救済の方法 20
「ユーリ……」
頬を赤く染めながら、泣きそうな眼差しを向けるアーリィを前に、ユーリは理性と本能の間で揺れ動きながら考えた。
(人ん家でやるのはやっぱまずいよな、常識的に考えて。でも俺だってずっとやってなくて、ぶっちゃけしんどいし……うん、すごくやりたい)
全力で男の子なユーリの本能が一瞬勝ったが、だがやはり人の家でそんなことしちゃイカンという常識が、本能の暴走を紙一重で押さえ込む。
「ユーリ、やだ……?」
本格的に泣きそうな顔になったアーリィに、ユーリは慌てて首を横に振る。
「いやいや、ヤじゃないっ。ヤじゃないけど、ここではまずいかな~って思って」
「そうなの?」
「う~ん、多分……」
「そう……」
しょんぼりと俯くアーリィを見て、ユーリは何故かひどい罪悪感と焦りに見舞われる。
そりゃ自分だってここしばらく禁欲生活を余儀なくされていたから、そろそろそういうこともしたいなぁ~と思う。本当に、心から。でもやっぱり場所的にマズイ。そう、ここが人の家じゃなかったら……っ!
「……って言うかさ。アーリィ、ホントにどうして今日はそんなに積極的なの? なんかやなことあったとか、寂しくなったの?」
ユーリがそう優しく問うと、アーリィはまたしばらく沈黙する。ユーリはやがて理解したように微笑み、「ま、言えないことなら言わなくていいよ」と彼女に告げた。
「……言えないわけじゃ……えと……」
「ん~……言葉にするの、難しいとか?」
「……わからない」
「そっか。……なんにせよ、言えないことは言わなくていいからな?」
そう言ってユーリがアーリィの髪を撫でると、アーリィは「ユーリはそれで怒らないの?」と聞く。
「怒らねぇよ。人なら言えないことくらいあって当然だろうし」
「でも、それでユーリは私のこと嫌いにならない?」
不安げな眼差しで真剣にそう聞くアーリィに、ユーリも真面目な顔で「ならない」と答えた。それを聞き、アーリィは安堵したように息を吐く。そして彼女はユーリの首に腕を回し、彼に抱きついて呟いた。
「あのね……そう、寂しくなったんだと思う。昨日ね、ちょっと不安になったの……だから、ユーリの熱を感じたくなったんだ……ユーリの熱感じると、安心するから……」
ユーリに強く抱きつき、体全部を密着させる。アーリィは「あったかい」と呟いた。
本当は、ずっとこの熱を感じていたい。ずっとずっと、永遠に。
でもそれは叶わない夢だから、せめて共に歩める時間の間中は、そのぬくもりを感じていたかった。
「っ……ユーリ?」
ずっとユーリを下にして彼に抱きついていたアーリィだったが、急にユーリが体を起こしてアーリィを下にし、今度はアーリィが彼を見上げる形になる。
姿勢を変えられて戸惑うアーリィに、ユーリは笑みを見せた後に、今度は彼から口付けをした。
優しく唇を啄ばみ、やがて深く深く唇を重ねる。そうしながら、ユーリの手は馴れた手つきでアーリィの上着の止め具を外していった。
「ふぁ、ぁ……し、しないんじゃなかったの?」
上着を乱し、体を撫でる彼の手の動きに行為を予感したアーリィが、唇の解放と共にそう問う。それに対してユーリは楽しそうに笑いながら、「しないよ」と答えた。
「でも……あっ……」
「最後まではしない。続きは家帰ったらするから、その途中までな」
結局我慢は出来なくなったユーリは、そう言ってアーリィの手の指先に口付ける。それを聞き、アーリィは恥ずかしそうに目を逸らした。
「んっ……っ……ん、んっ……」
「アーリィ、別に声抑えなくても大丈夫だよ? 今ここ、俺らしかいねぇし」
「やっ……でもっ……ぁ……んん、ぅ……っ」
ぐちゅぐちゅと粘着質な水音が生々しく羞恥を煽る。その音だけでも恥ずかしいのに、その上自分の淫らな声までそこに重ねたくなくて、アーリィはユーリの肩に顔を埋めた。
ユーリの膝の上に向かい合って座りながら少し腰を浮かせ、アーリィは彼に抱きつきながら快感と羞恥に耐える。ユーリはそんな彼女を抱きしめ、恥ずかしそうに声を抑えながらも自分に身を委ねて快感に震える彼女の姿に小さく笑った。
「恥ずかしい?」
「っ……う、ん……あっ……んんっ……」
