君を助けたいから 9
「彼の銃はここにあるよ」
「!?」
撃鉄を起こす音と同時に、男の後頭部に金属質の冷たい感触が押し当てられる。驚いた男が思わず後ろを振り返ると、背後にはいつの間にか自分へ向けて回転式拳銃の銃口を突きつけて立つ青い髪の男と、そして外套の頭巾で顔を隠して立つ不気味な長身の人物が立っていた。
「なっ……」
『いつの間に』といった驚愕の表情で突如現れたイリスたちを見つめる男に、イリスは先ほどの男よりなお暗い眼差しで彼を見つめて薄く微笑む。彼は引き金に指をかけたまま、静かに口を開いた。
「私たちが彼と一緒にいた事は知ってるよね? それをわかってて私たちを警戒しないのは、ちょっと詰めが甘すぎるんじゃないかなぁ?」
イリスはそう言って笑いながら、「それともただのオマケだと思って油断してた?」と囁くように言う。
「……何者だ」
「なんだ、私たちのことは調べてないんだ。やっぱり詰めが甘いよ……あなた、こういう仕事向いてないんじゃない?」
男を挑発するようにそう言うイリスに、エルミラが小声で「さすが極悪レイリスさん、台詞と態度が超悪役っ」と囁く。が、イリスはそれを無視して、こちらを忌々しく睨みつける男を見返した。
「チッ……護衛か?」
「そのつもりは無いけど、今彼を連れてかれたら困るんだよね。だから全力であなたの邪魔をさせてもらうよ」
イリスはそう言うと、引き金にかける指の力を僅かに強めながらも「でも、その前にあなたの正体を詳しく知りたいから」と言葉を続ける。
イリスを強く睨みつける男は、その言葉を聞いた次の瞬間に小さく笑み、そして――
「イリスっ!」
「!?」
ラプラの叫びと共に、イリスの体が彼に引き寄せられる。直後に目の前を鮮血が飛び、イリスは目を見開いた。
「ラプ……っ」
男の隠し持っていた短剣がイリスを狙い、その凶器からイリスを庇って動いたラプラが腕に傷を負ったのだという理解は、この時点のイリスには出来ていなかった。だが彼は理解より先に、咄嗟に奇襲からの逃走を図ろうとした男の足止めに動く。
イリスは持っていたエルミラの拳銃の銃口を下方へ向けて、その引き金を躊躇い無く引いた。
弾丸が発射される音は、丁度駅へと到着した列車の走行音に掻き消される。
「ぐああぁっ……!」
素早く連続して二発弾を発射させたイリスだが、その内の一発が男の左の太ももに命中する。その衝撃でよろめいた男のイリスは駆け寄り、即座に起き上がって反撃しようとした彼をイリスは無表情に蹴り上げた。
「う、ぐ……」
蹴られた男の体が地面に転がり、さらにイリスは拳銃を握る男の手を踏みつけ、それを手放させる。彼は零度の眼差しで男を見下ろし、残り四発の弾が入る拳銃の照準を、仰向けに倒れる男の後頭部に合わせた。
「そんなに手っ取り早く死にたいの? ごめんね、私って性格悪いからそう思われるとたっぷり焦らしたくなっちゃう」
硬いブーツの靴裏で男の手のひらを地面に擦り付けるように踏みつけながら、イリスはそう男に囁く。その悪魔のようなイリスの姿に、エルミラは本気で泣きそうな顔をして震えていた。
それでも男は抵抗しようと動いたので、イリスは自分の常備しているナイフを手に取り、男の上に馬乗りになって押さえつけてから男の右肩辺りにそのナイフ切っ先を突き立てる。そうして男から抵抗する意思を完全に奪い取って立ち上がるイリスを見て、『本当にこの人怖い』とエルミラは男のくぐもった悲鳴の声を聞きながら思った。
「悪魔だぁ……青い悪魔がいるぅ……こええぇ……」
「誰が悪魔だよ、せっかく助けてあげたのに。……ところでラプラ、大丈夫?」
男に注意を向けたまま、イリスはラプラに心配した声をかける。だがラプラの怪我は幸い命に関わるほどのものでは無いようで、彼は「えぇ」と落ち着いた声で返事を返した。
