君を助けたいから 7
それぞれのペースでやらなくてはいけないことは一応こなしたジュラードたちは、ジューザスとの約束の時間となったので再び学会建物へと集合する。
そしてジューザスと顔を合わせ、ついでにフェイリスとも会ったジュラードたちは、彼女から家の鍵を預かってしまう事となる。
「私はもうしばらく仕事をしなくてはなりませんので、家で先にお休みになられていてください」
そんな事を言ってローズに家の鍵を渡そうとするフェイリスに、ローズは困惑した表情でそれを受け取る事を迷う。
「え、いや、でも……」
「大丈夫ですよ、これはただの合鍵ですから……」
なにかますます受け取っちゃまずいような事を妖艶な笑みと共に言うフェイリスに、ローズは引きつった笑顔を返した。そしてそんなローズの手にフェイリスは鍵を無理矢理握らせ、「それでは失礼します」と言ってさっさとどこかへ行ってしまう。
「あ……行ってしまった……本当にこれ、受け取って大丈夫だったんだろうか」
「まぁいいじゃないローズ、合鍵なんだし」
「合鍵だからこそまずい気がするんだが……」
何か重い意味がありそうな合鍵に苦い顔をしつつ、仕方なくローズはそれを懐に仕舞いこんだ。
「じゃあ私もとりあえずは彼女の家にお邪魔させてもらおうかな。やる事は大体終わったから、私もこれからは君たちと行動するよ」
ジューザスがそう言い、マヤが「そうね」と頷く。そうしてジュラードたちは明日それぞれに出発することを決めて、一先ず一晩の休息を取る為にフェイリスの家へと向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ジュラードたちが出発した直後、エルミラたちもまたユーリたちの店を離れて、国内移動用の鉄道に乗ってフェリードの所属する研究所へと向かおうとしていた。
「ねーレイリスー、こっちの駅弁とあっちの駅弁どっちがいいと思うー?」
「……どっちでもいいんじゃない?」
「ぶー、真剣にオレの悩み相談にのってよー」
「えー?」
列車が来る二十分前ほどの時間となったころ、駅の売店前でいつも喧しいエルミラが、やはり喧しく駅弁のチョイスを行っていた。
「あっちのはメインのお肉が美味しそうだけど、こっちの『東方大陸フェア』ってののスシ弁当ってのも気になるじゃん? スシってオレ食べた事無いから食べてみたいんだよねー」
「えぇ、それ生魚だよ? 私はそういうの苦手かも……お腹壊しそうで怖いじゃん」
「なんだよ、じゃあレイリス的にはどっちでもよくないじゃん」
「あんたが食べる分にはどうでもいいから、どっちでもいいって答えたの」
「ひでぇ! もーいいよ、レイリスには聞かない」
適当なイリスの意見は聞かないことを決めて、エルミラは外套の頭巾で顔を隠して立つラプラに視線を向ける。
「ラプラはどっちがいいと思う?」
「そうですね、心底どうでもいい話題なのでどっちでもいいかと思いますよ」
「何その全力での投やり返答! レイリスよりもっとひでぇ!」
どちらも当てにならないと判断したエルミラは、じっくり悩んでから無難な焼肉弁当を手に取る。
「う~ん……スシにチャレンジしてみたいけど、確かにお腹壊したら怖いしな……チャレンジャーなオレらしくないけど、こっちにしとくか」
そんなことを言い、エルミラは売店の会計台へと弁当を乗せる。そうして彼が弁当を買い物している間、イリスは何かを気にする様子で彼の会計を待った。
「イリス、どうしたのですか?」
イリスの様子に何かを感じたラプラがそう声をかけると、イリスは小声で彼にこう返事を返す。
「いや……気のせいかもしんないけど、あの奥の柱の影に立っている人、なんか私たちのこと付けて来てないかなって思って……」
そう言ったイリスが横目で付けて来ているかもしれないという人物を示すと、ラプラも怪しまれないようさり気ない仕草でそれを確認する。
「……あの灰色の服の男でしょうか?」
「うん。駅に向かう前にも見たんだけど、どうもこっちを見てる気がして」
そう言ったイリスは険しい表情を見せ、ラプラに「どう思う?」と問う。ラプラは数秒考えた後、「確かにこっちを窺っているようですね」と返事をした。
「やっぱり?」
「えぇ。時々顔を上げて時刻確認のフリをしていますが、視線がこちらに向けられています。……ハッ、わかりましたよ」
何かに気づいた様子のラプラに、イリスは真剣な表情で「なに?」と問う。するとラプラも大真面目な表情でこう答えた。
「あいつはあなたを付けねらう変態ですよっ。全く……なんと忌々しい。呪術で呪い殺してやりましょうか」
「……う~ん、違うと思うよ、それ」
むしろ変態さんは目の前にいるあなたじゃないかなぁという言葉は優しい気持ちで飲み込んで、イリスはエルミラに視線を向けながらこう言った。
「そうじゃなくて、あいつの狙いはエルミラじゃないかな?」
イリスのその言葉にラプラは意外そうな顔をして、「そうなんですか」と言う。そうしてじっくりまじまじとエルミラを眺めながら、ラプラはこう呟いた。
「はぁ……私にはあの男のどこがいいのかさっぱりわかりませんが……悪趣味ですねぇ、あの変質者は。イリスの方が何倍も、いや、比べること自体が愚かしいくらいに魅力的だと言うのに」
「いや、だからそういう意味で付けて来てるわけじゃないと思うから」
イリスは真面目な顔で「そうじゃなくて」とラプラに説明を続けようとする。その直後に駅弁を購入し終えたエルミラが、暢気な様子で「おっまたせー」と二人の元へ戻ってきた。
「ついでに列車内で食べるお菓子も買っといた。オレって気が利いて優しいから、レイリスとラプラの分もあるよー」
何も気づいていない様子のエルミラに、イリスは「エルミラ、そのまましばらく能天気なアホ顔で笑っててね」と前置きしてからこう告げる。
「あほ顔ってなに?! ひどくね ?!」
「シッ、いいから聞いて。どうも私たち、つけられてるみたいなの」
イリスの囁く声にエルミラは一瞬驚きそうになり、しかし彼も状況が理解できないほど馬鹿ではないので、イリスの言っていたとおりアホ顔をキープしたまま小声で言葉を返す。
「それって、気のせいじゃなくて?」
「多分気のせいじゃない。ほら、あっちの柱の影にいる男」
イリスが教えた方へ、エルミラは「トイレどこかな~」とわざとらしく言いながら周囲を見渡す仕草で視線を向ける。そうして彼もその男を確認すると、イリスにこう言った。
「うわほんとだ、オレが見たら露骨に目ぇ逸らした。あれ、多分オレの熱狂的な追っかけかも……」
「だと思った」
イリス自身予想はしていたことなので、エルミラの困った様子の言葉に驚くことはなく、冷静にそう返事を返す。
「まぁあんたってそんなアホ顔でも一応”天才”だし、狙われることもあるんだね」
「アホ顔を連呼しないでよ、泣くよ。オレ意外とガラスハートなんだから」
ふざけたような会話をしつつ、彼らは状況の深刻さは各々に理解していた。
「で、どうする?」
イリスがエルミラにそう問うと、エルミラは苦い顔で考えるように沈黙する。やがて彼は溜息と共にこう答えた。