救済の方法 22
「……お前、今も常にこーいうもの持ち歩いてるわけ?」
「……」
何故か一瞬ひどく動揺したイリスは、即座に平常を取り繕ってユーリへ堂々とこう返事をした。
「消臭液を持ってて何かおかしいかな?! 別に用途は色々なんだから、持ってても全然、全く、これっぽっちもおかしくないよね?!」
「それはそうだけど、そう開き直られると逆に怪しいと言うか……大体お前が香水つけるようになった理由って、確か自分に付くあの匂い隠しの為だったよな? なのに今も香水つけてるし、それって……」
疑わしげな視線を向けてくるユーリに、今度はイリスの方が慌てながら「誤解だよ! 今は怪しいことしてないからっ!」と全力で否定する。
なんだか話が理解できなくてぽかんとしていたアーリィは、ユーリに「どういうこと?」と聞いた。
「つまりアーリィはあの人に一人で近づいちゃだめってことだよー。あのオニーサン、歩く猥褻物だからー」
「黙れ、猥褻物はそっちだろ! つかごちゃごちゃ言うならそれ返せ!」
消臭を始めるユーリとブチ切れながら文句を言うイリスの姿を見て、アーリィはやっぱりわけがわからず一人首を傾げた。
夕方近くになり、図書館に出かけていたジュラードたちも戻ってくる。そしてフェイリスも同じ時刻に家に帰宅し、直ぐに皆での夕食となった。
図書館の帰りに買出しした食材でローズが料理をし、それが美味しそうな湯気を立てながら食卓に並ぶ。
「ローズさん、お料理上手なんですね。こんな料理上手なうえに体はあんなに感じやすいなんて、本当にマヤ様が羨ましいです……」
「こ、コメントは料理についてだけで……頼む、それ以外は言わないでくれ……」
うっとりした表情で魚料理に口を付けるフェイリスに、ローズが引きつった表情でそう言葉を返す。しかしフェイリスの口に合う料理が作れたことには一安心したようで、ローズはホッと胸を撫で下ろした。
「それでフェイリス、薬の材料の事で何かそっちに進展はあったかしら?」
マヤにそう問われ、フェイリスは「そうですね」と少し考える様子で口を開く。
「調べるのに少し時間がかかりそうだと会長は仰っていました。具体的にどれほど時間がかかるかは、今はまだわからないようですが」
そう返事をしたフェイリスに、マヤは「つまりは特に進展無しってことか」と呟いて溜息を吐いた。
「申し訳ございません……」
「いえ、いいの。一日で有力情報が手に入るわけもないとは思ってたからね。ただ、今後どれだけ情報収集に時間がかかるのかは知っておきたかったわね」
呟いたマヤは、「一、二週間くらいは必要になるのかしら」と独り言のように言う。それを聞き、ジュラードがこう口を開いた。
「なら先にドラゴンとかを探しに行くほうがいいんじゃないか? その間に、そっちはそっちで調べてもらって……」
「まぁ、確かにその方が断然効率的よね」
ジュラードの意見にマヤは頷き、「そうするか」と一人納得したように彼女は呟く。そうしてマヤがこれからの予定を頭の中で考え始めると、ユーリが彼女へこう声をかけた。
「なぁマヤ、俺とアーリィ、そろそろ一旦店に戻りてぇんだけど」
ユーリがそう発言すると、ローズが心配そうな眼差しを彼に向けて「そういえば、長くレイチェルたちに任せっきりだもんな」と声をかける。
「まぁな。つっても一ヶ月くらいなら任せても大丈夫なように用意はして出てったけどな」
「でも、確かにそろそろ戻らないと心配だよな……」
ジュラードも気遣うようにそうユーリたちに声をかけ、マヤも「そうね」と理解したように頷いた。
「じゃあ孤児院にも戻らないといけないからそのついでに、アーリィたちの店にも戻りましょうか」
そうマヤは言うと、キラキラと輝く眼差しである人物を見やる。彼女の視線に気づいたそのある人物は、スープを飲む手を止めてこう言った。
