禍の病 2
ジュラードは悩んでいた。
すごく悩んでいた。これ以上無いくらいに、彼は悶々と静かに悩んでいた。
「いやぁ、よかったな。一つとはいえ、宿の部屋に空きがあって」
「よくねえぇぇぇー!」
能天気なローズの言葉に、マヤが全力でツッコミを入れる。ジュラードも全力で首を横に振った。
「え、何でだ? せっかく今日は雨風しのげる室内で、かつふわふわのベッドで寝れるんだぞ? 何が不満なんだ?」
つい先ほど町唯一の宿屋で受付し終えた彼らは、たった一つ空いていたという部屋に向かう途中の廊下を迷惑なほど賑やかに歩いていた。
「夜の時間に宿に来て部屋が空いている事は滅多に無いし、一部屋とはいえ泊まれるのは幸運じゃないか」
のほほんと笑顔でそう言うローズだが、繰り返し確認すると空いてる部屋は一部屋だったわけで、つまりそれがどう言うことかといえば……そう言うことなのだ。
「なーにが『よかった!』よ! いいわけないでしょ?! 男と女が同じ一つの部屋で寝るってどういうことよ! しかも今日会ったばかりでよ?! いやらしい!」
「ダメだ……女性と一晩共にしたなんてことが妹にばれたら、俺は妹に嫌われてしまう……きっと『お兄ちゃんは汚いから私の服とお兄ちゃんの服を一緒に洗わないで』とか言われてしまうんだ……あぁ、そうなったら俺は一体どうしたら……」
マヤの怒りの声に続き、悩んでいたジュラードも恐怖で震えながら呟きを漏らす。彼は妹に嫌われる妄想シュミレーションをずっと脳内で展開し、どうフラグを回避しても結果が全てバッドエンド直行なので悩んでいるようだった。
平然と男と同じ部屋で寝ようとするローズもアレだが、ジュラードもジュラードで妙な方向に悩んでいることを知って、マヤはちょっとだけ冷静になる。
「……あんたもしかして、妹以外の女には興味ないとか?」
マヤがジュラードにそう聞くと、ジュラードは顔を上げて「そんな事は無いが……」と答える。
「ふーん……じゃあ好みの女性のタイプって何?」
「い、いきなり何を聞くんだ!」
「いいから答えなさいよ、殴るわよ」
「理不尽過ぎるな……えっと、そ、そうだな……小柄で細身で優しくて、俺のこと『お兄ちゃん』って慕ってくれるような……」
「妹大好きなのね、あんた……ちょっと引くくらいに」
「そ、そんなことは……!」
ジュラードは慌てて否定するが、どう否定しようとも彼は完全アウトである。マヤはさっきまでの怒りがちょっと馬鹿らしくなったのか、「ま、アタシもいるんだし大丈夫か」と自分を納得させた。
「そうだよ、マヤは心配しすぎだ。そんな、男女だからって何かあるわけじゃないだろ」
そう言ってローズは笑い、「あ、ここだな」と指定された部屋の前で足を止める。ジュラードも同様に足を止めた。
「なんて危機感の無い発言……うぅ、もうイヤ、胃が痛くなるわ……こうなったらアタシだけでも早く標準サイズに……はぁ、でもどうしたらアタシの力って戻るのかしら……」
「……何を一人でぶつぶつ言ってるんだ?」
マヤの独り言にジュラードが疑問を呟くと、マヤは「うっさい、ほら、さっさと部屋に入るわよ!」とまた無駄にジュラードに敵対心剥きだしに返事をする。ジュラードは小さく溜息を吐きながら、ローズの後に続いて部屋の中に入った。
『ローズ、どういうことだこれは!』
部屋に入るなりまた唐突に登場人物が増える。ジュラードはしわがれながらも力強い女性の怒声を聞きながら、そろそろ次は犬が喋ったり花瓶が宙を浮いたりするんじゃないかと、半分現実逃避的な事をぼんやりと考えた。
『今日会ったばかりの男と一夜を同じ部屋で共にする、だとぉ? 私はお前をそんなふしだらな娘に育てた覚えは無いぞ!』
「ハルファス、落ち着け……わ、私もお前にそんな教育を受けた記憶は無いけど……」
『口答えするのか!?』
「はい、すみません!」
