救済の方法 35
イリスもジュラードが持つ食器の数を確認しながらそう呟き、しかし彼は直ぐに「あれ?」と怪訝な表情をする。
「どったの、レイリス」
エルミラが聞くと、イリスは「これじゃまだ一人分足りないよ」と呟いた。そしてその呟きに大して、ユーリがこう反論する。
「は? 足りんだろ。だってラプラはお前に食わせてもらうんだし」
「え……?」
イリスは『何言ってんだこいつ』とでも言うような眼差しでユーリを見返し、ユーリはその視線を無視して「そうだよな、ラプラ」とラプラの方を見遣った。
「えぇ、そのとおりですけど何か?」
「ちょっと待って、あれは冗談でしょ?」
さっきヤケクソな心境でラプラの要求に頷いたイリスだったが、ジュラードに励まされて立ち直った今は「私はそんなの絶対嫌だから!」と、まともな判断でラプラの要求を断る。
そしてイリスにさっきと違う事を言われたラプラは、途端にこの世の終わりみたいな悲しそうな顔となった。
「そんな、イリス……っ! あーんって食べさせてくれるって約束したじゃないですか! そして食後は膝枕で耳掻きしてくれるって!」
「いやいや、後半は何のことか本気でわからないんだけど」
約束と妄想が混じったラプラの発言にイリスが真顔でツッコむと、ユーリも「じゃあやっぱり前半部分は了解したこと覚えてるんだな」と言う。
「それは……」
「覚えてんなら食わせてやれよな。男に二言はねぇだろ」
ニヤニヤと意地悪い笑みと共にそう発言するユーリに、イリスは怖い顔で睨み返しながら「てめぇが嫁とやってろ」と言い返した。
「ふざけんな、二人きりならまだしもこんな大人数のとこでそんな羞恥プレイ、まともな精神の持ち主の俺が出来るか! 羞恥心捨ててるお前とは違うんだよ!」
「私だって羞恥心捨ててないっつの! 大体まともな奴は他人の家でセッ……もがっ……!」
「おおおぉお前馬鹿、それは言うな!」
イリスのとんでもない暴露話を、ユーリは彼の口を物理的に塞ぐ強硬手段で間一髪防ぐ。そしてユーリは「もういい、羞恥プレイが嫌ならお前はおたまで食ってろ!」とイリスに叫んだ。
そんなふうに男たちが騒いでいると、工房を片付け終えたローズたちが「何か賑やかだな」と言いながら彼らの元にやって来た。
「あら、意外にも美味しそうな匂いね」
用意された鍋から漂う良い香りを嗅ぎ、マヤがそう微笑みながら言う。アゲハも自分のお腹に手を当てて、「ですよね! ますますお腹空いちゃいます!」と頷いた。
そして彼女たちの言葉に、主に料理をメインで取り仕切ったイリスが自信有りげにこう発言する。
「そりゃジュラードにも手伝ってもらったけど、主に私が作ったんだからね。ちなみに今日は人が多いから二種類のお鍋を用意してあるよ。ボーダ大陸南部風に東方風の味付けの二種類ね。アゲハとかローズには東方の味付けがいいかなって思ってそうしたけど、でも皆で好きな方食べてよ。ウネやラプラにも合う味付けだといいんだけど……」
イリスの言うとおり、鍋は二種類用意されている。
ジュラードやユーリなど大多数の者に馴染みのあるスパイスなどの調味料でスープを味付けし、そのスープで魚介類や肉を煮込んだ鍋料理が湯気を立たせる。もう一方はローズやアゲハにはよく知った味の、魚や昆布などの独特の出汁で野菜や肉を煮込んだ東方風味付けの鍋だ。
ちなみに肉や魚を食べれないうさこ用には、ちゃんと切り分けられた果物も皿に盛り付けられて用意されていた。
「すごいな、ちゃんと私の故郷の味付けの匂いがする。本当に料理が上手いんだな」
東方風の鍋を見ながらローズがそう言うと、イリスは少し照れた様子で「ありがと」と言った。
「ま、普段も孤児院で料理作ってるしね。ユーリが作ったらせっかくの食材も残飯一歩手前だろうけど、私はちゃんと美味しい料理に変えてみせるよ」
「誰が残飯だ。俺だって料理くらい、今はそれなりに……た、たまご割れるんだぜ? 片手で。どうだ、天才だろ」
「自慢がそれだけって悲しいわね」
ユーリの悲しい自慢にマヤが冷めた眼差しでツッコミを入れ、彼女は「まぁいいわ、早く食べましょ」と皆に言った。
「ところでさー、今ローズたちって”禍憑き”ってビョーキを治す為に動いてるんでしょ?」
やたら人口密度が高い中での食事が始まり、皆それぞれに鍋を囲んでそれに舌鼓を打つ。
エルミラは自分の皿に取り分けられた熱々のにんじんを、ミレイとの話に夢中になってるレイチェルの皿に移しながら、ローズに語りかけるようにそう口を開いた。
「あぁ、そうだ」
「って言うかエル兄、にんじん僕に押し付けるのやめてよ!」
ローズが返事をし、直後にエルミラの小細工に気づいたレイチェルがエルミラに文句を言う。エルミラは「いいじゃん、食べてよ」と、懲りずにレイチェルに残りのにんじんを押し付けた。
「オレ生のにんじんは好きだけど、熱いのはちょっと嫌なんだよねー。なんか食感が変わるのが嫌って言うかさ」
「どうでもいいよ。子どもみたいな好き嫌いしないで食べなよね、せっかくレイリスさんとジュラードが作ったんだから」
レイチェルは「そんなことだから背が伸びないんだよ」と地味にダメージ与えることを言いながら、エルミラににんじんを返す。エルミラはふて腐れたように「別にオレは身長にこだわりないからいいもん」と呟いた。
「全く……にんじんくらい食べてくれてもいいのに。……あ、そうそう、それで”禍憑き”のことね」
嫌々にんじんを口に入れながら、エルミラは「皆でそれを治す薬を作ろうとしてるんでしょ?」とローズに聞く。ローズは「あぁ」と頷いた。
「ただ薬を作るのに必要な材料が、なかなか集めるのが困難でな……」
「あぁ、だって必要なものの一つがアトラメノクのマナ水なんでしょ?」
「そうだ、よく知ってるな」
エルミラの言葉に、ローズは驚いたように目を丸くしながら頷く。エルミラは「ラプラたちからちょっとだけ話聞いたんだ」と、彼女に返事をした。