救済の方法 4
「何か……足元に台的なものがあればいけそうなんだが……」
そのジュラードの一言に、滅多に稼動しないユーリの頭脳がひらめきを見せた。
「台? ……そうか、わかったぜジュラード。お前を助けるいい方法を思いついたぜ」
「え?」
ユーリのその自信有りげな一言に、ジュラードは不思議そうな眼差しを彼に向ける。するとユーリはジュラードではなく、ジューザスへ視線を向けてこう言った。
「ジューザス、これはお前にしか出来ないことなんだ。ジュラードを助ける為に、大役を引き受けてくれないか?」
「え? わ、私?」
急に話を振られて困惑するジューザスは、しかし基本お人よしな良い人なので「うん、いいよ」と返事をしてしまう。それが悲劇だとも知らずに。
「よし、じゃあ決まりだな。そういうわけでジューザス、お前その窓の下んとこで四つんばいになれ」
「な、なんだって?!」
ユーリの命令に、ジューザスは自分の耳を疑う。だがユーリはもう一度、はっきりと「ほら、四つんばいんなれって」という言葉を繰り返した。
さすがにこれにはお人よしのジューザスも、素直に応じる事に難色を示す。
「な、なんでそんなことしないといけないんだ……」
そのジューザスの疑問に、ユーリは優しい笑顔でこう返事を返した。
「お前がジュラードを助ける為に体を張るんだよ。で、体張って台になれ」
つい最近イリスにやられた屈辱のストレスをここで発散しようと、そんな最低な思惑が密かに見え隠れするユーリのその発言に、ジューザスは当然ながら嫌そうな反応を返した。
「そ、そんな、体を張れって……」
だが嫌がるジューザスを黙らせる言葉をユーリが続けると、彼の態度が変わっていく。
「何だよ、お前はさっき『いいよ』って返事したじゃねぇか。それに大体あれだろ、俺もジュラードも男らしく仕事したってのに、お前だけまだな~んにも役立ってねぇんだぜ? それなのに『嫌だ』なんて言っちゃうの?」
「うぅ……」
ユーリにやんわりと責められ、ジューザスは結局諦めた表情で「わかったよ」と返事をする。
『相変わらず押しに弱い男だなぁ』と思いながら、ユーリはジュラードに視線を向けた。
「ってことで、ジューザスも納得したから。お前、こいつを遠慮なく踏み台に使ってやってくれ」
「え……しかし……」
遠慮するジュラードに、ユーリは「だいじょーぶだいじょーぶ!」と声をかける。しかしジュラードは不安げな表情で、渋々屈辱的な姿勢を取るジューザスを眺めた。
「あぁ、なぜ私がこんな……エレと子どもたちには絶対見せられない、こんな情けない私の姿……っ」
泣きそうな顔で可哀想な格好をしたジューザスを前に、ジュラードは物凄く躊躇いの表情を浮かべる。そんな彼の姿を見てユーリが「なんなら俺が見本見せるか?」と鬼のようなことを言ったので、ジュラードは「いや、いい」と返してジューザスを踏み台にすることを決めた。
「…… すまん」
一応そう一言告げ、ジュラードはジューザスの背中に右足を乗せる。「うっ」と小さく聞えた呻き声は聞かなかったことにして、ジュラードは勢いを付けるようにジューザスを踏みつけた。
可哀想なジューザスを踏み台にし、勢いよく体を持ち上げたジュラードは、今度は上手く窓枠に足をかけることに成功する。
「おぉ、上手くいったな」
窓枠に足をかけたジュラードがそのまま建物内へ入るのを確認すると、ユーリは「後は俺たちだけだな」とジューザスに言った。そう声をかけられたジューザスはと言うと、どんよりと重い空気を纏いながらゆっくり立ち上がる。
「そうだね……ところでユーリ、私も自力でこの窓によじ登るのは難しそうだから、是非君の力を借りたいんだけど」
「え、なに? ごめん、よく聞えない」
「うん、だからね、今度は君が踏み台に」