「この程度、どうってことありませんよ」
「そう。……ごめん、ありがとう」
「いえいえ。あなたを守って出来た傷ならもっと体中に欲しいくらいですよ……ふふふ……」
「……」
一瞬心配した事を後悔したイリスは、ラプラは(頭以外は)大丈夫だろうと理解して再び男に視線を向ける。男は痛みに呻き、荒い呼吸を繰り返しながらも、鋭い眼差しをイリスに向けていた。
「さて……どうしようか? 名乗れって言って名乗ってくれるような人じゃないっぽいね」
そう言うイリスを忌々しげに睨み付ける男は、「俺はただの雇われたもんだよ」と吐き捨てるように言う。エルミラは男が落とした銃に近づき、それを拾い上げながら「誰にー?」と聞いた。
「知るか。金さえもらえれば、雇い主の事情なんざどうでもいいんだよ」
「あー、そういうのですか。それは色々メンドクサイな……こっちも一応、こんな物騒なことしてくる人たちの特定はしておきたいしさー」
そう言いながらエルミラは男の持っていた銃を観察する。そして彼は驚いたように「おっ?!」と声を上げた。
「どうしたの?」
イリスがそうエルミラに声をかけると、エルミラはおもむろに銃口を地面に向けてその引き金を引く。
「ちょっ……!」
エルミラの謎行動にイリスが驚いて何かを言いかけるが、しかし地面に発射された弾の様子を見た彼の抗議の言葉は、直ぐに驚きの声に変わった。
「え……音しない……なんで?」
銃の発砲音がほとんどせず、周囲に響いたのは鉛の弾丸が硬い石造りの床にめり込んだ甲高い音だけだった事実に、イリスはその理由を問うようにエルミラを見た。
するとエルミラは少し考える様子を見せてから、男に「この銃ってあんたの持ち物?」と聞く。男はその問いを無視するように無言だったが、イリスが右肩に突き刺さったナイフの柄をブーツの靴底で容赦なく踏みつけると、男は痛みに呻いてから渋々といった様子で口を開いた。
「くっ……もらったんだよ……てめぇを連れて来いって言ってた奴らから……っ」
「……ふぅん」
男の答えを聞き、またエルミラは考えるように沈黙する。やがてイリスが「何かわかったの?」と声をかけると、エルミラは少し険しい表情でこう口を開いた。
「う~ん……何となく雇い主はわかったかも」
「そうなんだ。……どこのどいつ?」
イリスが問うと、エルミラは小さく溜息を吐いてから銃をイリスに見せるように持つ。
「この銃、消音装置がついてるんだよ。まぁ、見たところ試作型のようだけど。でもちゃんと機能してるし、だから弾撃っても静かだったんだよね」
「へぇ……そんな銃があるんだ」
「あるって言うか……昔はあったんだよ。審判以前はね。で、当時のそういう技術を研究してるとこがあるって話は聞いてた」
「どこ?」
「よく噂されてたのはティレニアだけど……あそこは武器開発に力入れてるからね。機械技術協会にも資金援助する代わりに協力してもらってるって、あまりいい感じしない話も聞いたことあるし」
「っていうかティレニアってあの大国だよね? あんた、そんなとこから狙われてるってこと?」
エルミラの言葉に、イリスは不安げな表情を向ける。
巨大な国家が相手となると、たとえ本人に協力の意思が無く、今のようにのらりくらりと誘いを断り続けたとしても、相手が本気を出せばやがてはどうしても協力せざるを得ない状況になるだろう。
「まぁでも、そうは言っても……もしこの男にティレニアが関係してるとしても、おそらく軍の上層部が直接関わってるわけじゃなさそうだけどね。だってあいつら、本気ならもっと軍のこわ~い人材とか使って押しかけてくるだろうし」
「そうなの……? うーん……確かに、そう言われればそんな気もするけど……」
「多分軍の研究所の人間が個人的に乱暴なお誘いをしてきただけだと思うよ。以前もそういうのあったし」