もう一人の探求者 1
かつてこの世界には、神がいた。
かつてこの世界は、滅びを歩んでいた。
だが、それらは全て過去となった。
神は二度、この世界に審判を下した。
一度目は滅びの審判を、二度目は再生を。
これは二度の審判の末に、再生に歩みだした世界での物語。
神化論after
手が、足が、体が……全てが冷たくて重い。痛いのだろうか? それすらはっきりとわからないほどに、自分は意識が闇に落ちかけていた。
『――……』
遠くで音が聞こえる。叫び声? よく、わからない……。五感が、意識と共に闇に呑まれていく。
『――……、……ろ……』
これで自分は終わるのかと、朦朧とした意識の中で漠然とそれを思う。呑まれた終焉の闇は何も見えず聞こえず、ただ冷たかった。
……嫌だ、終わりたくない。終われるはずが無い。自分にはまだ、やるべき事があるのだから。
自分はまだ終わるわけにはいかない。自分は、大切な彼女を助けなくてはいけないのだから。
生きたい! と、そう強く思った瞬間に、自分の意識が落ちた闇が眩い光に照らされる。
誰かが手を差し伸べて、自分をほの暗い水の底から引っ張り出してくれるような、そんな感覚。白い光はそうやって冷たい闇から自分を救うように、暖かく柔らかな熱で自分を優しく包んだ。
『……かり、しろ!』
声が……聞こえる。
今度ははっきりと、人の声だと判断することが出来る。聴覚が回復したのだろうか。それとも、あるいはこれが死なのか?
いや、違う。
『大丈夫か?! おいっ!』
呼びかける声は、確かに自分を現世に引きとめようとしていてくれた。
ならばそうやって声をかけてくれるのは、一体誰なのだろうか。自分は一人のはずなのに。
目を……開けなくては。ここが闇じゃないのならば、見えるはずだから。
「……」
「あ、よかった……目が覚めたようだな」
「みたいね」
彼が目を開けると、一番に視界に飛び込んできたのは大きな真紅色の瞳。見たことの無い血の様な色の瞳を持つ美しい女性が、彼の顔を安堵しながらも心配そうに見つめていた。
「……ぁ……」
何をまず言葉にして発したらいいのか迷うように、目覚めた彼は茫然とした表情で言葉にならない呻きを小さく発する。周囲に視線を一瞬さ迷わすと大きな岩が見え、見上げる視界の先には女性の背後に青空が広がっているのがわかる。とりあえず自分は仰向けになって倒れているということを理解した彼は、その状態のままで自分の顔を見下ろす女性をじっと見つめた。
東方の大陸の者らしいことを示す長い黒髪に、何処かで見たことがあるような気もする整った顔立ちの女性。自分を覗き込むように見つめる彼女の真紅の瞳には、少し乱れた青銀の長髪と蒼い切れ長の瞳という自身の容姿が映されていた。そこに映るのはいつもと変わらない、自分自身人相が悪いと思える強面な自分の顔で、そこに一切の怪我は見当たらない。男はその事実に気づき、おかしいと違和感を感じた。
「……どうしたんだ、ぼーっとして……もしかして、何かの拍子に記憶喪失とか……いや、まさか……」
男が茫然とし続けることを不思議に思ってか、女性がそう声をかける。女性が少し身を乗り出して不安げに眉根を寄せると、彼女の胸元に視線がいった男の表情が変わった。
「!?」
大変立派に成長した女性の胸を見て、男は衝撃を受けたように顔を強張らせる。いや、当然違う。男が見て衝撃を受けたのは女性の胸そのものでは無く、そこに”いた”ものを見てだった。
「な、なな……っ!」
「七?」
声を震わせて目を見開く男は、困惑する女性の胸を凝視してやっとこう言葉を発する。
「なんだその胸は!」
「……」
ゴンっ、と、頭に鈍い衝撃。
気づけば男はまた気を失っていた。
二度目の目覚めは、先ほどと全く変わらぬシチュエーションだった。
先ほどと変わらない草原の岩陰で、先ほどと変わらぬ黒髪の女性に見守られて目を覚ます。
「……頭が痛い」
そう言いながら、男はジンジン痛む頭を押さえつつ上体を起こす。すると傍で見守っていた先ほどの女性が、非常に申し訳無さそうな様子で頭を下げながら彼にこう言った。
「その痛みは私の責任だ。……いや、いきなり頭を殴ってしまってすまない。いきなり人の胸に対して『なんだ』とか言うから、その……いわゆる変態なのかと思ってしまって。でも冷静に考えたら違うと思って……本当にすまない」
女性のその謝罪に、男は「いや……」と戸惑いの返事を返す。そういえば確かに自分は変態と誤解されてもおかしくないようなことを口走ったなと、彼も女性の言葉で反省をした。
「俺も……確かに失礼な反応をした気がする……」
そう小さく呟いた男は、そういえばと思い出してまた自然と女性の胸元を見てしまう。何故ならそこには、思わずそう失礼な反応をしてしまうような衝撃が存在していたからだ。
「……それは」
「あ、あぁ……そうだよな。普通は……驚いてしまうよな。丁度いい、私の自己紹介もしていなかったから、”彼女”と一緒に紹介をするよ」
黒髪の女性はそう言うと、男に「私はローズだ、旅をしている」と自己紹介をする。ローズはそのまま自分の胸に視線を落として、「で、彼女が」と言った。
ローズの視線の先を追って男が見ると、やはりそこには最初に見て驚いた時と同様に見間違いでもなんでもなく、不可思議なことにとても小さな女の子らしき存在がいた。ありえない手のひらサイズほどの大きさの女の子は巨乳の谷間に挟まり、頭と上体だけを出して何か物凄い警戒心たっぷりな目つきで彼女は男を見ている。
「マヤよ」
信じられないサイズの女の子はそう自分で名を名乗る。どうやら何か小さな人形というわけじゃなさそうだと、男は自分をジトッと睨み付けてくるマヤを見て思った。
「……そいつは一体何なんだ?」
ふわふわと柔らかそうな緩いウェーブのかかった金髪と空のような色の大きな瞳が愛らしい印象を与える彼女は、だけど色々と常識の範囲外の姿な為に素直に『可愛い』と愛でる事は出来ない。
男がとにかく謎すぎてよくわからないマヤについてをローズに聞くと、彼女が口を開く前にマヤが大変立腹した様子で口を開いた。
「そいつ?! そいつですって?! このキュートに可愛いアタシに向かってそいつって、あなた失礼にも程があるわ!」
小さいのに声は普通にでかいマヤは、物凄い怖い顔で男を睨む。そのマヤの剣幕に怯えた男に、マヤは怒りの表情のままこう言葉を続けた。




