救済の方法 34
エルミラはびしっとジュラードを指差し、困惑する彼に「そう!」と力強く言う。ジュラードはわけがわからず、「なんでだよ……」と力なく呟いた。
「何でって、レイリスはジュラードに幻滅されたこと気にしてるんだから! レイリスにも多分おそらくきっと事情があったんだよ! それを知らないで非難したジュラードが悪い!」
自分も全力で非難、というかドン引きしておきながら、エルミラはそんなことをジュラードに言う。だがジュラードに『お前が言うな』とエルミラにツッコめる勇気は無かった為に、彼一人が責められる状況は続いた。
「げ、幻滅って……別に俺はそこまで深刻な意味で言ったわけじゃ……」
「いいや、本人にその気がなくとも受け取る側が重く受け止めちゃったらその発言は問題ありだよ! 意外とレイリスはデリケートな生き物だったんだから、ちゃんと君がフォローしてあげて!」
「なんだよそれ……」
「きゅううぅっ」
「う、うさこまで……」
うさこにまで責められた気がして、ジュラードは完全に困り果てる。
そしてジュラードがふと視線を感じてその視線を感じる方へと目を向けると、虚ろに笑いながら黙々と洗い物をしていたイリスが、今は何か救いを求めるかのような眼差しでじっとこちらを見ていた。
「うっ……」
なんだか自分が悪役にでもなったかのようなイリスの悲しい眼差しを受けて、ジュラードは何かを諦めたような溜息を吐く。そして彼は数秒深く悩み、やがてこう口を開いた。
「あの、先生……なんかごめんなさい……」
とりあえず謝ってみると、イリスは弱々しく微笑んでこうジュラードに返す。
「そんな、ジュラードが謝る事じゃないよ。私はジュラードに非難されて当然の最底辺のクズなんだから」
「先生、本当にごめんなさい! 俺が全面的に悪かったから自虐は止めてくれ!」
こっちの心にまで突き刺さるひどいイリスの自虐的台詞に、ジュラードは思わず全力で謝った。
「それに俺は、本当にそんな強く責める意味でそういうこと言ったわけじゃないし……」
本当にジュラードにとってあの発言はそこまで重い意味はなかったつもりだった。予想外にイリスがショックを受けてしまっただけなのだ。
だがイリスの中で入ってしまった強烈な自虐スイッチは、そう簡単にはオフにはならない。
「でも……よくよく考えたら、私なんてやっぱりジュラードたちの保護者を名乗る資格無いんじゃないかって思うんだよね……」
「そ、そんなことないです! 本当に、先生はよくやってくれてるし……」
「そうかな……だって私なんてユエに比べたら……ううん、比べるのもおこがましいよね。私なんて何の才能も無い無能なクズだし」
「せ、先生……っ! あぁもう、俺にももうどうしようも出来ないってっ!」
何か心に深い闇でも抱えてるんじゃないかと心配してしまうイリスの様子に、ついにジュラードもお手上げといった顔でエルミラに助けを求める。だがエルミラは既にジュラードに全てを丸投げして逃げた後で、彼の姿を捜すとレイチェルと共に居間の掃除に励んでいるフリをしていた。
「え、エルミラ、あいつ逃げたな……っ!」
エルミラの逃走でますます自分がどうにかしないといけないと悟ったジュラードは、仕方なくもう一度イリスと向き合う。そして彼は俯きながらどんよりと重いオーラを纏うイリスに、こう声をかけた。
「先生は無能でもクズでもないです。だってユエ先生と一緒に俺やリリンや、他のみんなの為に一生懸命親代わりになって頑張ってくれてるじゃないですか」
真剣な表情でそう告げるジュラードに、イリスは顔を上げる。ジュラードは彼を見つめたまま、言葉を続けた。
「俺、いつもそう言うこと言えなかったけど……でも感謝してるんです、先生たちに……それに尊敬だってしてる。先生たちの頑張ってる姿見て、そう思うんです。だから……その……そういうこと言うの止めてください。無能だとかって言われると、尊敬してるのになんか……それこそショックだし……」
自分は口下手で、思ってる事をなかなか口に出せなくて、だからいつも黙って想いは胸に仕舞いこみがちだった。
だから今回も上手な言葉では想いは伝えられなかったけど、でも伝えること自体が成長の証でもあると思える。ううん、今は胸を張って『成長した』と言える気がした。
「だからそんなふうに落ち込まないで下さい、先生」
「ジュラード……」
「それに俺、先生たちのこと……今はその……ほ、ホントの両親みたいなふうにも思ってるし……」
ジュラードのその言葉に、イリスの表情が驚きに変わる。目を丸くした彼に、ジュラードは少しの気恥ずかしさを感じつつも告げた。
「あの、ほら、ユエ先生ってお父さんみたいで……色々逞しいし」
「……って事は、私がお母さん、かな?」
「あっ! それは……いえ、はい……そうなりますよね……」
「……そう」
イリスはしばらく難しい顔で考えるように沈黙してから、今度は何か吹っ切れた様子の笑顔をジュラードに向ける。その笑顔を見て、ジュラードは『あぁ、そうだ』と思った。
「まぁ、お母さんでもいいや。ジュラードたちにちゃんと認められてたんだね、私。だったら……うん、それでいいよ」
孤児院で働くようになって、どんな時でも彼はこの笑顔で自分たちに接してくれていたと、そうジュラードは思い出す。
「うん……ありがとう、ジュラード。私、もっと頑張るよ。もっとちゃんと……ジュラードたちのこと、ユエと一緒に守っていけるように」
「……はい」
ユエが『彼には笑顔が似合う』と、よくそんな言葉を漏らしていた。そしてジュラードもそのとおりだと、今改めて彼はそう思った。
「あ、レイリス、よかった、元気になった? 心の病は治ったの?」
ジュラードに全てを丸投げして逃げたエルミラが、イリスが元気になったのを確認してか二人の元へと戻ってくる。
自分に頼むだけ頼んで逃げたエルミラをジュラードが何か言いたそうな眼差しで睨むと、エルミラは苦笑しながら「そんな怖い顔でオレんとこ見ないでよー」と言った。
「だってお前、逃げた……」
「違う違う、逃げたんじゃないって。オレにはオレに出来る事をって、レイチェルとミレイと一緒に部屋の片付けを進めてただけだって」
恨めしそうな様子のジュラードにそうエルミラが言い訳をすると、ユーリが箱を抱えて部屋に戻ってくる。どうやら無事お隣さんから食器を借りれたようで、彼は満足そうな様子で食器の入った箱を持ってジュラードたちの方へ近づいてきた。
「ほい、食器借りてきたぜー」
「本当に借りれたんだな」
ユーリから食器入りの箱を手渡されながら、ジュラードが驚いたようにそう呟く。ユーリは「言ったろ、いい人だって」と彼に返した。
「隣ってじーさんばーさんなんだけど、よくアーリィにお菓子くれるしなんかレイチェルやミレイのことを『孫みたい』って気に入ってくれてるし、他にも色々助けてくれんだよな。マジいい人」
「そうなのか……」
返事をしながらジュラードは箱を開けて、食器を確認する。中にはごく普通の椀と、それと東方の大陸でよく使用される二本の細い棒状の食事用の道具が入っていた。
「これでみんなの分、食器あるかな……」