君を助けたいから 1
彼女が”家族”の元を離れて何日かの時が経った。
まだ幼く、誰かに甘えたい年頃である彼女だから、ずっと共にいた者たちと離れるのは辛い。例えそれが自分自身の為だとしても。
だけど彼女はまたいつか”家族”と共に暮らせることを信じて、今の寂しさを一人ひたすらに耐えていた。
彼女は何より大切な兄の言葉と約束を心の支えにして、彼を信じて待っていた。きっと兄が自分を助けてくれるのだ、と。
「でも……寂しいよ、お兄ちゃん……」
一体いつになったら自分は彼に会えるのだろう。
一体それだけここで我慢すれば、自分は自分の”家族たち”と共に暮らせるようになるのだろう。
一体いつ、自分は元気になれるのだろう……。
「 ……」
隠し切れない寂しさを表情に滲ませながら一人ベッドの上で窓の外を眺めていると、彼女が預けられている病院の病室のドアが軽くノックされた。
「リリンちゃん、ユエさんたちが遊びに来てくれたよ」
看護人の女性の優しい声が、ドアの向こうから聞えてくる。思わず振り返ったリリンは、ほんの少しだけ涙の滲んでいた目を強く擦りながら、「はい!」とその寂しさを隠すように元気に返事を返した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ユーリたちの店を離れ、ジュラードたちは再び中央医学研究学会の建物施設のあるクノーへと戻ってきていた。
フェイリスの家に行くと彼女は仕事で留守だったので、おそらく彼女もいるであろう施設の方へと彼らは直行し、受付で事情を話した後に応接室の一つに案内された。
そして今彼らは応接室で、もうしばらくしたら状況説明に来るというジューザスを待っていた。
「そういえば私、ジューザスさんに会うの久しぶり! ……では無いですね」
「あぁ、だろうな」
イリスと入れ替わるようにジュラードたちについてくることになったアゲハが、応接室の革張りの椅子に落ち着かない様子で座りながらそう言う。それにユーリが真顔でツッコみ、アーリィも「しょっちゅう色んな人に会いに行ってるもんね、アゲハ」と彼女に声をかけた。
「そうなんですよね。あ、どうせアサドに来たならリーリエさんに会いに行きたいなぁ……リーリエさんにはしょっちゅうは会いに行けないし。前会ったの半年前ですし」
「……それでも半年前には会ってるんだな。大陸渡る船代とか高ぇのによく行くぜ……」
「そうなんですよ! だから私、空いてる時間には色々アルバイトとかして稼いでるんですけど、そのお金は直ぐ移動代とかでなくなっちゃうんですよー」
「あー、そう……でもお前ってそんな日々が楽しそうだよな。なんつーか……お前らしい生き方だよな、ホント」
アゲハの行動力の異常さに、ユーリが改めて驚きながら呟く。そんな会話を横で笑いながら聞いていたローズは、ふと向かいに座るジュラードの様子が気になって彼に声をかけた。
「ジュラード、どうした? なんかボーっとして……」
ローズは心配そうな眼差しを彼に向けて、「どこか具合悪いのか?」と聞く。ローズにそう声をかけられたジュラードは、どこかハッとした様子で彼女に視線を向けて「あ、いや、大丈夫だ」と返事をした。
「そうか……?」
「あぁ……」
まだどこか心配そうな表情を向けてくるローズに、ジュラードは数秒迷うように沈黙した後にこう口を開いた。
「いや……ちょっと妹のことを考えてただけだ」
彼の言葉にローズは理解したように「そうか」と頷く。
「……そうだな、心配だよな。孤児院に戻った時も会えなかったし」
「……あぁ」
気遣うローズの言葉に自然に頷いてから、ジュラードは何かまたハッとした様子となってから動揺したようにローズにこう言った。
「あ、違うからな! 俺は別に妹が純粋に心配なだけだからな!」
「? ……あぁ、そりゃそうだろう。大事な妹なんだし」
ジュラードのちょっと異常とも思える”妹愛”を、しかしローズは『身内なんだから当然』みたいな認識で理解している。なので彼女はどうしてジュラードが今必死に弁解したのかわかって無さそうな顔で、彼の言葉にまた首を縦に振っていた。
すると二人の会話を聞いていたマヤが、それに割って入るように口を開く。
「ジュラードはシスコンと思われる事を心配してるのよ。もう遅いと思うけどね」
「!? ちがう、俺はシスコンじゃなくて……っ!」
マヤの正しい指摘にまたジュラードは動揺し、ローズに訴えるような視線を向けてくる。ローズはやはりよくわかって無さそうな様子で、困惑しながら彼を見返した。
「シスコン……いや、別にそれでもいいじゃないか。それだけ妹さんのこと、大事にしてるってことなんだし」
「うっ……」
真顔のローズにそう言われ、ジュラードは咄嗟にどう返事をしようか迷う。ここで開き直って『だよな!』とか言えない性格の自分は面倒でややこしい人間だよな……と、ジュラードはそんなことを思いながら小さく溜息を吐いた。
「……妹は……リリンは俺が守ってあげなきゃって……両親がいなくなってから、ずっとそう思っていたから……」
何となく、溜息に続いてそんな言葉が口から漏れる。こんなこと、昔の自分だったら絶対に他人に言う事は無かっただろう。いや、あるいは相手がローズだから素直に口に出せたのかもしれない。
「両親がいなくなってから、リリンはいつも悲しそうな顔ばかりだったから」
だから自分がしっかりしないといけない。兄だから、妹を守って安心させなきゃいけない。そう思っていた。そして、そうしてきたつもりだった。
でもこうやって長く離れると、寂しい気持ちと共に冷静に考えられる時間が時々生まれる。自分は彼女の為に、今まで兄として支えになっていただろうかと。
「でも……いつの間にか孤児院で暮らすようになったら、リリンもまた笑えるようになってた。少なくとも俺よりは……ずっと笑顔だった」
そうやってリリンが笑えるようになったのは、自分の努力じゃなくてユエ先生や他の子どもたちのお陰なんじゃないかと今は思う。
兄として自分が彼女にしてやれたことなんて、自分が思ってたよりもほんの僅かなものだったのではないかと……。
でも、それでもリリンが幸せならそれでもいいとも思える。
「……俺は思ったほどあいつにしてやれることはなかった。だからせめて……病気は治してあげたい」
「……そんなことないさ。ジュラードがリリンちゃんにしてあげられたことはたくさんあるよ」
優しいローズの声が聞えて、ジュラードは問う眼差しで彼女を見る。ローズは少し寂しげに微笑み、彼に言った。
「私も両親を突然亡くして、全然笑えなくなってた時があったから。親のいなくなる喪失感や寂しさや悲しさ、そういうのはわかるんだ。ジュラードやリリンちゃんが感じた不安は、あの頃の私も感じた」
「……」
寂しい笑顔の意味を語りながら、ローズはジュラードに言葉を続ける。