救済の方法 36
「それでさ、オレも薬の材料入手のお手伝いしたいなぁって思ってるんだよね」
エルミラがそう言うと、今度はレイチェルが驚いた様子で「エル兄が?」と言う。エルミラは不思議そうな顔で彼を見返しながら、「うん」と頷いた。
「て、手伝うってどうやって? エル兄、逆に皆に迷惑とかかけない?」
「失礼な。迷惑なんてかけないよ」
エルミラの返事に、レイチェルは酷く不安そうな顔をしながら「ホントかな……」と呟く。どうやら本気でエルミラが皆に迷惑をかけるんじゃないかと、彼は心配しているようだった。
「まぁ迷惑はともかく、お手伝いしたいんだけどどぉ?」
「んー……」
エルミラの問いかけに、ローズはネギを食べながら考える様子を見せる。だが彼女が口を開くより先に、マヤがこう口を開いた。
「人手は多いほうがいいから、手伝ってくれるなら大歓迎よ。その代わり徹底的にこき使うけどね」
「うぅ……いや、いいよ。こき使われてもかまわないよ」
マヤの女王様発言に一瞬たじろいだエルミラだが、しかし彼は決意した様子で頷いてみせる。マヤはそんな彼の姿を見て、「ならかまわないわよ」と告げた。
「あーぁ、お前その下僕承諾宣言って、つまりマヤ様に魂売ったってことだぞ。その恐ろしさをわかってんのか?」
酒を飲みながらユーリが不吉な事をエルミラに言うと、エルミラはちょっぴり後悔してそうな顔で「だから覚悟したってば」と返す。そして彼はこう続けた。
「で、手伝いなんだけどね。なんか皆はわざわざエレまで行こうとしてるみたいだけど、そんなことしなくともマナ水を入手できるお手伝いをしようと思ってるわけ」
「どういうことかしら?」
怪訝な表情で、そうマヤが問う。エルミラは昼間にラプラに話した話を、改めて皆へと語った。
「……って言うわけ。どう? こっちのが断然楽な入手方法じゃない?」
エルミラの話を聞き終え、マヤたちは考える様子の表情となる。事前に話を聞いていたジュラードは、正直彼の提案する方法が最善なのかどうかわからないので、それが気になる様子でマヤの方を見つめた。
やがてマヤは考える表情のまま、こう口を開く。
「まぁ、それであんたが本当にマナ水を作れるって言うんならそっちの方が確かに簡単なのかもだけど……」
マヤはどこか厳しい視線をエルミラへ向けて、こう続ける。
「本当にそれ、作れるの?」
物凄い不審の眼差しを向けられ、エルミラはどこか傷ついた顔でマヤに「が、頑張るよ!」と返した。
「それにさ、オレだよ? この天才エルミラさんが『やる』って言ってるんだから、出来るに決まってるかもしれないじゃない」
「自分に自信があるなら、決まってるのかそうでないのかはっきりしなさいよ」
「とにかくアレだよ、オレに作らせてよ。ね?」
妙に張り切るエルミラの様子に、マヤは胡散臭そうな視線を送り続ける。だがローズは「いいんじゃないか?」と、そうマヤに語りかけるように言った。
「エルミラが作ってくれるなら、ウネやラプラの負担は凄く減るんだろ? それなら彼に任せてみたらいいんじゃないかな?」
「でも本当に出来るのかわからないのよ? 大体それ作る準備とかどうなってるのよ? 設備とか人とか、色々準備が必要でしょう?」
ローズの意見に続いてマヤの厳しい指摘の言葉が向けられ、エルミラは皿に乗った熱々煮トマトを崩して冷ましながらこう返事を返した。
「設備と人の当てはあるから心配しないでよ。ラプラにも手伝ってもらう予定だし、多分作るのにそう時間はかからないよ」
「当て?」
不審な眼差しを向けたままマヤが問うと、エルミラは「ほら、フェリードって覚えてる?」と 言った。
「フェリード……あぁ、あんたに迷惑かけられてた幸薄い青年ね」
「ひどいなぁ、そんなに迷惑かけてないよ」
マヤの正しい認識に苦い顔をしつつ、エルミラは「今オレって、彼の所属する研究室で色々お手伝いしてるんだ」と言う。
「それで、当てってのはそこの研究室と人のことかしら?」
「さすがマヤ様は鋭いね。そのとおりでーす」
エルミラの気楽な返事に、今度はマヤが苦い顔となった。
「勝手にその人たちを当てにしていいのかしら……」
マヤの言い分はごもっともで、思わずレイチェルも「エル兄、誰かに迷惑かけるのはダメだよ」と言う。だがエルミラは気楽な態度を変えず、「大丈夫だって」と言った。
「今はこの通り暇をもらってレイチェルたちの様子見に来てるんだけど、戻ればまた彼らのお手伝いをする予定なわけよオレ。で、結構いっぱい協力してるわけだから、あっちもオレに協力してって言われたらノーって言えないでしょ」
何か自信満々な様子でそう言ったエルミラに、マヤはやはり疑わしげな眼差しを向けて「どうかしらね」と呟く。だが彼女は一応は納得したようで、こうも続けた。
「まぁいいわ。あなたが今話したことを実現出来るようならやってみなさいよ。でも途中で『やっぱ無理』とか言って投げだしたら、その時は覚悟しなさい。張り倒すから」
張り倒すどころか軽く拷問にでもかけられそうな予感のする凶悪な顔でのマヤの言葉に、エルミラは怯えた顔色で何度も首を縦に振る。そして彼は「そういう訳だから、オレも皆に協力するってことでよろしく」と言った。
「あぁ、協力してくれるのは本当に有り難い。礼を言うよ、エルミラ」
「俺からも……その、ありがとう」
ローズがエルミラへ礼を言い、続けてジュラードがどこか気恥ずかしそうながらも感謝の言葉を述べる。エルミラはジュラード以上に気恥ずかしそうな様子で、「いいよ礼なんて、オレも半分趣味で協力すんだし」と彼らに返した。
そしてエルミラの話がひと段落すると、箸を使って器用に食事していたアゲハが今度は口を開く。
「だったら私もお手伝いできる事があればしたいです。何か私に出来ること、無いですかね?」
人助けが生きがいみたいな性分の彼女の発言に、ジュラードは驚いたように目を丸くする。なんだかこんなにも多くの人に手伝ってもらうことが、彼には有り難くも信じられないことだった。
「え……アゲハも?」
「うんうん、手伝うよ! なんてったって私は頼れるオトナな女性だからね!」
ジュラードが困惑した様子で聞くと、アゲハは自信満々に胸を張って答える。
ジュラードが自分より年下だからなのか、今回のアゲハはやけに『頼れる大人の女性』にこだわっている。それを意識しすぎている時点でとてもアゲハらしいというか、彼女の目指す”大人の女性像”から離れていくような気がしたが、誰もそれについて彼女に指摘する勇気は(色々な意味で)無かった。