彼にしか触れさせない場所を指先で弄られるのは恥ずかしいのだが、でもそれ以上に何故かすごく気持ちいいし、不思議と心が満たされる。いやらしい声を出しながらはしたなく乱れるこんな自分の姿も、彼になら見せてもいいと思えることがアーリィには不思議だった。
(すき……だから、かな……)
これも愛するという事なのだろうか。
ぼんやりと考えたそんな思考は、すぐに強烈な快感に飲まれて消えた。
「ああっ! あ、やっ……んっ、あっ……!」
一瞬とはいえ集中してなかった事がバレたのか、急にユーリは指の動きを変えてくる。直接的に感じてしまう部分を執拗にせめられ、アーリィは声を抑えきる事が出来ずに喘ぎを漏らした。
「やっ、ゆーりっ……あ、あっ、あっ……」
一度我慢するのを止めてしまうと、もう声を抑えるのは困難になる。ユーリの肩に顔を埋めたまま断続的に快感を喘ぎ、アーリィは体を強張らせながら与えられる快楽を貪った。
初めて彼と体を重ねたのは、”あの日”の後しばらくしてだ。
知識として漠然と知っていた行為の意味を自分に教えてくれたのは、新しいマスターでもある愛する人。
自分を人と同じように愛し、人と同じように愛を教えてくれた彼に、自分ももっと愛を与えて応えてあげたいとアーリィは思う。
「ゆーりっ……すきっ……」
うわ言のように愛を口にして、口付けをねだる。恥ずかしくて気持ちよくて愛しくて、色んな感情が強烈な量で混ざり合って、コアがそれら情報を処理しきれなくなるのもそろそろ時間の問題だった。
ウィッチが作成したこのコアは優秀だが、こんなに沢山の量の情報を一度には処理しきれない。
外部の刺激と内部で生まれる感情量が処理想定を超えているのだ。このままでは壊れてしまう。
壊れる前に膨大なこの情報を一度遮断しなくては、と、そうコアは判断した。
「ゆーりぃ……んっ、んっ……んんっ!」
ねだったものは直ぐに与えられる。ユーリが唇を重ねると、アーリィの意識はそれを認識した直後に暗転した。
唇を重ねたまま、アーリィの体が緊張したように一瞬強張る。ユーリの指を生暖かいものが勢いよく濡らし、強張ったアーリィの体は直ぐに弛緩してユーリに全体重を預けた。
「……アーリィ?」
ユーリが唇を離してそうアーリィに声をかける。だがアーリィはぐったりして反応は無く、ユーリはそんな彼女を抱きしめたままゆっくり指を抜いた。
粘着質な液に塗れた指先を抜くと、それ以外の粘着性の薄い透明な雫が指やアーリィの太ももを伝ってユーリのズボンを汚す。じわりと濡れたズボンと自分の指先を確認し、ユーリは『やっぱ膝の上でやっといてよかった』と思った。何故なら周りを汚すわけには絶対にいけないからだ。
「俺のズボンなら着替えりゃいいし……さて」
完全に気を失っているアーリィを確認し、ユーリは彼女を抱きしめたままその顔を覗き込む。
「えーっと……確かこの場合は……」
こういう時、普通の人なら例えば頬を叩くとかすれば解決するが、アーリィの場合はそんなことしなくても大丈夫なことをユーリは知っている。いや、これは彼にしか出来ないことだが、とにかくユーリはアーリィを起こす為に彼女の名を呼んだ。
「アーリィ、起きろー」
ユーリがそう軽~く呼びかけると、アーリィの瞳が大きく見開かれる。呼びかけの一瞬で目覚めた彼女は数秒考えるように硬直し、虚ろな真紅の瞳の焦点をユーリに合わせた。
「あ、ユーリ……あっ、私また……っ!」
「うん、気ぃ失ってた」
気を失うと言うか、膨大な情報処理の負荷がコアにかかりすぎた為に、コアによる防衛機能が働いて外部からの情報のシャットダウンが強制的に行われた結果にアーリィは意識を失ったのだ。
こうなった場合は一定時間後に自動でコアのメイン機能の再起動がかかるが、それ以外にも現アーリィのマスターであるユーリが再起動命令を与えればまたアーリィは目を覚ますとエルミラが教えてくれた。
その話をエルミラに聞いたとき、そもそも何故アーリィが頻繁に気を失うのかとエルミラはユーリに聞いてきたが、ユーリに答えられるはずもない。答えは”これ”だからだ。言える訳が無い。
「そ、そっか……私、また……」
気を失うほどに感じていた事が恥ずかしいのか、アーリィは真っ赤な顔で呟きながら俯く。そんな彼女を愛しく思いながら、ユーリは汚れていない方の手で髪を撫でた。
「いいじゃん、それくらい気持ちよくなってくれた方が俺も嬉しいし」
「でも……やっぱ恥ずかしい……」