君を助けたいから 11
「うるさいですね、別にあなたをどうこうしようとは思っていませんよ」
ラプラはそう言うと何故か怯えるエルミラを男の前に立たせ、男にこう告げる。
「ではあなた、こちらの彼をよ~く見てください」
「う……あぁ……ぐぅ……っ」
ラプラがエルミラを指差しながらそう男に声をかけると、男はそれどころでは無いと言ったふうに呻く。そんな男の態度を見てラプラが溜息を吐くと、イリスがまた鬼のような行動を取った。
「ほら、見ろって」
「あああぁっ!」
イリスが男の肩に突き立てたナイフを、靴裏で踏みつけてさらに奥へと容赦無く突き入れる。本当にどちらが悪者なのかさっぱりわからないが、とにかくイリスのその行動によって男は痛みに呻きながらもエルミラを見た。
「さすがイリスですね、スマートに事を進めるためのサポート……お見事です」
「……ラプラってやっぱどっかおかしいよ。具体的には脳の辺りとかが」
イリスの鬼行動にさえうっとりとした眼差しを向けるラプラに一応そうエルミラはツッコみ、そして彼は居心地悪そうな様子で自分を見た男を見返す。
これで次は一体何をするのだろうと、そうエルミラが思いながら待っていると、ラプラはおもむろに男の前に座ってこう男に囁くように言った。
「まずは質問です。あなたのお名前は?」
「う……ぐ……オーヴァン……オーヴァン・ロンジュ……」
男は苦しげな呼吸と共に男はそう自分の名を名乗り、そして自分が名を名乗ってしまったことに対して驚いたように目を見開く。そんな男の反応を見て、ラプラは楽しげに目を細めた。
「なぜ俺は……名を……」
「何故か知りたいですか? それはあなたが私に『支配』の呪いをかけられたからですよ」
ラプラが男に施した”呪い”というのは、彼が密かに習得した禁忌の術の一つだ。
高位術士であるラプラにとって、術抵抗力の低いただのヒューマンである相手に禁術をかけることは容易なことだ。彼は男の精神と肉体を無意識のうちに支配する術をかけ、男を自分の意のままに操れる状態に支配していた。
そしてラプラが男を『支配』したことには理由がある。
「ではオーヴァン、今から私が言う事をよ~く聞いてくださいね」
「うぅ……」
優しく諭すような声で、ラプラは男に残酷な呪いを紡いでいく。
ラプラは男にエルミラをよく見るよう告げ、こんな言葉を続けた。
「いいですか? あなたは今からこの彼について見聞きして知ったことを他の誰かに話そうとした時、それを合図に自ら命を絶ちなさい。方法は何でも結構ですが、絶対に死になさい。ついでに私やイリスに関することを他者に語ることも全て、自殺の条件です」
「なっ……!」
ラプラの言葉に男が驚愕に目を見開く。
「これは命令ですよ、オーヴァン」
『命令』という言葉に男が何か衝撃を受けたように硬直し、そして男は力ない声で「はい」と返事をする。その返事も彼の意思では無いようで、またも男は勝手に返事を紡いだ自分に驚いている様子を見せた。
そしてラプラは男の返事を聞くと、満足したように微笑んでまた一言短いレイスタングを紡ぐ。すると男の肌に浮かび上がっていた不気味な呪詛の輝きは消え、何事も無かったかのように呪術の痕跡は無くなった。
「うわ……今の、何? もう終わり?」
一連の不気味な呪術を見終わり、エルミラがそう怯えた様子でラプラに言葉を向ける。イリスも詳しく話を聞きたそうに彼を見つめ、ラプラは彼らに説明するように口を開いた。
「えぇ、終わりです。これであなたの情報が他の誰かに伝わる事はありません。この男があなたに関する情報を他者に語ろうとすれば、その前に自分で命を絶つよう命令しましたからね。その命令で彼が死んでも、私たちの関与の証拠は一切出てきませんのでその点も安心です」
「うえぇ……そんな魔法あり? 強制的に自分で死ぬとか怖すぎ……」
自分の話を聞いたエルミラの素直な感想に、ラプラも思わず苦笑する。
「そうですね。こういう術は残酷ですから、今は基本的に禁止されています。知っている人も多くありませんよ」
「ふ~ん……じゃあなんであんたはそういう術知ってるの?」
「さぁ、何故でしょうね……好奇心とでも答えておきましょうか」
微笑を湛えて曖昧な答えを返すラプラに、エルミラは不信感露な眼差しを向けて「なにそれ」と呟いた。
「さて……そういうわけですから、もうこの男に用はありませんね。解放してよろしいかと」
ラプラは男の方を見やり、そう告げる。確認するようにイリスがエルミラに視線を向けると、エルミラは「うん、大丈夫なら放していいんじゃない?」と言った。
その返事を聞いてイリスは男を踏みつけるのを止め、男の肩に深く突き刺さっていたナイフを引き抜いて解放した。
「うあっ……」
ナイフを引き抜かれる痛みで男がまた呻き、そんな男を見てラプラはおもむろにこんな行動に出る。
「そうだ、その傷は治しておいてさしあげましょう。血まみれで駅の構内を歩かれるのも迷惑でしょうからね」
そう言ってラプラは治癒術を使い、男の怪我を治療する。そうしてラプラが茫然としたままの男に「二度とその顔を私たちの前に晒さないで下さいね」と言うと、男はまた何か命令されたように立ち上がって、茫然とした様子のままどこかへと立ち去っていった。
エルミラたちは立ち去る男を見届けた後、男がいなくなった薄暗い路地でこう言葉を交わす。
「……本当にあれで大丈夫なのかな……なんかまだちょっと心配かも」
男を見送り、言葉どおり不安げな表情でそうエルミラが呟きを漏らす。するとそれを聞き、ラプラが「大丈夫ですよ」と言葉を返した。
「あの術は成功してますからね。絶対にあの男の口から、あなたに関する情報が漏れ伝わることはありませんよ」
「だと良いけどさ」
ラプラの言葉にそう返事をしたエルミラは、どこか疲れた様子で溜息を吐く。そのエルミラの様子を見て、イリスはやはり彼も今のような他者に狙われる状況に辟易しているのだろうと感じた。
「……ねぇ、エルミラ」
「ん? なに?」
イリスが声をかけると、反射的になのかエルミラは疲れた表情を消して、顔を上げて彼を見返す。そんなエルミラを、イリスはどこか気遣う眼差しで見つめた。