君を助けたいから 8
「このままにしとくわけにはいかないよね……ずっとつけられてたってんなら、レイチェルたちのこと知っちゃったってことだろうし」
エルミラはらしくない暗い眼差しで前方を見据え、「あいつらに危害が及ぶような事態だけは避けなきゃなんねーから」と呟いた。
「そうだね、あんたの弱点はレイチェルたちだもんね。狙いがあんたで、あんたを手に入れるためにあいつは動いてるとしたら……確実にあの子たちは狙われるよ」
「……わかってるよ」
返事をし、エルミラは顔を上げる。感情を隠した笑みをイリスたちに向けて、彼は「それじゃ、手伝ってね」と言った。
エルミラたちが乗る予定の列車が駅に到着する五分前。
「むぐむぐ……んあ、なんかオレ超トイレ行きたくなってきた」
早速買った弁当を開けて食べていたエルミラは、急にそんなことを言ってベンチから立ち上がる。
「はぁ、トイレ? もうすぐ列車来るんだから、早く済ませてきてね」
「わかってるってー」
イリスの言葉にそう返事をし、エルミラは彼らと離れて一人歩き出す。すると灰色の服を着た男もまた、さり気ない動作で立ち上がった。
「ふっふふ~ん♪」
用を済ませ、エルミラは鼻歌混じりにトイレを出る。そうして彼がイリスたちの元に戻ろうとした時、死角に潜んでいたらしい灰色の服を着た男が飛び出して彼の背後に立った。
「止まれ」
「!?」
殺気を隠さない低い声で呼び止められ、エルミラは足を止める。そのまま恐る恐るといった顔で彼が背後を振り返ると、やはりそこには怪しんでいた灰色の服の男が立っていた。
「あー……どちら様でしょう?」
苦笑いを浮かべながらとりあえずそう言ったエルミラに、男は無表情のままこう言う。
「エルミラ・クローシュだな」
「まぁ……はい。そーいう名前です」
「今から大人しく俺の言うとおりにしろ。抵抗すれば、後悔することになるぞ」
「えー……困るなぁ」
おそらくは危機的状況であろうにも関わらず、エルミラはとぼけた態度で男と対峙する。そんなエルミラの態度に若干男は苛立ちを感じつつ、エルミラに自分の状況を再確認させるようにこう言った。
「いいから痛い目にあいたくなければ、右の通路を通って俺と共に来い」
そう言いながら男は右手に隠し持っていた鈍色の凶器をエルミラに見せる。それはエルミラが護身用に持っているものとは少し違う、自動式と分類される拳銃だった。だが自分が知っている自動式拳銃と何かが違うと、そうエルミラは一瞬思う。しかし今はそれ以上、その凶器について考える事はしなかった。
「わぉ……はいはい、殺されたくは無いので抵抗しませんよー」
ふざけた態度を取ってはいるが、エルミラだって凶器を突きつけられている恐怖は人並みに感じてはいる。ただ自分が殺す目的で撃たれる事は無いと、それがわかっていたのでその点での心配はあまり感じていなかった。
だが怪我を負う可能性は十分にあるので、エルミラは抵抗はせずに男の言うとおり右に移動して人気の無い通路を進む。真後ろに立ってエルミラの後をつける男は、しばらく進むと「そこから路地裏に入れ」と続く細い通路を示して指示した。
エルミラがまた指示通りに通路を進み、さらに男が「その突き当りで止まれ」と言うと、彼は「はいはい」と言って立ち止まる。
「……で」
それ以上先に進めない袋小路に誘導されたエルミラは、振り返って改めて男と対峙をする。男は体格は良いが若くは無い中年といった風貌で、鋭い眼光と銃口を自分に向けていた。
「おたくはどちら様ですか?」
恐怖はあるがこういうことには馴れてもいるので、エルミラは相変わらず落ち着いた様子でそう男に声をかける。するとそんなエルミラの態度を見て、男は低く「舐めた男だな」と言って笑った。
「いや、舐めてないよ。ただオレたち初対面だし、まずはお互いのことを知ることからはじめるのがフツーじゃないかなーって思っただけですよ」
「……やっぱなめてる……いや、ふざけてる野郎だな」
「いやー……どうでしょー。オレって元々こういう性格だし……」
乾いた笑いを漏らしながらエルミラが男を見つめると、男は小さく鼻を鳴らした後に「俺のことを知ってもどうにもならねぇよ」と答える。
「俺は雇われただけだからな」
「あー、そーですか」
のらりくらりとした態度で返事を返しながら、エルミラはこの先何を要求されるかを内心で考える。まぁ、どこかに連れて行かれる可能性が一番高いだろう。問題はその後の自分の行動だ。下手に相手を刺激するわけにはいかない。だからって素直に男に従うつもりも無い。
(さて、どーしよう……)
そう考えるエルミラの前で、男がまた不敵な笑みを見せる。
「安心しろ、素直に言う事聞けば痛い目には合わせねぇよ。とりあえず俺の仕事はお前をあるところまで連れてくことだからな」
「とあるところって?」
「それは自分で確かめな」
「……」
こんな物騒な人を雇って無理矢理連れて行くような場所は、ろくなものではないとエルミラは冷静に考える。そして思わず溜息を吐いたエルミラに、男は「その前に」と言って銃口を突きつけたまま、それを持つ手とは別の手を突き出した。
「なに?」
「お前の武器をよこせ」
男は暗い眼差しをエルミラに向けて、「拳銃持ってんだろ」と囁く。所持している武器も調べられていたということは、そこそこの期間自分はこの男に監視されていたのか、それとも他に情報源でもあるのか……どちらにせよ面倒だとエルミラは再度溜息を吐いた。
「ほら、早くよこせ」
「えー? オレ、そんなの持ってないよ?」
「とぼけても無駄だ、確認は取れてるんだからな」
武器は持っていないと主張するエルミラに、男は引き金に指をかけた銃で彼を脅しながら「早く出せ」と低く唸る。だがエルミラは小さく両手を挙げる仕草をして、「ホントに持ってないんだもん 」と言った。
「嘘だと思うなら確かめてくれてもいいよ?」
「……チッ」
男は面倒くさそうに舌打ちを鳴らし、銃口を突きつけたままエルミラに近づく。そして彼の上着の内側やポケット、ズボンなどを調べた。
やがて男は拳銃を仕舞っているであろうホルダー気づき、そこが空なことに眉を顰める。
「……おい、なんで空なんだ?」
「なんでって……ホントに今拳銃持ってないんだもん」
男の問いにそうエルミラが答え、男は「荷物の中か?」と言いながらエルミラの荷物を調べようとする。その時だった。