救済の方法 32
特にジュラードに『ショックだ』と言われたことはダメージが大きいようで、彼もまた物凄いショックを受けた様子で声を震わせた。
「ちがっ……ジュラード、これは誤解なんだって……あのね、私は……」
「先生はユエ先生のこと一筋なんだって思ってたけど、本当はそうじゃなかったんだな……なんか幻滅した……」
悪気は一切無いジュラードのトドメの一言で、イリスはそれ以上の言葉を失う。彼は蒼白な顔色となり、その場で静かに肩を落とし俯いた。
「あれ、レイリスもしかして泣いてる?」
「うるさい、もう私の事はほっといて」
エルミラが声をかけると、イリスはキレ気味に小さな声でそう返事を返す。
彼が泣いているのかは俯いているのでわからなかったが、しばらくは彼も立ち直れそうも無いなとはエルミラは理解した。
「あ、それでですね、私の方の紹介がまだですよね!」
アゲハはそう明るい声で言いながら、ジュラードとラプラに向き直る。彼女は二人と、それとうさこに向けて自己紹介を行った。
「私はアゲハです! アゲハ・ユズキって言います。エルミラさんやレイリスさんとは以前一緒に働いてたことがあって、ローズさんたちとも知り合いなんです」
アゲハはそう自分を紹介すると、二人に向けて「よろしくお願いしますね」と笑顔と共に言葉を向ける。ラプラがそれに笑みながら「えぇ」と頷き、ジュラードも彼に習って首を立てに振った。
「ところでジュラードさんはまだ未成年だって、今レイリスさんが言ってたよね?」
「え? あ、あぁ……そうです」
アゲハの問いにジュラードが戸惑いながら返事をすると、アゲハは何かまた嬉しそうな様子で「じゃあ私の方がお姉さんってことだね!」と言った。
「あ、そうなのか……」
「うん、これでも立派なオトナの女性なんだよ! だからジュラードさ……ジュラード君、私をオトナな女性としてドンドン頼っていいからね!」
胸を張りながらそう宣言するアゲハに、やはりジュラードはどう反応したらいいのかわからない様子で曖昧に「あ、あぁ……」と頷く。しかし悪い人では全く無さそうだと、ジュラードはアゲハを見ながらそう思った。
「そうそうアゲハ、ローズたちも今ここにいるんだよー」
エルミラがそうアゲハに話しかけると、アゲハは「あ、さっきそうユーリさんにも聞きましたよ」と頷く。
「なんかたくさんの人が集まってきてるんですねぇ」
「うん。それにウネもいるし」
「えぇ、ウネさん?!」
エルミラの言葉に、アゲハは何度目かの驚きを示す。エルミラは「そう」と頷き、こう彼女に説明を続けた。
「今はローズたちと一緒に工房でアーリィを手伝ってるみたいだよ。そっち行けば会えると思うよ」
「そうなんですかぁ? あ、じゃあ私、そっちにもお邪魔してきちゃいます! まだローズさんたちにも挨拶してないし!」
「うん、いってら~」
宣言と同時に立ち上がったアゲハに、エルミラは軽く手を振って見送る姿勢を取る。
ジュラードは『なんか落ち着かない人だな……』と、”思い立ったら即行動”のアゲハの姿を見て思った。
アーリィたちが魔法薬を作っている工房に、エルミラから話を聞いたアゲハがやって来る。
「あー、ホントだ、ローズさんたちがいるー!」
そんな歓声を上げながら工房にやって来たアゲハに、ローズたちは一旦作業の手を止めて彼女を見た。
「あ、アゲハ」
アーリィがそうアゲハに声をかけると、アゲハは笑顔で「ただいまです!」と返事をする。アーリィは彼女に笑みを向け、「うん、おかえり」と言った。
「久しぶりだな、アゲハ」
「はいー! ですよねー!」
ローズもアゲハに声をかけ、彼女はそちらにも笑みを向けて元気に挨拶をした。
ユーリたち同様にローズやマヤも基本的に元・ヴァイゼスの人たちとは和解しているので、アゲハにも笑顔で再会を喜ぶ姿勢を見せる。
「ホント、いつ顔を合わせてもあなたって元気そうよねー」
ローズの胸に挟まっているマヤがそうアゲハに声をかけると、アゲハは苦笑しながら「よく言われます」と答えた。
そしてアゲハは工房の奥の倉庫から瓶を抱えて持ってきたウネの姿を見ると、また元気な笑顔と共に彼女に挨拶をした。
「ウネさん! どうもです!」
「アゲハ……こんにちは」
ウネも笑顔で彼女に言葉を返し、そちらへと近づく。アゲハも嬉しそうに彼女の方へ足を向けた。
「なんか急にこんなにたくさん懐かしい人と顔を合わせられて驚きです!」
「そうね……確かにそうかも」
アゲハの言葉にウネが頷き、ローズたちもそれを思って笑う。
この再会はおそらくは、”禍憑き”という病を治す為に行動するジュラードに自分が出会ったことから始まったのだろうとローズは思った。ただ正直彼女も、こんなにもたくさんの懐かしい人たちに会うことになるとは微塵も考えていなかったが。
かつては敵対していたものたちが、今はこうして顔を合わせて笑顔でいることに改めて不思議さを感じる。そして協力し合っていることにも。
ジュラードがそれを導いてくれたのかもしれないと、ふとローズはそんなことを思った。
「でも、ホントにたくさんいるよね……家ってそんなに広くないから、今日はどうしよう……」
アーリィがそうポツリと呟き、ローズが「何がだ?」と彼女に問う。アーリィは「こんなに大人数で寝る場所とかご飯とかどうするのかなって思って……」と、ローズの問いに答えた。
「あぁ……それは確かにそうだよな」
「孤児院に戻るのも、色んな意味で面倒だから戻れないしね」
アーリィの言葉にローズが頷き、マヤも『確かに』といった顔で呟く。
孤児院にはウネの転送術で戻れるが、もう既にラプラが魔除けの術を施し済みなので、それをまた一旦解除しなくてはローズやジュラードは孤児院の中には入れないだろう。それに、そもそもそう連続で転送術を使うのはウネにとって負担が大きい。
そうなると今日は夜まで魔法薬生成を行うとなると、必然的にこの家に大人数が寝泊りするということになる。
「お店は無理だけど、工房だったら何人か寝れるスペース作れるかな……」
工房内を見渡しながらそうアーリィが呟き、それを聞いたウネは「私ならどこでも寝れるからかまわない」と手を上げて言った。
「えぇ? いいわよウネ、そういうのはユーリとかエルミラとかラプラとか、どうでもいい男共に押し付けておけばいいのよ。あいつらこそ、どこでも寝れる程度に図太い神経の持ちだろうし。わざわざあなたがそんな役回り引き受けなくても大丈夫よ」
相変わらず男にやや厳しいマヤの発言にローズは苦笑しつつ、「そういうのはやっぱり皆で話し合って決めないと」と言う。マヤは「勿論それはわかってるわよ」と、本当にわかってるのか不明な意地悪い笑みで返事をした。