君を助けたいから 6
「マヤはいいんだ。だって彼女は、アリアだった俺のことも知っているから。その頃の記憶も、俺自身あるし……だから女性として見られても何も感じない。ジュラードは今の俺しか知らないし、仕方ないって思う。でもお前やアーリィはそうじゃない。お前たちは以前の俺を知ってて、アリアは知らないじゃないか」
「……」
本当にくだらない感情だと思う。だけどそう思っても、その感情を抑えることが出来ない。
ローズは言ってしまった後悔を頭の片隅に思いながら、しかし後には引けない思いを続けた。
「そんなお前に『女性』って自覚させられると、なんか……元の俺を知る人がどんどんいなくなっていってしまうようで……そんなわけないってわかってるのに、どうしてもそういう不安が……だから……」
ぐちゃぐちゃに絡み合う感情を細切れに語るローズに、ユーリは意外な告白を聞いたような顔を向け、やがて彼は小さく息を吐く。そして俯いたままのローズに、今度はユーリが口を開いて告げた。
「ばーか、俺らがホントのお前を忘れるわけねぇだろ」
「え?」
何か思ったより軽い感じで返事を返されたことに驚きながら、ローズは顔を上げる。真紅の瞳には、いつも通りの表情で明るく笑う親友の姿があった。
「気にし過ぎだって。そりゃお前が不安になっちまう気持ちもわからんでもねぇけどよ……でも、少なくとも俺にとってはお前は『ローズ』だからな」
「……」
かつてアーリィが”アリア”と同一視されることに悩んだ時、ユーリは『アーリィはアーリィだから』と彼女を励ました。
同じ言葉をローズに告げるユーリは、きっと本当にそう思っているからこそそういう言葉が自然と口に出せるのだろう。
「大丈夫だって。どんな姿だろうがお前はのんびりしててちょっとお節介な俺の相棒で親友だかんな」
そう言った後にユーリはちょっと恥ずかしくなったのか、「って、恥ずかしいことを俺に言わせんな」と呟く。それを聞き、ほかんと目を丸くして話を聞いていたローズは、可笑しそうに少しだけ笑った。
「あ、おい、笑うなよ。よけー恥ずかしいだろ」
「す、すまん……あぁ、でも……ありがとう。そうだな……今の俺でも、相棒で親友って言ってもらえて嬉しい」
「お、おう……」
照れくさそうに頷くユーリを見ていたら、ローズもなんだか恥ずかしくなって、それを笑って誤魔化す。そんな二人を眺めながら、マヤが不満げな様子で「なによーいちゃいちゃしやがってー」と呟いた。
「なっ……そんなことしてないぞ!」
「おぉ、いちゃいちゃはしてねぇからなー」
「何よ、アタシ無視して見つめ合っちゃってさ! 浮気よね、それ!」
「ち、ちが……っ」
「……なんかマヤのやつ、めんどくせぇ性格になったなー」
怒るマヤと慌てるローズを見ながら、ユーリは呆れた表情でそう呟く。そして彼は思い出したようにローズの背負う大剣を見つめ、そしてそれに手を伸ばした。
「んじゃ、とりあえずこれは俺が持つわ」
「え? や、だからいいって」
ユーリが再び大剣に手を伸ばすと、またもやローズは遠慮を示す。だが今度はユーリは笑ってこう言った。
「いーから。俺のたくましくてかっこいいとこ見せておきたいのー」
「……なんだそれは」
真面目に言ってるのかふざけているのかわからないが、変な事を言うユーリにローズは苦笑する。そして彼女は――先ほどのやり取りもあってか――今度は素直にユーリに剣を渡した。
「じゃあ……はい」
「よしきた!」
ローズが背負う剣を鞘ごと下ろしてユーリに渡すと、何故かユーリは喜んだ様子でそれを受け取る。ローズはとりあえず彼に「ありがとう」と声をかけた。
「でも無理はしないでくれ」
「おぉ。……つかさすがに重いな、大剣2本は」
ユーリはジュラードの分も合わせた大剣2本を抱え直し、心配そうに見つめるローズに自分の短剣を鞘ごとベルトから外して放り投げる。
「っと……」
「交換な! お前がそれ運んでくれ!」
短剣を2本受け取り、ローズは苦笑しながら「わかった」と頷いた。
そうして再び歩き始めた直後、ユーリがローズの剣をまじまじ見ながらこんなふうに口を開く。
「しかしさぁー、この剣なんかすげぇよな……魔法も使えんだろ、これ」
以前旅していた時とは違うローズの武器を観察するように眺めながら、ユーリはそう呟く。
「ん、あぁ……一応魔法の制御も出来るようになってるんだ。以前マヤが使っていた剣みたいな感じにな」
「ふーん……」
真紅の塗装で絡み合う薔薇の絵柄に装飾された大剣は、刃の先の方に埋め込まれた紅色の宝珠で魔法の制御が出来るようになっている。そんな剣が一般には出回るわけがないので、勿論この剣はオーダーメイドで作ってもらったものだった。
「”あの後”に、ジューザスが迷惑かけたお詫びにって、知り合いの武器職人さんに頼んで作ってプレゼントしてくれたんだよ」
「へぇ、なるほどね。そーいう理由の剣なのか、これ」
随分と”ローズ”を意識した剣だとは思ったが、ジューザスのお詫びの品だと言うのなら納得できるとユーリは思った。
「確かにジューザス、こーいう装飾部分とか無駄に懲りそうだし……」
「あ、あぁ……なんかちょっと使うの恥ずかしい気もするんだよな……今はまだ良いけど、ちょっと女性っぽすぎるデザインな気もするし」
そう言って苦笑するローズに、ユーリも苦い笑みを向ける。だがマヤはわりと気に入っているようで、「アタシは好きだけど、その剣」と言った。
「確かに可愛い気もするけど、でもかっこいい雰囲気もあるじゃない。派手過ぎないデザインもいいわよね」
「ん……まぁな。気に入らないわけじゃないしな」
「気に入らねぇって言ったらジューザス泣くぞ。あいつのメンタル意外にゼリーだから」
「あら、それを言うならトーフじゃないの?」
「え、俺それ知らねぇ。なにそのトーフって」
「トーフ、つまり豆腐だな。俺の故郷じゃ味噌汁の具として人気の、豆で出来た柔らかい食材だよ。醤油かけて食べても美味しいんだよな」
「へぇー」
「ま、なんにせよジューザスのメンタルは脆いって話よね」
「だな」
「……酷い話だな。これ聞いたらそれこそ彼は泣くと思うぞ」
そんな話をしているうちに、ローズたちも目的としていた店の近くに辿りつく。
ユーリが「あっ」と言って足を止めて、おもむろに正面を指差した。
「あったあった、武器屋ここじゃね?」
「だな。それじゃ中入って、手入れしてもらおう」
「そうね」
そうして三人は武器屋へと消えていった。
ちなみにその頃のこの二人はと言うと。
「ウネさん、こっちの新作ケーキの試食も美味しいですよ!」
「そう? ……ホントね、甘くて美味しい」
「あー、こっちのケーキも美味しそうですよー!」
「買いましょう」
「え、まだ試食してないのに……でもおいしそうですね、いただきまーす!」
……自由気ままに立ち寄ったケーキ屋の試食を楽しんでいた。