転がって無意味に天井を見上げていたユーリが、不意にジューザスへと声をかける。ジューザスは新聞から視線を逸らし、ユーリを見た。
車窓からは灰色の空と賑やかな都会の景色が流れる速さで通り過ぎていく。まるで経過していく時間のように。
「その……カナリティアさん、は……元気か?」
唐突な問いのような気がしたが、しかしジューザスはとくに動揺はせずに「あぁ」とユーリに返事を返す。
「今はヒスのところで働いてるよ。最近私も会いに行ったけど、元気そうだった。ユトナのことも、彼女なりに整理をつけようと努力してるみたいだしね」
何気ない事を語るように、ジューザスはありのままをそうユーリに告げた。