禍の病 3
「ちょ、ちょっと待てお前たち! ジュラードは何も悪くないだろう! 彼に何かするのは止めろ!」
さっきはジュラードに助けを求めたローズだったが、彼が洒落にならないピンチになったと気づくと、彼を暴走する二人から庇う。二人の暴走の元凶がそもそもあんただと思いつつも、ジュラードはローズの行動に感謝した。
「また! まただわ! どうしてローズはそいつを庇うのよー! むかつくぅ!」
『……ローズ、まさかお前はその男に惚れているのか? マヤがいながら、お前は浮気など……なんて事だ』
「だーから、なんで毎度話の方向性がそっちにいくんだよ! いい加減にしてくれないか!」
温厚なローズもさすがにループする話題にキレたのか、さっきまでの涙目が嘘のような怖い顔でマヤと謎の女性を睨む。そのローズのブチ切れ五秒前な様子に、マヤたちはやっと大人しくなった。
「だってローズ、アタシローズのことが心配なんだもん……ごめんなさいって謝るから、そんな怖い顔しないで~」
『私もお前が行きずりで男と寝るような子に育ってしまったら、ジェンドやアヤに顔向け出来ぬから不安で……だからそう怒るな』
「……二人とも心配してくれるのは有難いんだが、少しは私を信用してくれないか? あと、行きずりでそんなことするような人間になったつもりもなるつもりも無いからな!」
ローズが怖い顔のままそう強く言うと、今度はマヤたちが反省したように萎縮する。そうして二人が完全に大人しくなったことを確認し、ローズはジュラードに向き直った。
「すまん、ジュラード……なんだかまた、色々迷惑かけてしまって……二人とも悪気があるわけじゃないんだ。それはわかってくれ」
「……いや、それより”それ”の説明をして欲しいんだが」
「え? ……あ、あぁ、そうだな」
ジュラードが”それ”をさして謎女性に視線を向ける。ローズは「彼女はハルファスだ」と、まず名前を彼に教えた。
「さっきは彼女の事は説明し忘れていたけど、彼女は私を守ってくれる頼もしい存在なんだ」
「それも魔法の何かなのか?」
どう見ても普通の存在じゃないことは一目でわかるハルファスをじっと眺めながら、ジュラードはローズへと問う。ローズは「まぁな」と苦笑しながら頷いた。
「ハルファス、彼は妹さんの病気を治す為に旅してる人で、名をジュラードと言う。彼の妹さんの病気を治す為に、しばらく私たちも彼に協力することにしたんだ。家族想いのいい人だから、全然危険じゃないぞ」
ローズがそうハルファスにも説明をすると、ハルファスはしばらく無言でジュラードを見つめた後に『そういう事情だったのか』と納得したように呟く。
『極力ローズの負担にならぬよう、戦闘時と長距離の移動以外では私はなるべく力を使わぬようにしているのだ。その為に外の情報は危険かそうで無いかの判断くらいしか出来ず、事情の把握が正しく出来ていなかったのだ。すまないな、ジュラードよ』
先ほどまでとはうって変わって礼儀正しく頭を下げて謝罪するハルファスにジュラードは戸惑う。彼は「あ、あぁ」と曖昧に返事をした。
「ぐぬぬ……お姉さまがこんなあっさりと納得させられるなんて……やっぱりアタシが最後の砦として頑張るしかないってわけね。いいわ、たとえ一人でもいざとなれば息の根を止めることなんざ簡単なんだからっ」
まだマヤは何かジュラードにとって不吉なことを言っていたが、取り合えずは味方の方が多い状況ということで気にしないことにする。
ハルファスも一先ずはジュラードとローズを信用する事にして、彼女は次に真剣な表情で別の話題をローズに振った。
『ところでローズ、お前はまだしばらくは無茶な行動を取るんじゃないぞ。お前の魔力の回復には、最低でもあと十日はかかるだろう』
「十日は長いなぁ……仕方ないか。わかった」