茫然としたジュラードの視線の先では、やたら背が高い銀髪の女性の幻影のようなものが、正座したローズに説教をするという非常に説明しづらい光景が繰り広げられていた。
半透明に透ける長身の美女は、また例によってローズの体の中から光と共に出現した。お前は一体幾つの不思議生物を体内で飼っているんだと、ジュラードはそうローズに問い詰めたくなったが、今は空気を読んで大人しく成り行きを見守る事にした。
「そうよー、お姉さまもっと言ってやってくださいよー。ローズってば三年も経つのに危機感まるでなくて全っ然ダメなんですよぅ。もうダメ人間!」
謎の女性の説教にマヤも加担し、二人に責められてローズは本気で困ったようにちょっと涙目になる。
「ダメ人間って言うなよ! ダメ人間ではないだろ!」
『いや、今のお前はダメ人間だ』
「えぇ?!」
どきっぱりと『ダメ人間』言われ、ローズは本格的に泣きそうな顔になる。さてどうしようとジュラードは一瞬考えたが、何も思いつかないし口を挟むととばっちりでさらに面倒な事になりそうなので、やっぱりこのまま見守る事にした。
「ダメ人間はひどい……」
『いいかローズ、私は亡きお前の両親からお前を託された身なのだ。いわば親代わりなのだからな。ジェンドやアヤの為にも、お前が立派な大人になるまで私がしっかり教育しないといけないと思っている』
「……私はもう26歳なんだけど」
『26がなんだ! そんなもの私の二十分の一も生きてないでは無いか! マヤと比べたらもっと……』
「お姉さま、今アタシの年齢は例に出さなくていいんじゃないですか? うふふっ」
『そ、そうか、そうだな……マヤ、目が笑ってなくて怖いぞ……とにかくローズ、お前はまだまだ未熟者だ! その程度で一人前面するでない!』
「す、すみません……」
正座して萎縮するローズは傍から見ると大変気の毒だったが、そんな彼女の胸に挟まるマヤは「きゃー、お姉さまもっとがっつり叱ってくださーい! 素敵ー!」とか言って女性の説教を応援していた。さすがにそろそろ自分が行動しないと、マヤも止める気なさそうなので、このままでは朝まで女性の説教が続きそうだとジュラ ードは気がつく。
「あの……」
思い切ってジュラードが三人に声をかけると、三人の視線が一斉に彼へと向く。ジュラードは思いっきり緊張し、やっぱり声かけなきゃよかったと瞬時にそう反省した。
「そうだ、ジュラード! 助けてくれ!」
「ええぇ~……」
いきなりこの場の面倒レベルを跳ね上げる注文をしてきたローズに、ジュラードはあからさまに嫌そうな顔をする。そして同時に謎の女性とマヤが標的を自分にしたことに気づいて、彼は全速力でここから逃げたくなった。
『ところでマヤ、このどこの馬の骨とも知れぬ男は一体なんだ? いつも通りシメていいのか?』
「えぇお姉さま、シメてもらって構いませんわ。いつも通り再起不能に……ふふふふふっ」
恐ろしい会話を目の前で繰り広げる女共に、ジュラードはただただ青ざめるしかない。謎の女性の睨みつける真紅の目が怖すぎて、彼はもう逃げる所か金縛りにあったように動く事も出来なくなっていた。
「あの、俺は……」
『いいか小僧、私の目が黒い内はローズに指一本触れさせんぞ』
指一本どころか自分先ほど握手しちゃいましたがとジュラードは思ったが、口に出したらその瞬間にこの世とおさらば出来そうな雰囲気だったので黙っている。だけど自分が今現在大ピンチなことにはかわりない。
『さて、今回はどうしてくれようか。腕一本二本へし折るのは当然として……』
「タマ潰しちゃうなんてどーです、お姉さま。腕一本二本へし折るのもいいですけど、もっと徹底的に害虫駆除するにはやっぱり元を断たないといけないと思いますわ」
『そうだな、じゃあそうするか』
「い、いやあぁぁ……」
悪魔二人の会話を聞きながら、ジュラードも泣きそうな顔で震える。なんで自分がこんな目にあわなきゃいけないんだと、理不尽すぎる状況に彼は叫びたかった。