「わかってる、私の出番でしょう?」
便利な移動手段にされつつあるウネは、しかし文句一つ言わずに理解した表情でそう返事をする。マヤにとって非常に都合のいい……もとい、頼りになる彼女に、マヤは最高の笑顔で「よろしく!」と言った。
「ちなみにアーリィたちのお店はアゼスティのアル・アジフって都市よ。知ってるかしら?」
「問題無いと思う。アゼスティには行った事があるし、そこにも寄ったことがあるから。都会にしては水が美味しい、いいところだった」
ウネの返事にマヤは「よし!」とガッツポーズを決め、ユーリも安心したように笑って「頼むな」とウネに声をかける。ウネは無言で頷いた。
「それじゃあ早速明日にでも孤児院、アーリィたちの店と戻りましょうか」
「明日……また急だな」
本当に急なマヤの予定にジュラードがそう呟く。するとマヤは「早いに越した事はないわよ」と彼に返した。
「それはそうだが……」
「さ、そうと決まれば今夜中に戻る為の支度しちゃいましょうね、皆」
マヤがそうと決めれば行動するしかない状態なジュラードたちは、マヤの有無を言わさぬ命令に今回も各々了解の意味で頷く。
そして彼らの明日からの予定が決まると、フェイリスは少し寂しそうな表情を見せた。
「では、しばらくはお別れということになるのでしょうか?」
「あら、心配しなくても大丈夫よん、フェイリス。ちょっと用事済ませたら、また一度こっちに戻ってくるから」
マヤはそうフェイリスに返事をして、「その後、改めて材料集めに出発になるわ」と続ける。
「そうですか」
「うん。だから明日会長さんとジューザスに、一旦アタシらいなくなるけど、また直ぐ戻ってくるって伝えといてもらえるかな?」
マヤがそう聞くと、フェイリスはにっこり微笑んで「かしこまりました、マヤ様」と頷く。そんなフェイリスの態度を、ますますジュラードは疑問に思った。
「……なぜ、『マヤ様』なんだろう」
「……」
隣で『マヤ様』の意味の答えを知るローズは、しかし疑問に思うジュラードに答えを教えてあげる事は出来なかった。
翌朝、前日にマヤがほぼ独断で決定した予定通り、ジュラードたちは一度孤児院やユーリとアーリィの店に戻ることとなる。
勿論同時に孤児院と店に向かうことは出来ないので、まずは孤児院に戻り、ラプラに相談をした後にユーリたちの店へと向かうこととなった。
そしてウネの転送により、ジュラードたちは一瞬で遠く離れたアサド大陸とボーダ大陸の間を移動し、孤児院の前へとたどり着く。
「本当に一瞬だよな……」
転送を終え、頭にぷるぷる震えて驚くうさこを乗せたジュラードは、そう改めて驚いたように呟く。
ローズたちと出会ってからは 散々魔法をこの目で見てきたジュラードだが、しかし今もその凄さと便利さには普通に驚いてしまう。
「そういえば先生は魔物になってなんか色々すごい力使えるようになったけど、お前もそういう能力は何か無いのか?」
厳密には魔法とは違うらしいが、イリスの夢魔の能力もある意味魔法みたいに凄いものだとジュラードは思う。
なので同じ魔物ならうさこにも実はそういう隠された能力があるのではと思い、ジュラードは頭の上でぶるっぶると震え続けるうさこにそう問いかけてみる。するとその結果のうさこの返事は、耳を左右に振りながら鳴くと言う微妙なものだった。
「きゅううぅ~」
「……無いのか」
そろそろうさことの意思疎通が普通に出来るようになってきたジュラードは、うさこの不思議なジェスチャーの返事を正確に理解して、ちょっとがっかりしたように溜息を吐く。
うさこはジュラードのがっかりした反応を見て、こちらもこちらでショックを受けたように寂しそうに激しく震えた。