ハルファスの真面目な忠告に、ローズは素直に頷く。どうもまだローズは本調子ではないらしい。どうやら自分が今回はその原因となってしまったらしいので、ジュラードはちょっと申し訳無さそうに二人のやり取りを見つめた。
『大きな傷を治したり、私の力で全力で戦ったりは控えることだ。マヤも魔法はしばらく使わん方がローズのためだろう』
「了解ですわ、お姉さま。魔法はこの男を最後に始末する時の為にとっておきまーす」
平然と物騒な予告をするマヤに怯えつつ、ジュラードはちょっとだけ気になった事を勇気を出して聞いてみることにする。
「その……魔力というのは、そんなに回復に時間がかかるものなのか?」
ジュラードが問うと、その質問にはローズが答える。
「そうだな……それには個人差があるらしい。私の場合は回復速度は遅い方なんだとか。だから常に力を使いすぎないように気をつけてはいるんだけどな。どうも時々それを忘れてしまって」
「……忘れるといきなり倒れるのか」
「あはは……」
笑い事じゃない返事をするローズに、ジュラードは「大変なんだな」と言葉を呟く。
自分の生まれた遥か昔に途絶えた”魔法”と言う力は、それを知らない自分には万能の奇跡に思えるような凄い力に見える。しかしローズの返事は、やはりパンドラ同様に万能なんて存在しないのだと改めてジュラードに認識させた。
『さて、私はもうそろそろお前の中に戻るぞローズ』
一通り説教し終えたのでハルファスがそうローズに声をかける。ローズは笑顔で「わかった」と彼女に返事をし、そしてハルファスも以前消えたマヤ同様に光の粒となってローズの中に吸い込まれるようにして消えた。
「……ふぅ。それじゃあジュラード、今日は体洗ってさっさと休もう。明日は知り合いのいるアゼスティのアル・アジフへ、朝早くに出発する予定だし」
「あ、あぁ……」
どうやら本当に自分は、彼女と一晩同じ部屋で過ごすようだ。ジュラードはそろそろ覚悟を決めないといけないなと思いながら、能天気な笑みを見せるローズの言葉に頷いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……一緒に行かないとか言って、結局エル兄もついて来てるよね。どういうこと?」
朝早くから村を出て、ユーリたちが店を構えるボーダ大陸西の国・アゼスティへ向かう為に馬車で山を一つ越えて、列車の駅があるオークロットという町にやって来たレイチェル、ミレイ、アゲハ、そして何故かついでにエルミラの四人。
「今更何よ、レイチェル。だから、今朝も言ったけど気が変わったの。オレも久々にあの二人に会いたくなったから、やっぱり店までついてくよー。その後は本当にしばらくお別れだけどね」
アゼスティに向かうには何回か列車を乗り換えて向かわなくてはいけない。今彼らはボーダ大陸を横断する鉄道列車に乗る為に、駅で後数分程で到着する予定の列車を待っていた。
「ま、エル兄の気まぐれは今に始まった事じゃないから別にいいけどね……」
「あはは、だろー?」
「笑い事じゃないでしょ」
駅の構内のベンチに並んで腰掛ながら、二人はそんな会話で時間を潰す。レイチェルの右隣ではアゲハが暇潰しにとミレイに、正方形の紙さえあれば手軽に出来る”折り紙”という東方の遊びを教えていた。
「で、ここをこうやって折ると……ほら、鶴の完成!」
「おぉすごい……でもつるってなに?」
アゲハが今折って見せた青い折り鶴を高く掲げて見せると、ミレイは驚きながらもちょっとよくわからなそうに首を傾げる。アゲハは「あれ、ミレイちゃんは鶴知らなかったかー」と、困った笑顔で呟いた。
「鳥なんだけど……えっと、首が長い生き物で……それで羽が生えてて白くて……」
「くびがながい……」
アゲハの説明で、ミレイは以前レイチェルに連れて行ってもらった動物園で見た首の長い動物を思い出す。その首の長いキリンという動物が白くなって羽が生えたような生き物を、ミレイはアゲハの説明から想像した。