禍の病 5
鮮やかな赤に表面を着色された”自走車”なる乗り物は、確かに乗せてもらえれば今現在三人が悩んでいる移動の問題は解決しそうだ。が、そう簡単に乗せてもらえるようなものでは無いだろうと、ジュラードにもそれくらいは何となく理解できた。
「いや、一生懸命お願いすればあるいは……」
「一生懸命って……お、俺は土下座なんてしたくないからな!」
「何で一生懸命がイコール土下座なのよ……いやまぁローズのお気楽な発想もどうかと思うけど」
そんな感じで三人が民衆に混じって騒いでいると、自走車を紹介する男の目が三人に向けられて止まる。いや、正確には彼の視線はローズにロックオンされた。
「あぁあぁぁ……なんと美しい方だ。こんな美しい女性がこの地上に存在していたなんて……あぁ、神の奇跡です。いいえ、あなたが女神そのものだしょうか? その神秘的な真紅の眼差しに僕の心は完全に捕らえられてしまったようです。そちらの東方の姫君、お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「え?」
金髪の男はおもむろにローズに近づくと、軟派な口調で「あぁ失礼致しました、僕はマチルダ・ヒューメーンと申します」と言って頭を下げる。いきなり急接近されて声をかけられたローズは、面白いほどに茫然として立ち尽くした。
「僕はヒューメーンの名でわかる通り、かの有名なヒューメーン社の次期社長です。そして今は我が社最新鋭の乗り物を多くの人々に見てもらおうと、地道な宣伝活動をしている最中なのですよ」
「は、はぁ……」
なんか物凄いめんどくさそうな人種の男に声をかけられ、ローズはひたすらに戸惑う。ジュラードも『なんだこいつ』とは思いつつも、彼の雰囲気に圧されて呆気に取られたようにただ彼を見てることしか出来なかった。
しかしこの呆気に取られる二人に対し、小さくてもしっかりしてて頼りになる女・マヤは、マチルダの態度に若干苛立ちを覚えつつも利用できる事を悟り、脳内で彼を利用する算段を瞬時に考えて口を開いた。
「ねぇねぇマチルダさ~ん」
「おっと、驚きました。こんなところにこんな小さなレディがいるとは……」
ローズの胸の谷間のマヤが声をかけると、マチルダは大袈裟に驚いた反応を見せる。自分に対しても『レディ』と呼ぶ辺り徹底してるなと、マヤはマチルダの反応を見てそんなことを思った。
「こんにちは、こっちの彼女はローズって言うの。それでアタシの名前はマヤね、よろしく。ついでに隣でアホ面して立ってる男はジュラードよ。まぁ最後のはおまけだから別に覚えなくてもいいわ」
「ひどい……」
ジュラードの小声の訴えは無視して、彼らを置いてけぼりにして勝手に自己紹介を始めたマヤはマチルダにこう話を続ける。
「ねぇマチルダさん、その自動走行車という乗り物でオートラントに一日で行く事が出来るって本当?」
「えぇ、それは勿論! この我が社が新たなる時代の先駆けとして社の威信を懸けて開発した次世代の乗り物ならば、僅かな時間で遠く離れた場所へも移動が可能なのです!」
そう胸を張ってマチルダは答えた後、「あぁ、でもまだまだ課題は多いのですが」とも付け足す。
「問題?」
「えぇ。この乗り物を走らせるのに適した道の設置や整備、道にはこびる魔物の問題など……ですが! この乗り物は未来を担った素晴らしいものに変わりありません!」
「え、えぇ……そうね」
力説するマチルダにマヤも若干引きつつ、彼女は「それでマチルダさん、実はお願いがあるんだけど」と早速本題を口にした。
「なんでしょう? 美しい女性の為に何かをすることが僕の使命と思っていますので、僕に出来ることならば何でも仰って下さい」
「あら本当? それは嬉しいわ。実はね、ローズがこの乗り物に乗ってみたいらしいの」
今までボーっとマヤとマチルダのやり取りを眺めていたローズだったが、ここで急に自分の名前を出されて「え、私?!」と驚きの声を上げる。
確かに自分は『乗せてもらえないかな~』などと言っていたので彼女の言う事は間違っていないが、一体何を企んでいるのかとローズはマヤを不安げな眼差しで見つめた。
「で、単刀直入なお願いなんだけど、乗せてもらえない? その、一日で行けるっていうオーラントまで」
「いいですよ」
「えぇ! あっさり!」
思わず驚いて突っ込んだのはローズだ。傍ではジュラードも驚いてぽかんと目を丸くしている。
マヤもマヤでこんなあっさり了承を得るとは思っていなかったらしく、彼女も少し驚いた様子で「あ、ありがとう」と言った。
「え、でも……本当にいいのだろうか?」
ローズが不安げな様子でそうマチルダに問う。ついさっきまで『乗せてって』とか図々しいこと言ってたのに今更何故そんな謙虚な態度を……と、ローズの様子を眺めていたジュラードは思った。
「えぇ。僕はあなたのような美しい女性の頼みは断れないたちなのです。それに僕としても、あなたと言う真紅の薔薇の乙女と長く共にいられるのならば是非そうしたい」
マチルダはそう言うと恭しく跪いて、ローズの手を取って口付ける。その行為にローズは青白い顔色で鳥肌を立て、マヤは思わず「てめぇ!」と暴言を吐きかけて、一応手袋越しだしセーフかと自分を納得させて何とか口を噤んだ。見ていたジュラードも、マチルダのこの行動にはドン引きである。
「っ……マチルダさん、じゃあさっさと乗せてってもらえますか?」
今にも泡吹いて倒れそうなローズの代わりに、額に青筋浮かべたマヤがマチルダにそう催促をする。マチルダはにっこり微笑み、「かしこまりました」と返事をした。
物資運送用に舗装された草原の中の大きな道を、ジュラードたちは自走車なる乗り物に揺られながら快調に進んでいく。
「凄いなー、本当に動いてるし速い。風も気持ちいいし……これはいいな」
次々通り過ぎて行く草原の景色を眺めながら、運転席の隣に座ったローズは感心したようにそう呟く。マヤも「そうね、なかなかいい感じね」と彼女の言葉に頷いた。
「でも……揺れる、な……うぷっ」
完全に平らにされたわけじゃない道なので、普通に走るだけでも車体は何度も揺らされる。速度が速くなるとその揺れは大きく激しくなる。
ジュラードは繰り返される揺れに酔ったらしく、後ろの席で辛そうな顔色で口元を手で押さえて震えていた。
「僕の車で吐かないでくれよ、青年」
ジュラードの危険な状態に対し、自走車を慣れた様子で運転するマチルダは笑いながらそう声をかける。ジュラードは若干涙目になりながら、「努力する」と小さく呟いた。