救済の方法 17
「だからっ……怖くて……」
「……」
イリスはかつてマヤやウィッチが、アーリィやミレイの心に生んだ欠陥の意味を思い出す。
アーリィは”愛”を知らず、ミレイは”悲しみ”を理解できなかった。その意味は同じなのだ。
アンゲリクスもまた長い命だから、人との別れに悲しまぬよう、二人の神は違う方法で天使の心に欠陥を生んだ。
マヤとウィッチがそれぞれの天使に欠陥を与えた理由は、意味は同じでも違うのかもしれない。
イリスにはウィッチの真意はわからなかったが、でもマヤの方は……より人に近い心を持った彼女の想いならば想像することは出来た。
マヤ自身が経験した別れからアーリィを守る為、アーリィは”愛”を知らなかったのだろう。
でも結局アーリィ自身は”人”になることを望み、結果に不完全な心を自ら補完して愛を知った。それは大きな幸福と、その代償となるいつか来る別れの痛みと契約した瞬間だったのだ。
そして、それはイリスにも無関係では決して無い。
自分は繁殖力と引き換えの長い命を持つ長命種として生を受けたのだ。普通の人とは、生きる長さは違う。魔物化した今はそれがどうなのかはわからないが、おそらくはそれは変わらないだろう。
ならば、たとえば自分だってユエといられる時間は限られるのだ。巨人族の血を引く彼女は多少人より寿命が長いはずだが、それでも魔の血を引く者には敵わない。
「なんか……色々考えちゃって……怖くて……っ。でもこんなこと、ユーリには相談できないから……」
イリスだって、アーリィと同じ事を考えない事ではない。
いや、それだけじゃない。あの会長夫婦も、エレスティンと結ばれたジューザスも、用意された生きる時間の長さの違いを考えないはずは無いのだ。
それでも、彼らは一つになることを選んだのだ。アーリィを選んだユーリだって、おそらくはそうだろうと思う。
マヤだって、ローズとずっと一緒にいられるわけではないのだ。
誰だって、ずっと一緒にいられるわけではないのだから。
「……アーリィ、あなたはユーリを愛した事を後悔してるの?」
「それは……そんなことは……」
涙に濡れる眼差しを上げ、アーリィは首を横に振る。その返事を見て、イリスは小さく微笑んだ。
「だったら、泣いて悩む時間なんて無いでしょ? 愛してるなら、一緒にいられる時間全てを使って彼とたくさん楽しまないと。限られている時間なら、なおさら」
「だけど……」
「だけど、なに? 悩んでも仕方ないんだよ。あなたがユーリを愛した意味は、そういうことなんだから。そしてその痛みは……皆同じだよ。同じ痛みの覚悟で、誰もが愛する人との時間を生きてる」
イリスは真っ直ぐな眼差しでアーリィを見据え、彼女に告げた。
「人同士、ゲシュ同士でも生きる時間に僅かに差はある。異種族同士なら、その差はあなたが気づいたようにとても大きい。……残される側は確かに辛いだろうけど……でも、それを恐れていたらそれは昔のあなただよ? 愛を知らないで他人を拒絶する生き方をするあなたに戻りたいの?」
「……」
「後悔して無いなら、今の自分に自身を持って彼と生きなさい。あなたがアンゲリクスとして成長した意味は、愛する人と生きる喜びを感じる為なんだろうから」
言い聞かせるような強いイリスの言葉にアーリィは僅かに目を見開く。
イリスはそう言うと、また少し笑って「なんて、偉そうな事言ったね」と呟いた。
「でも、確かに別れは辛いよね。私もそれはいつも思うからさ……愛する人だけじゃなくて、色んな、親しい人とのそれだってすごく辛いもんね。あなたがそう悩んでしまうのも無理ないって思うよ」
時々思い出すことがある。彼の事を。
今もまだ肌身離さず持つ”お守り”と記憶の中の思い出だけが、今はもう彼が生きていたと言う証でしかない。
「でも、だからこそ今のうちに彼とやりたいこといっぱいやっとくといいよ。別れが来た時、もっと色んな事を彼とやっとけばいよかったって思ってももう遅いんだから。それこそ後悔しないように、ね」
「……うん」
頷き、アーリィは涙を拭う。
励ますことは出来なくとも、”心”を納得させることくらいは出来ただろうか。そう思いながら、イリスはアーリィを見つめた。