救済の方法 39
「ユーリさん! ちょっとデリカシーが無いですよ!」
「え?」
珍しく怒った様子のアゲハにユーリが不可解な視線を返すと、アゲハは「ユーリさんは女性のことを理解してないです!」と力強く斜め方向の発言をする。これにはユーリだけじゃなく、イリスも目を丸くした。
「女性が『遠慮する』って言ったらアレしかないじゃないですか! そこは理解してあげないと、ですよ!」
「いや、アゲハ……それはちが……」
アゲハが何をそんなに力強く主張してるか理解したユーリだが、彼は彼女の的外れな発言にどう返事するべきかと悩む。そして悪化していくアゲハの二重三重の勘違いに、イリスの方は即座に「それはもっと違う!」と赤面しながら叫んだ。
「そうじゃなくて、ゲシュってばれるかもしれないから裸になりたくないだけ!」
「あ、そっちですか! すみません、私ってばてっきり!」
今度はアゲハが恥ずかしそうに顔を赤くしながらイリスに謝る。イリスは「いや、いいよ」と彼女に声をかけてから、何か決意したようにアゲハに向き直った。
「って言うかアゲハ、この際はっきり言っておくけどね」
「は、はい……っ」
『いい加減この元気っ娘の勘違いをどうにかしないと……』と思ったイリスは、真剣な表情で彼女を見つめる。そしてこう言った。
「私は正真正銘の男だからね?」
何故か知らないが自分の事を『強くてかっこいい女性』と認識して、そしておそらくは憧れているのであろうアゲハに、イリスはそうはっきりと認識が間違っていることを告げる。だがこれに対するアゲハの反応はと言うと。
「あはは、またその冗談ですか?」
「……うん、大丈夫。そこまではこっちも想定の範囲内だから」
そう、今までも何度か同じように間違いを正そうとイリスは努力してきた。だが毎度アゲハが『冗談』の一言でスルーし、結局決定的な証拠を示すことも出来ずにイリスも彼女の間違いを諦めるしかなかったのだ。
だがもう昔の自分では無いのだ。イリスは今日こそアゲハを納得させようと、ついに彼女に証拠を示そうと動いた。
「アゲハ、ちょっといい?」
「?」
イリスはアゲハの右手を取り、その手を自分の胸に当てる。……さすがに直球過ぎる証拠は相手がアゲハということもあり、イリスも自重したようだった。
「ね? 胸ないでしょ?」
「……は、はい……」
真っ平らな胸板を触り、アゲハはイリスの問いに頷く。アゲハは少し考えるように沈黙し、やがて「えぇ? 本当にそうなんですか?」と、まだ半信半疑といった様子でイリスに聞いた。
「ホントだよ、間違いなく男だから」
「で、でも、胸の小さい女性もいますし……」
「いやいや、胸が小さいと胸板は違うんだって」
「う~ん……」
自分が信じきっていたものをそう簡単に否定することは出来ないようで、アゲハはひどく悩みながらイリスの訴えを聞く。
やがてイリスの訴えはその後五分くらい続き、 そして……
「……いい加減納得してくれたかな?」
「えっと……はい……レイリスさんは男性だったんですね……」
途中ユーリも巻き込んで説得に当たった結果、やっとアゲハはイリスの訴えを受け入れて認識を改めてくれたようだった。
だが理解したアゲハは何故かとても悲しそうな様子となり、いつも元気なアゲハらしくない態度を見せる。
「どうしたの、アゲハ」
アゲハの謎の落ち込みっぷりに、イリスがそう声をかける。するとアゲハは落ち込んだ様子のまま、彼にこんなことを言った。
「だって私、ずっとレイリスさんを目標にしてたから……かっこよくて綺麗で強くて、仕事も家事もこなせる素敵な女性だなって……私も出来る女性として、レイリスさんみたいになりたいなって思ってたから……」
案の定と言うか、理由を聞かずとも何となくわかっていたアゲハの落ち込んでいた理由に、イリスは思わず溜息を吐く。
そしてアゲハの話を聞いて、思わずユーリはこう口を挟んだ。
「え、こいつにそんな憧れる要素があったの? かっこいい女なら、エレスティンも似たようなもんじゃね?」
「勿論エレスティンさんもとても強くて素敵ですよ! でも、違うんです……私がレイリスさんに憧れたのは、ただかっこいいだけじゃなくて……」
アゲハは何か過去を思い出すような眼差しとなり、こんなことを語る。
「昔に私がヴァイゼスで新人だった頃、レイリスさんと一緒に任務に行く機会があったんです。任務の内容はとある組織から盗まれた研究資料と材料の奪還だったんですが、それを盗んだ別の組織のアジトに侵入した時のレイリスさんの活躍する姿が私の中で強く心に焼き付いてます」
アゲハの話に、イリスは『そんなこともあったのかな?』と、あまりよく覚えて無さそうな表情を浮かべる。イリスが思い出そうと考えてる間にも、アゲハの話は続いた。
「あの時のレイリスさんは、故郷のおじいちゃんがいつも私に言っていた『シノビは感情を表に出さず、常に非情でなければならない』って言葉どおりで私は衝撃を受けたんです。無表情に敵を切り裂いて殺し、笑いながら死体を踏み躙り、命乞いする人にも情けをかけずに頭をかち割って躊躇無く命を奪う……戦う時の非情ってまさにこれなんだって、私、あの時ハッとしました。そしてあのときからレイリスさんに強く憧れるようになったんです」
あの時に感じた衝撃を思い出してテンションが上がったのか、嬉々とした表情でそう語るアゲハだが、周囲の過半数は彼女の話にドン引きしていた。特にイリスは彼女の話をやっと思い出したようで、自分の話なのに引きながら「あ、あれは違う……」と青ざめる。
恐ろしい話を笑顔で語るアゲハにも、彼女によって恐ろしい姿を暴露されたイリスにも周囲はドン引きしながら、まだ続くアゲハの話『決意編』に耳を傾けた。
「だから私も将来立派なシノビの長になる為に、レイリスさんを目標にしようってあの時に決めたんです! でも私ってどうしても感情が表にでちゃうから 、レイリスさんのように無表情に人を殺める事は出来なくて……」
そういえば彼女はこう見えて異国の暗殺集団の里出身者だったなぁと、イリスやエルミラはそれを思い出す。そう、こう見えてだ。こんな明るく元気で人助けが趣味みたいな女性なのに……世の中不思議すぎると、彼らは思った。
「ですからまた私、考えたんです! そして思ったんですよ、感情が表に出ちゃっても非情にはなれるって! レイリスさんを見て『笑顔で人を殺めるのも非情だ』って感じたから、私はその路線で頑張っていこうって思ったんです!」
「あ、あぁ……アゲハが戦闘中もやたら元気なのはそういう理由だったのね……」
時々見るアゲハの戦闘時の上げ気味なテンションを思い出し、ドン引きしたままエルミラがそう呟く。イリスも彼女と仕事に行ってた時に、笑顔で血まみれになる彼女に若干引いていたが、まさかその理由と原因が自分だったとは知らずにひどく落ち込んだ。
「あ、なんか話がちょっと横道に逸れちゃった気がしますね……」
一通り話し終えたアゲハは、そう言って恥ずかしそうに笑む。その愛らしい笑顔も、なにやら恐ろしい話を聞き終えた後の今ではぞっとする表情にしか感じられなくなっていた。