救済の方法 41
手を繋ぎながら脱衣所に入ったアーリィに、うさこを頭に乗せたミレイがそう問う。アーリィは彼女の問いに、「ローズが嫌がったらしい」と答えた。
「……どうして?」
「さぁ……ユーリは『恥ずかしいらしい』って言ってたけど……」
ミレイと一緒に首を傾げるアーリィの隣で、アゲハはローズが一緒じゃないことに密かにホッとしていた。
(さすがに私はローズさんとお風呂は恥ずかしいもんなぁ……)
アゲハは過去のローズのことを知っているし、この辺はごく普通の女の子な感性の持ち主なので、アーリィのようにそれを『気にしない』わけでもないのだ。
だからって自分からそれをローズに言うのも何か自分が意識しすぎな気がして、ローズの方から辞退してくれたことはアゲハには有り難いことだった。
そういうわけで心配事が無くなったアゲハは、広いお風呂を前にまたテンションを上げに上げる。
「それにしても広くて綺麗なお風呂屋さんだね~! 入るの楽しみだな~!」
本当に楽しそうにそう笑顔で言いながら、アゲハは服を脱ぎ始める。腰を締める帯を解き、上着を脱ぎながら彼女はアーリィたちに話しかけた。
「そうだ、私アーリィさんの髪とかミレイちゃんの髪洗ってあげますよ! 二人とも長くて、自分じゃ大変でしょ?」
「うん、あげはおねーちゃんにあらってもらう!」
元気よく返事したミレイに、アゲハは嬉しそうに微笑んで「任せて!」と返す。が、アーリィは無反応だ。と言うよりも、アーリィはアゲハの言葉など耳に入っていない様子で、険しい表情でじっとある一点を見つめて硬直していた。
アーリィの異変に気づいたアゲハは、困惑した様子で「どうしたんですか?」とアーリィに聞く。そう聞くアゲハが何故困惑しているかと言うと、アーリィの視線が自分の胸に集中しているからだ。なんだかすごく恥ずかしい気持ちになるアゲハに、そんなのお構い無しに胸を凝視するアーリィはこうアゲハの問いに答えた。
「……やっぱり大きい」
「え?! な、何がです?!」
アーリィの一言に動揺するアゲハは思わず『何がです?!』と発してしまってはいたが、しかしアーリィの視線から彼女が何を指して『大きい』と言ったかは即座に理解できていた。なので反射的に自分の胸を両手で隠した彼女だが、大きい胸に異常な執着心を持つアーリィはその理由を追求するために、彼女にそれを隠す事を許さなかった。
「ミレイ、それにうさこ、アゲハを取り押さえて」
「おっけーですおねーちゃん!」
「きゅいいぃ~!」
「ふえええぇぇ?!」
突然ミレイとうさこに謎命令を下したアーリィと、そしてそれに張り切って返事をしたミレイとうさこ。
彼女たちの行動にアゲハは驚愕して叫び、そんな彼女にミレイとうさこが張り切った様子で迫った。
「かくごー!」
「きゅうぅ!」
「何でー?!」
ミレイとうさこに飛びつかれ、アゲハはあっさりと彼女らに捕獲される。
フライパンを軽くへし曲げる程のミレイの強力に押さえ込まれ、ついでに可愛いうさこに引っ付かれて、アゲハは脱衣所の壁際で身動きが取れなくなった。
「あわああぁ……私が一体何をしたって言うんですか~……」
ミレイたちによって押さえ込まれて怯えるアゲハに、異様なオーラを纏ったアーリィがじわりじわりと迫る。
「アゲハ、ちょっと調べさせてね」
「何をですか! ううん、聞かなくてもなんかわかるけど!」
「じゃあいいね、調べるよ」
「良いとは言ってな……きゃああぁっ!」
胸に撒かれたさらしの上から、アーリィはアゲハの胸を興味深げな様子で掴んで揉み始める。途端にアゲハは恥ずかしそうに悲鳴を上げ、その悲鳴は隣の男湯にまで響いた。
そしてこちらは男湯の脱衣所。
「……なに、今の悲鳴」
長い髪が湯に入らないように結いながら、イリスは隣から聞えた悲鳴の声にそう不可解な顔をしながら呟く。それに対して隣で服を脱いたエルミラが、「さぁ」と首を傾げた。
「アゲハの声っぽかったけどね。……何してんだろ、あっち」
さっさと服を脱ぎ終えて、腰にタオル一枚巻いた姿で一人妙なポーズを取りながらそう言うエルミラに、イリスは「あんたが何してるかの方が気になるんだけど」とツッコミを入れる。
「え? なにって風呂上りの一杯を飲む時のポーズの練習」
「なにそれ」
怪訝な顔をするイリスに、エルミラは「えー? レイリスは知らないの?」と問う。
「こう、腰に手を当てて牛乳を飲むのがお風呂上りのルールなんだよ」
エルミラはそう言うと、「レイチェル、そうだよねー」とレイチェルに同意を求める。だがレイチェルは既に先に浴場に行った後で、ジュラードが「レイチェルはここにいないぞ」と返した。
「あれ、いつの間に……」
「ユーリと一緒にさっさと風呂に向かったじゃないか」
「マジかよ、このオレを差し置いてっ!」
ちなみに男湯にも彼ら以外の人気は無く、エルミラの騒がしさが他人に迷惑をかける心配は無いと判断して、ジュラードたちはあえてそれを注意はせずにいる。
「そう思うならお前もさっさと行けばいいのに」
「そうだね」
ジュラードの言葉に素直に頷いたエルミラは、自分もさっさと温かいお湯に浸かってのんびりしようと考える。だが彼は浴場に向かいかけた足をまた止めた。
「ところでレイリス、なにしてんの?」
「見てわからない? 長いから髪縛ってるの」
エルミラの問いにイリスがそう答えると、エルミラは「大変そうだね」と呟く。
「まぁね。でも一応こうするのがマナーだし、ちゃんと纏めておかないと……」
そう言って作業するイリスをエルミラは興味深そうに眺める。やがてイリスが一本に束ねた髪を丸め、器用に一纏めにして紐で結い始めると、彼は大真面目な顔でこんなことを言った。
「いや、お団子よりポニーテールがいいと思う、オレ。オレは断然ポニー派だな」
「……そういうリクエストはジュラードへどーぞ」
呆れた顔でそうイリスが冷たく返すと、エルミラはジュラードの方を見る。そのまさかの視線に、ジュラードは怯えた様子で「本気か!」と言った。
「ちょっと本気かも。ジュラード、ポニーテールやってみてよ。ポ・ニ・イ! ポ・ニ・イ!」
「止めろ、手拍子しながらリクエストされても困る!」
困惑するジュラードだが、彼も髪は長い。だが彼はイリスのように、長い毛を湯に浸けないような努力をしてはいない。
「ジュラード、その垂れっぱなしの髪はマナー違反だよ! だからポニーにしろ! ポ・ニ・イ! ポ・ニ・イ!」
「お前は俺のポニーテールを見て何が楽しいんだ!」
ごもっともな事を叫ぶジュラードに、エルミラは真顔のまま「何となく見てみたいんだもん」と答える。
「なんかジュラードのポニーテールって、想像するとそれだけで笑えそうな気がして……ぶふっ!」
「もう笑ってるじゃないか! 絶対やだからな!」
「あ、やだ、オレの独り言聞えてた?」
「ばっちり聞えてるっ!」
「ごめん、じゃあ三つ編みでもいいからさ」
「なおさら嫌だっ!」