救済の方法 33
「でもこんなたくさんの人と一緒にお泊りって、なんかちょっとわくわくしちゃいます!」
「はは……あなたらしい感想ね」
ややお気楽なアゲハの発言にマヤは苦笑し、彼女は「とりあえずは魔法薬を作れるだけ作っちゃいましょう」と言う。
「寝るとこの心配は夜にでも考えればいいわよ。それか案外他の人が考えておいてくれてるかもしれないし」
「むぅ……だといいけど……」
若干不安な顔をするローズに、マヤは「なんにせよ、何とかなるわよ」と頼もしい言葉を向ける。根拠の無いその彼女の言葉だが、それで結構今までもなんとかなっていたので、ローズも結局は「そうだな」と頷いた。
すっかり日が暮れた店じまいの時間になり、延々魔法薬の生成をし続けていたアーリィたちもやっと作業を終えることになる。
アーリィとローズ、マヤ、それにウネが素材をあるだけ使ってストックを溜めた魔法薬は大量になり、アーリィは在庫入れ用の箱に入ったそれらを満足そうに眺めて一息ついた。
「これだけあればまたしばらくは大丈夫だよね」
そう満足そうな表情のまま言うアーリィに、傍に立っていたローズは「そうだな」と言葉を返す。そこにアゲハがやって来て、「皆さん、ご飯できましたよ!」とローズたちに声をかけた。
「あ、そうか。わかった、片付けしたらそっちに行くよ」
アゲハの呼びかけに、ローズがそう返事を返す。
ユーリやレイチェルたちが店の方で忙しく動き、アーリィやローズたちがこの工房でひたすら魔法薬を生成していた一方で、暇だったジュラードやイリスがご飯の準備をしてくれたらしい。
「今日は人がいっぱいだから、みんなで楽しく食べれるようにお鍋用意したそうですよー」
アゲハがそう嬉々とした笑顔で言うと、魔法薬作りですっかり疲労していたローズは急に空腹を自覚してお腹に手を当てた。
「お鍋か……私もすごくお腹減ったし、早く後片付けをして食べに行こう」
「あ、じゃあ私も片付け手伝います!」
アゲハがそう手を上げながら言い、ローズは「ありがとう」と彼女に返す。そうしてローズたちは手早く後片付けを始めた。
その頃夕食を作り終えたジュラードたちは、それを食事に出す準備を行っていた。
「どうしよう……皿が足りない……」
「フォークも無いよ? 誰か熱々の鍋を手づかみで食べるチャレンジャーが必要になるね、これ」
ジュラードとエルミラがそれぞれに食器を用意しながら、そんな不安になることを口にする。
だが実際問題、今この場で食事をする必要のある存在の人数はマヤやうさこ、ミレイを除いても十人にもなってしまうのだ。残念ながらユーリたちの家に、そこまで余分な食器は用意されていない。
「さぁ誰が手づかみで食べるかを決めるじゃんけんをしよう! チャレンジャーという名の生贄を決めるぞ!」
エルミラが張り切って嫌なことを言うと、レイチェルが「馬鹿なこと言わないでよ」と冷静にツッコむ。ミレイも一緒になって、「ばか赤毛」とエルミラに言った。
「ひでぇ……ミレイまで酷いよ……お兄ちゃんいい加減泣いちゃうよ?」
「泣く暇あったら足りない食器どうするか考えてよね」
「かんがえろ、赤毛」
厳しいレイチェルとミレイの発言を受け、エルミラは悲しそうに肩を落としながら「ホントに泣いてやる~」と呟く。が、レイチェルたちは無視した。
「食器足りねぇ? なら隣から借りるか」
エルミラたちの話を聞いていたユーリは、食事スペース確保の為に部屋の整理していた手を止めてそう言う。ジュラードが「出来るのか?」と聞くと、ユーリは笑って「さぁな」と返事した。
「でもま、いい人だし頼めばもしかしたら…… 」
「あぁ、でしたら私の分の食器は結構です」
ユーリが上着を着て隣の家に行く準備をすると、ラプラが唐突にそんな妙なことを言う。ユーリが怪訝な顔をすると、ラプラは彼にこう言った。
「私はイリスに『あーん』って食べさせていただけたら十分ですので」
ラプラはそう答えながら、期待に満ち溢れた表情でイリスの方を見る。ユーリは洗い物をしているイリスの背中に、「おいイリス、お前はそれでいいのか?」と一応聞いた。
するとイリスは背中を向けたまま、覇気の無い声で「いいよ」と返事をする。
「いいのかよっ?!」
まさかの返事にユーリが驚き、そしてラプラが歓喜に満ち溢れた笑顔となる。不思議に思ったエルミラがこっそり洗い物を続けるイリスの表情を窺うと、その目は死んだ魚のような虚ろな目で、その表情も生気が無いものだった。
心ここにあらずというか、完全に『どうにでもなれ』な状況になっているイリスを確認し、エルミラは彼に恐る恐る声をかける。
「レイリス、ジュラードに言われたことまだ気にしてんの? あの、『幻滅した』っての」
「……別に」
黙々と調理道具を洗い続けるイリスは、虚ろな眼差しのまま抑揚無い声でエルミラにそう返事をする。エルミラは『これは相当ダメージ大きかったんだな』と、軽くヤバイ状態のイリスを見て思った。
このままこの状態のイリスを放置しとくとどうなるのか不安になったエルミラは、仕方なく彼を励ましてみることにする。
「ま、まぁレイリス、そんなに気にすることないじゃん」
「……何が?」
「いや、だから……あの、ジュラードは純粋なだけだって。あいつも大人になったらさ、色々わかるよ。男女の関係には色々あるんだってことがさ」
「男女? 男女どころか男とも散々ヤった最底辺の中古品だけど? それをジュラードが大人になったら理解してくれるのかな? ねぇ、それ本気で思ってる? むしろ理解された方が不安なんだけど」
「……ごめんレイリス、やっぱオレにはフォロー無理!」
色々と重すぎるイリスの発言内容に、エルミラは即フォローを諦める。何より虚ろな目のまま半笑いで呟くイリスが怖すぎて、気合で励ませられるような状況じゃなかった。
「大体人殺しどころかヤりまくりの中古品で嘘つきで最低な私のことを、聖母みたいに優しいユエが好きになってくれるはずもないよね。そもそもつりあわないじゃん? ふふ、あははっ……何夢見てたんだろ、私、ばっかみたい。私みたいな役立たずでゴミ以下な最底辺のクズが、彼女みたいな立派な人に恋愛感情を抱くこと自体が間違ってたんだよね……ふふふっ」
「うわあぁレイリスが本気で病み始めてる! 怖いっ! 笑い声がめちゃめちゃ怖いよ! 何なのこの人、リーリエみたいになってる!」
「れ、レイリスさん……確かに怖い……」
虚ろな笑い声を発しながら調理器具を洗い続けるイリスが本気で怖くて、エルミラは泣きそうな顔をしながら彼から離れる。昔のリーリエとよく似たネガティブ病を発病したイリスの姿はそれだけで近寄りがたく、レイチェルも怯えた表情で声をかけられずに傍で立ち尽くしていた。
そしてそんなイリスを放っておいてユーリはさっさと食器を貸してもらいに向かい、ラプラは「私はイリスがなんであろうと愛しますよ!」と宣言する。このカオスな状況に、エルミラは解決策を求めてジュラードの方を見た。
「大体レイリスがこんなんなっちゃったのはジュラードに責任がある!」
「えぇ?! 俺?」