旧時代の遺産 33
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「あら? ヒス、一体何をそんなに真剣に読んでいるんですか?」
午後の診療の時間を終え、建物内を掃除していたかカナリティアが、診察室で真剣に何か冊子のようなものを読んでいるヒスに気づいて声をかける。
ヒスは顔を上げ、「あぁ、これか?」と今自分が読んでいた何かを軽く持ち上げながら返事を返した。
「はい。新しい通販誌ですか?」
「いや、違う。これは三ヶ月に一回、レイマーニャにある中央医学研究学会ってとこが発行してる医学誌だよ」
「なんだ、そうでしたか」
ヒスの答えに、通販誌を期待していたらしいカナリティアはあからさまにがっかりした表情となる。その彼女の反応に苦笑しながら、ヒスは再び雑誌に視線を落とした。
「そろそろ部屋のカーテンを新しいのに変えたいと思ってたんで、通販誌だったら丁度いいなと思ったんですけど」
「おいカナリティア、カーテン新調はかまわんが、それ俺の金で買う気じゃないだろうな?」
再び雑誌から視線を外したヒスが、どこか不安げな表情でそうカナリティアに問う。するとカナリティアは微笑みながら、「大丈夫ですよ、私の給料で買いますから」と答えた。
「あぁ、そうか……ならいいんだが」
「まぁそういうわけでですね、来月にはカーテン新しくしたいので来月はボーナス下さい。そのお金でカーテン新しいの買ってこようと思います」
「ちょ、待て! なんかその理屈おかしいだろ!」
カナリティアのむちゃくちゃな頼みに、ヒスは呆れた顔をしながら「ボーナスなんて出さないからな」と断る。それを聞き、カナリティアは不満げな顔をした。
「ヒスのケチ」
「け、ケチってなんだよ! いつも普通に給料出してるじゃないか!」
「夜中にこっそりとあなたのベッドにシャルルを忍び込ませますよ。想像してみてください、朝起きたらシャルルがあなたの隣でさも当たり前のように寝てるんですよ。怖いでしょう」
「俺を脅すな! しかも確かに地味に怖いな、それ!」
「そしてあなたの大事な眼鏡をシャルルが奪って、予備を含めた全ての眼鏡をシャルルのものにしちゃいますよ」
「それだけは止めてくれ! 眼鏡だけは……眼鏡にだけは手を出さないでくれ!」
そんな感じでヒスが自分の眼鏡だけは守ろうと懇願していると、診療所の外から元気で能天気な声が聞えてくる。
「カナリティアさーん!」
よく知る声で自分の名が外で呼ばれ、カナリティアは反射的に嫌な顔をした。
「この声は……」
カナリティアを元気に呼んだ声の主は、彼女に好意を抱く青年のカイナだ。
「あぁ、お前の彼氏じゃないか」
「ヒス! 本当にシャルルでコテンパンに襲いますよ!」
ヒスのからかう言葉に、カナリティアは本気で怒った様子となって彼を睨む。そうして彼女は「カイナはただの迷惑な友人なだけです!」と、ヒスの認識を訂正した。
「はいはい。……って、一応友人ではあるんだな」
「一応ですけどね。限りなく他人に近い友人ですよ」
そう冷たく返事を返しつつも、カナリティアは玄関へと歩いていく。
なんだかんだで無視してあげない優しさは彼に対してあるんだなぁと、そう思いながらヒスは苦笑いしながらカナリティアを見送った。
玄関に向かったカナリティアが戸を開けると、最高の笑顔でカイナがそこに立っていた。
「どうしました、カイナ。頭の調子が悪いんですか?」
一方でカナリティアは不機嫌そうに彼を見ながらそう彼に言葉を向ける。何気にひどいカナリティアの言葉だが、カイナは気にせず「頭は正常ですよ!」と元気に答えた。
「そうですか……じゃあ別に用は無いんですね。さよな……」
「あー、待ってください! 戸を閉めないで! 用、あります! 超ありますから!」
さっさと戸を閉めようとするカナリティアをカイナは制止し、カナリティアはそんな彼に「何ですか?」と迷惑そうな感情を隠さない眼差しを向ける。カイナはそんなカナリティアの眼差しにも心を折らず、元気なままで彼女にこう返事をした。
「随分と遅くなっちゃいましたが、お約束どおり今日から夕飯を作りに来ました!」
「……何ですって?」
一体なんの約束だと、そう問おうとしてカナリティアはハッと気づく。自分が知らない約束なら、知っている人物はあと一人しかいない。
「ヒスぅぅぅぅぅぅっ!」
地の底から響くような禍々しい声で叫びながら、カナリティアはシャルルを引き連れ鬼のような形相でヒスの元へと戻っていった。
「ヒス! あなたカイナと何か余計な約束しましたね!」
「うおっ! なんだカナリティア、そんな怖い顔して!」
鬼のような形相で戻ってきたカナリティアに驚いて、ヒスは思わず読んでいた雑誌を床に落とす。
カナリティアは怖い顔のままヒスの前で仁王立ちし、驚く彼にこう言った。
「カイナですよ、カイナ! 今彼が夕飯作るとか訳わからないこと言って来たんですけど、あなたがそういう約束したんですか?!」
「あー……そういえばしたかもなぁ、だいぶ昔に」
すっとぼけた態度でそう返答するヒスに、カナリティアはますます鬼の形相となる。
「私に内緒でそんな余計なことを……そうですか、ヒスはそんなにシャルルに眼鏡粉砕されたいんですか」
「ちょっと待て、そんなことくらいで怒るなよ! め、眼鏡には手を出すな!」
カナリティアの背後で無機質に笑う巨大な緑色のうさぎの人形が、ゆらゆらと腕を揺らす不気味な動きをし始める。何か殺る気満々なシャルルの姿を見て、ヒスは本気で青ざめた。
「そ、そんなに怒るなよカナリティア! いいじゃないか、カイナが夕飯作ってくれたって! 俺だって毎晩献立考えるのしんどいんだよ! 仕事に専念したいから、それくらいの楽はさせてくれ!」
「だからってよりによってカイナに頼むとかおかしいじゃないですか! それなら私が作ります!」
「お前はお菓子しか作らないじゃないか! 毎晩ケーキやパイを食卓に出されたら嫌だ! 」
「いいじゃないですか、パイが夕食でも! 多分ミートパイならなんとか作れると思いますし!」
「毎晩ミートパイだって嫌だろ、普通!」
そんなふうに二人が言い合っていると、玄関で放置プレイされてたカイナが「あの~、お邪魔しちゃいますね」と言いながら部屋へとやって来る。ヒスはカイナの姿を見ると、「カイナ、助けてくれ!」と彼に助けを求めた。




