救済の方法 43
「……そんなに女の子の入浴シーンが見たいなら、実物見てくれば?」
唐突にイリスがそんなことを言い、エルミラは勿論ジュラードたちも『え?』といった顔で彼の方を見た。
するとイリスは高い柵で仕切られた隣の女湯露天風呂を指差す。
「ほら、今アゲハたち隣にいるし」
イリスのその一言に、皆は思わず口を閉ざして耳を澄ます。すると確かに隣からよく知った者たちの声が聞えてきた。
「……アゲハ、なに食べたらそんなふうに胸大きくなるの? 隠し事はよくない……教えるべきだと思う」
「あ、アーリィさんってばさっきからそればっかり! 食べ物は関係ないですよぉ……多分」
「でもろーずおねえちゃんのほうがおっぱいおおきかったよねー?」
「う……確かにローズさんおっきいよね……なんか複雑だなぁ」
「ローズは毎晩マヤに襲われてるから大きいんだって、ユーリが言ってた気がする……」
「え、そうなんですか?! うわわわ、ローズさんたちってやっぱりオトナ……ふああぁ、そうなんですね。やっぱりお二人はそういうことを……」
なんだか女湯からはベタベタな会話が聞えてきて、思わずジュラードは顔を赤くする。そして思わず赤面してしまったことに、またジュラードは照れて慌てた。
しかし動揺したジュラードが周囲を見渡すと、レイチェルもエルミラも自分と似たような反応をしていたので、彼は一先ず安堵する。
そして一人顔色変えないイリスが、再びエルミラに語りかけるように口を開いた。
「色気五割り増しがどうか、その柵乗り越えて確認でもしてくれば?」
そう提案するイリス自身はそんなことをする気は無いようで、完全に他人事な態度でエルミラに提案する。
そのイリスの危険な提案にジュラードが『まさか……』と不安な気持ちになりながらエルミラを見ると、エルミラはひどく真剣な表情で考え込む様子を見せていた。
「!? おいエルミラ、まさか本気でやるつもりなのか?」
どうにもやる気っぽい顔つきのエルミラに、ジュラードがそう心配した様子で声をかける。レイチェルも不安げな顔を見せ、エルミラに「ダメだよ」と言った。
しかしエルミラはやる方向で考えてるらしく、ジュラードの問いにこう答える。
「いやでもさ、今なら障害になりそうなユーリもいないし……ちょっと覗くくらいなら出来るんじゃない?」
「で、出来る出来ないじゃなくて、やっちゃダメだよ!」
「しーっ、レイチェル、声大きいっ」
止めようとするレイチェルに逆に注意し、エルミラはやがて決意したようだった。
「……よし、やってみよう」
「ほ、本気なのか……」
すくっと立ち上がったエルミラに、ジュラードが極限に不安を感じている眼差しを向ける。だが残念なことに、エルミラは本気なようだった。
「だってこのお約束をやるのが今のオレの使命な気がして……!」
「それは勘違いだよ、エル兄」
レイチェルの冷静なツッコミの声も、今のエルミラの耳には届かない。
「ほっときなよ、レイチェル。一回好きにやらせて、それで後悔すればいいんだよ。そうすればアホでも学習するだろうし」
「けど、レイリスさん……」
エルミラを止めようとするレイチェルにイリスがそう言葉をかけるが、しかしレイチェルの不安げな表情は変わらない。
そして暴走しようとするエルミラは、迷惑なことに何故かジュラードをも巻き込み始めた。
「よしジュラード、手伝え!」
「何故だ!」
何故か自分を指名して巻き込もうとするエルミラに、ジュラードは当然ながら拒否反応を示す。だがエルミラは彼のそんな意思表示など知ったことかというふうな態度で完全に無視し、彼を無理矢理引っ張り出して柵の方へと近づいていった。
「ちょ……本当にやめた方がいいって……」
「ヘーキヘーキ。それよりジュラード、この桶をこうやって積み重ねるから手伝ってよ」
エルミラはたくさん重ねて置かれてある木製の桶を足場に使い、高くそびえる柵の向こう側を覗こうと企んでいるらしい。
ジュラードに足場作成の指示を出したエルミラは、「ほら、早く」と小声でジュラードを急かした。そして基本押しに弱いジュラードなので、彼もついついエルミラに言われたとおりに手伝ってしまう。
「くそ、なんで俺がこんなことを……リリンに知られたら軽蔑されて口聞いてくれなくなるかもしれないのに……」
「大丈夫、そんなに嫌がんないでよ。ちゃんとジュラードにも覗きさせてあげるからさ」
「い、いいっ。結構だっ」
ジュラードが拒否するも、またもエルミラは聞いちゃいない様子でそれを無視する。そうして彼はジュラードにも手伝わせて、木桶を三角の形に積み上げて見事足場を作成した。
「ふふん、どうよ。オレの手にかかればこんな柵なんて障害物、ヨユーで突破しちゃうんだから」
「……威張ることじゃない気がする」
ぎりぎり覗き出来そうな高さに積みあがった木桶を見ながら、ジュラードは小さく溜息を吐く。
(俺は一体何をやっているんだろう……)
そうジュラードがしみじみ思っている間に、エルミラはさっさと木桶の足場を上り始めた。
「ちょ、エル……っ」
「黙れジュラード、今のオレは超真剣に極秘ミッション遂行中なんだから」
さっさと行動するエルミラに驚くジュラードに、エルミラは小声でそう言葉を返す。なんか知らんが今の彼は真剣だった。
そうしてジュラードやレイチェルが不安げに見守る中、エルミラは器用に積みあがった桶を上って柵の天辺に手をかける。
「よしっ」
柵に手をかけられたことにエルミラが小さく喜びの声をあげ、いよいよ本格的にヤバイとジュラードがハラハラする中、ついにエルミラが柵の向こう側を覗こうと背伸びした時だった。
「よおエルミラ、なんか楽しそうなことしてんじゃねーか」
「!?」
突如背後からユーリの声が聞えて、ジュラードは驚きに振り返る。エルミラも彼同様に、驚いた様子で背後を振り返った。