救済の方法 15
ロンゾヴェルの言葉を遮り、ジュラードが遠慮がちに口を開く。滅多に自分の考えを自ら口にする事は無い彼だが、どうしてもロンゾヴェルに聞きたい疑問を抱いた為に勇気を出したのであった。
「その、会長はゲシュに対して……えっと……差別的な考えは持ってないんですか?」
ジュラードたちは『”禍憑き”はゲシュにのみ発病する病』だと、そうはっきりロンゾヴェルに説明をした。つまり逆に言えば、ゲシュでないものはこの病にかかる事は無いのだ。
ゲシュを嫌う風潮のあるこの世の中で、そのゲシュのみが苦しむ病ならば治療などしなくても……と、悲しいことだがそういう考えをもっても、普通はおかしくは無いとジュラードは思う。
勿論ロンゾヴェル自身がゲシュだと言うのならば話は別だが、見たところ彼が魔の血を引いているような身体的特徴は見当たらない。
するとロンゾヴェルはジュラードの問いに、優しく笑みながらこう返事をした。
「そうですね……私も若い頃はそういう考えは持っていました。しかし今はそんな過去を恥じています。命は皆、平等ですからね」
「……」
ロンゾヴェルはおもむろに懐から手帳を取り出し、その手帳に挟んでいた一枚の写真をジュラードへ手渡して見せる。それはごく最近の写真のようで、そこにはロンゾヴェルと、若く美しい女性が穏やかに微笑みながら並んで写っていた。
「これは……隣にいるのは娘さん、ですか?」
ジュラードが問うと、ロンゾヴェルは笑いながらこう返事をする。
「いいえ、それは私の妻ですよ」
「えええぇ!?」
失礼ながら物凄く驚いてしまったジュラードは、叫んだ直後に「すみません」と謝る。ロンゾヴェルは笑顔のまま、「いえいえ」と首を横に振った。
「私はこの通り老人な見た目ですからね、そう思われるのも無理はありません」
「だ、だけどすごく若い奥さんですね……」
見た目十代か二十代前半にしか見えないロンゾヴェルの妻に、ジュラードはひどく驚く。しかしロンゾヴェルは驚く彼に、「いいえ、妻も若いわけではありません」と言葉を返した。
「え……?」
目を丸くするジュラードの隣で、ローズが「奥様はもしかして、私たちと同じで……」と呟く。それにロンゾヴェルは深く頷いた。
「そうです。妻もあなたやジュラードさんと同じゲシュなんですよ。ですから私とは老いの速度が違うわけでしてね……一応これでも妻の方が10も年上なんですよ、はははっ」
「そ、そうなんですか……」
驚き、またまじまじと写真を眺めるジュラードに、ロンゾヴェルはこう言葉を続ける。
「若い頃の私は確かにゲシュや魔族といった者達を毛嫌いしていました。ですが私は妻と出会い、彼女を愛してしまった……彼女がゲシュと知ってもなお私の中の妻への想いは変わらず、私は気づいたんですよ。私は世間に流されるまま、ただ何となく嫌っていただけなんだな、と。私はゲシュをよく知ろうともせず、ただ皆が嫌うからという理由だけで同じことをしていた。その自分を恥じ、妻はそんな私を責めることなく愛してくれました」
ロンゾヴェルは柔和な笑みを口元に湛えたまま、「ですから、今の私は過去の自分の愚かさの罪滅ぼしをしているんです」と呟く。
「私がこの学会を立ち上げた理由は、多くの命を平等に救う為です。人もゲシュも皆平等に同じ命なのだから、救えるものは救う。ですからゲシュの病についての研究も、ここでは人の病と同じように扱って進めています」
彼がジューザスに協力を求め、そしてジューザスが彼に協力をした理由はこういう彼の考えがあったからなのだろう。ロンゾヴェルの話を聞き、ジュラードはそれを思った。
「ですからこの学会にはゲシュの者も多くいます。勿論うちにもゲシュを嫌う人はいますけどね。しかし何とか共存していますよ」
ロンゾヴェルの話を聞き、ジュラードは納得したのか「そうですか」と頷く。そして彼は改めてロンゾヴェルにお願いした。
「薬の材料を手に入れるのが難しい事は俺も聞いてます。でもどうにかして手に入れたい……俺も出来る限り頑張るんで、その……協力してください」
ジュラードがそう言って頭を下げると、ロンゾヴェルは「勿論ですよ」と変わらぬ優しい声で返事を返す。
「ですから頭を上げてください、ジュラードさん。……そうですね、少し時間を下さい。フラメジュとグラスドールに関しては何処かに持っている者や、あるいは存在する場所が無いかを知り合いに聞いて調べてみましょう」
「あ、ありがとうございます!」
顔を上げ、そう力強い声で礼を言ったジュラードに、ロンゾヴェルはやはり笑みを返す。
そしてジューザスは「私もお手伝いします、会長」とロンゾヴェルに声をかけた。
「そうですか、それは助かります」
「それじゃあアタシたちはマナ水と竜の瞳の具体的な入手方法について考えときましょうか」
マヤがそう発言し、ローズは「そうだな」とそれに頷く。
「会長、ローズさんたちはしばらくは私の家の方でおもてなしさせていただきますので、何か情報が手に入りましたら私が連絡係を務めさせていただきます」
フェイリスがそう言い、ロンゾヴェルは彼女に「頼みますよ」と返す。フェイリスは艶っぽい笑みと共に、「はい」と頷いた。
ロンゾヴェルと話をした日の夜、フェイリスの家の庭先に人影が静かに佇んでいた。
「……」
長い黒髪と真紅の眼差しが、砂漠の地に煌々と輝く月夜に照らされる。
もう直ぐ日付が変わるという時刻に空を見上げていたのは、普段ならばもう就寝していてもおかしくないはずのアーリィだった。
何故かひどく悲しげな眼差しを群青に染まる空に向け佇むアーリィは、無言のまま何かを思うようにその場に立ち続ける。赤い色の表面に金色を宿す瞳は、薄く涙をもそこに溜めていた。
「……こんなところでどうしたの?」
「!?」