「いい歳した老人が甘えんな、いいからさっさと行けっ」
微妙にジューザスには冷たいというか厳しいユーリは、そう言ってジューザスの尻を軽く蹴る。そのユーリの鬼過ぎる態度にますます涙目になりながら、ジューザスもヤケクソ気味に窓へとよじ上った。
「よし、これで全員無事侵入っと……」
ユーリへの恨みをパワーにしたジューザスが結局自力で建物の中へと入り、ユーリも続けて身軽な動作で窓を潜り抜けて中へ入ることに成功する。
そうして全員が不法侵入を果たしたのを確認すると、ジュラードは「早くマヤたちと合流しないとな」と言った。
「そうだな。で、二人が居る保管庫というのは……」
ローズがそう言ってジューザスに視線を向けると、彼は「あぁ、それはこっちだよ」と言って、今居る長い廊下のある一方行を指差した。そうして彼は用意がいいのか、小型の燃料式照明具を上着のポケットから取り出して、それで廊下を明るい色に照らす。
「私についてきてくれればいいよ。夜なら人もいないし、堂々と歩けるしね」
そう言ってジューザスは皆を案内するように先頭に立って歩き出し、ジュラードたちも彼の後に続いて進むことにした。
ジューザスが先導して建物内を進んでいくと、やがてユーリの目に見覚えのある扉が見えて、彼は「あ、ここじゃん」と部屋の扉を指差しながら言った。
「あぁ、ここなのか」
ユーリの言葉を聞いて、ローズがそう理解したように呟く。そうして彼らは保管庫の扉の前で一度足を止めた。
「マヤたち、大丈夫かな……」
扉を見つめながら、アーリィがそう不安げな様子で呟く。それに対してジューザスが「二人なら大丈夫だよ」と優しく声をかけた。
「でも気になるのは確かだから、早く中に入ろうか。あ、でもここ夜は鍵がかかってるから……」
ジューザスはそう言うと、上着のポケットから何か金属を取り出す。それは細い針金のような金属の束で、ユーリにはそれが何か一目で理解できた。
そしてユーリは胡散臭いものを見る目でジューザスを見て、彼にこう言う。
「ジューザス 、お前もか」
「え、何のことだい?」
いつも通り爽やかな笑みを浮かべながら、ジューザスは膝を付いて扉の鍵穴を覗き込みながらそうユーリに言葉を返す。ついでに彼は傍に居たジュラードに、照明具を渡して鍵穴を照らすよう指示した。
「イリスといいお前といい……」
「あれ、ユーリは彼から鍵開けの仕方教わらなかったのかい?」
善人な顔をして物凄い悪い特技を披露するジューザスに、ユーリは「お断りしたんだよ」と返す。
「そうか……あ、ちなみに彼にコレ教えたのは私だよ。私も先輩に教えられてね~、受け継がれてるんだよ」
「マジかよ。つか笑顔で語る話じゃねぇよ」
「あはは……」
ガチャガチャと金属の棒を鍵穴の中で動かしながら、ジューザスは「でもコレ、私より彼の方が上手なんだよね」と呟いた。
「どうも私はコツを掴みきれてなくて……あ、でも開いた。今回は上手くいったね」
ガチャン、と音を鳴らし、保管庫の扉の鍵が解除される。
ジューザスは嬉しそうに笑っていたが、ユーリはジュラードやローズたちに苦い顔で「ああいうことする大人になっちゃダメだよ」と言った。
「とくにジュラード、いいな? 君は健全な大人になりなさい。お兄さんとの約束だぞ」
「え、あ、あぁ……」
こんなところに堂々と不法侵入している時点でもう色々手遅れなような気がしたジュラードだが、一応彼はユーリの言葉に頷く。そんな彼らの会話を後ろで聞きながら、ジューザスは苦笑しながら扉を開けた。
「確かにこんなこと出来ても自慢は出来ないからね。……っと、さて開いたけど……」
扉を押し開け、ジューザスはジュラードから照明具を受け取る。そしてそれで暗い室内を照らしながら、彼はジュラードたちを引き連れて保管庫内へと足を踏み入れた。




