禍の病 1
「ありがとーございましたー!」
最後の客を店の玄関先で見送り、彼は玄関先に立てかけて置いた看板を持って店の中へと入る。
彼が入っていった白い煉瓦造りの店は、すっかり闇に包まれて人工の明かりが揺らめく町の中で、今日一日の営業を終える為に店の明かりを消した。
「あー、疲れた。今日も一日、終わりっと」
「お疲れ、ユーリ」
店の中に入り、看板を置いてユーリが大きく伸びをすると、店の奥から黒と白が基調の愛らしくフリルの多い制服を着たアーリィが出てくる。その手には薄く湯気が立ち上るティーカップが握られていた。
アーリィはそれをユーリに手渡し、「夕飯、用意できてるよ」と言って微笑んだ。
「ん、じゃあちょっと店ん中片付けて、明日の準備したらご飯にしよう」
ユーリは身に付けていた赤いエプロンを脱ぎながら、そう言ってアーリィが手渡してくれた温かなお茶を一口啜る。アーリィは腰以上にまで伸びた黒髪を髪結いのゴムを使い頭のてっぺんで一括りにしながら、「私も手伝う」と気合十分に彼を手伝うことを宣言した。
「ありがと。じゃあさっさと終わらせてメシにするか」
ユーリは店を始めた頃から付け始めた伊達眼鏡を外し、カップと一緒に店のカウンターの上にそれを置く。アーリィもさらに気合十分に腕まくりし、二人は店の中の片付けと明日の準備を始めた。
そこそこ安定して美味しい味が出せるようになったアーリィの料理を食べ終え、ユーリは店の売上を台帳で確認する。
「ん~……相変わらずアーリィの作る怪しい薬の売上が多いなぁ……恐るべし、恋の魔法薬」
「怪しい薬なんて作ってないよ?」
夕飯の片づけを終えたアーリィが、ちょっと困った顔でユーリにそう言いながら近づく。ソファーに座る彼の隣に腰を下ろし、アーリィは「どう?」と聞いた。
「売上、順調?」
「順調順調、アーリィの怪しい……いえ、怪しくない魔法薬のお陰で黒字よ。なんてったって基本材料費が安いからな」
「でも量産するの、大変なんだよね。昼間頑張って作ってるけど、ちょっとまた在庫足りなくなってるね。また材料、リーズさんとこから仕入れて作らないと」
在庫が記載された帳票を見ながら、アーリィが困った笑顔でそう呟く。ユーリも「アーリィにしか作れないもんだからな」と苦笑をもらした。
「悪ぃけど、アーリィに頑張って作ってもらうしかねぇんだよな」
「大丈夫、頑張れるよ私! ユーリと一緒なら! ……って、ユーリ顔近い! なに!?」
「いや、相変わらず可愛いこと言いやがるぜと思いまして……だからチューしよう」
「な……どうしてすぐそういうふうになるの?」
彼らが旅を止め、旅に必要なものから日用品、様々なものを取り扱う雑貨の店を始めて一年とちょっとが過ぎた。
初めてだらけのお店経営は、周囲の様々な人の助けを借りて何とか上手くやっている。
とくにアーリィにしか作ることが出来ない魔法薬は様々な種類のものを商品として用意し、良く効く傷や病気の薬としての評判の他にも、年頃の女の子の『まじないのアイテム』として密かに人気を集めていた。勿論魔法薬ということは伏せて、おまじないグッズに関してはお遊び的なノリでユーリは売っているが、しかしリピート客からの話によると相当な効き目があるようで、最近では口コミでの若い女の子の客が増えている。逆にお遊びなノリで売り始めたそれらがポンポン売れて、店の人気商品になりつつあることにユーリは最近若干の不安を覚えていた。この店は一体どういう方向に行くんだろう、と。
「……ま、いっか」
「なにが?」
唇を離し、ユーリは独り言を呟く。アーリィが疑問を問うと、彼は笑って「なんでもないよ」と答えた。
「気になるよ……何考えてたの?」
「んーっと……そろそろ新婚旅行に行きたいって考えてた」
「なっ!」
ユーリが真顔でそう答えると、途端にアーリィの顔が朱に染まる。
「な、何言って……ダメだよ、今お店長く開けちゃあ」
「わかってるけどー、ねぇ……だって俺たち新婚じゃん」
「わわわ、そんな、でも……それはそうかもしれませんが……しかしですね……」
恥ずかしさのあまり言葉に混乱が混じるアーリィを見て、ユーリは可笑しそうに笑う。そんなユーリを見て、アーリィは今度は頬を膨らませた。
「笑った……もう、ユーリってば」
「ごめん、怒らないで。でもまぁ、今は無理か。もうすぐレイチェルたち、こっち来るって言うしな。その準備もしとかねぇと」
ユーリのその言葉に、アーリィも思い出したように「そうだね」と声を上げる。そして彼女は嬉しそうに頬を緩めた。
「久しぶりにミレイにも会えるんだね。楽しみだな」
”あの頃”とは随分と姿は変わってしまったが、ミレイはアーリィにとって唯一の肉親のようなものなのだろう。本当に嬉しそうに笑みを見せるアーリィを見て、ユーリも心穏やかな気持ちになって笑顔を零した。
「……あぁ、でもあいつらがこっち来ちまうとアレ出来なくなるな。今のうちにしとくか」
「アレ?」
不意にユーリが何か苦い顔で呟くので、アーリィはきょとんと目を丸くして首を傾げる。そんなアーリィにユーリは笑みを向けて、そして彼はおもむろにアーリィをソファーに押し倒した。
「ちょっ、あれってもしかして!」
「おぉ、アーリィも勘が鋭くなったね!」
「勘とかじゃなく、ユーリのその笑顔見たらわかるよ! 学習したの!」
引きつった表情で慌てるアーリィに、ユーリは彼女が警戒する爽やかな笑顔のまま「まぁいいじゃん」と軽いノリでのたまう。
「好きな人とこうしたいって、ごく普通の人の欲求だろ?」
「わ、私だってユーリ好きだけど、こういうことはもっと慎重にするべきだとおも……って、ひゃあああぁ!」
彼らの夜は騒がしく更けていく。
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