旧時代の遺産 32
ローズとユーリがそんな会話をかわしていると、さっぱり話が見えないジュラードが「一体何の話なんだ?」と口を挟む。ローズは慌てて「すまん、昔の話だ」と彼に返事をした。
「んで、ジューザスとの約束の時間まではまだ一時間以上あるな……どーする?」
目の前の宿屋の壁にかけられた時計を見ながら、ユーリがそう問いかける。ローズは「とりあえず今日の宿をとっておこう」と、ユーリの問いに返した。
「その後は……」
「その後は夕食を食べに行くべき」
今まで沈黙して皆の話を聞く役に徹していたウネが、突然生き生きとした表情で発言したことにジュラードは驚く。彼の隣では、ローズが別の理由で彼女の発言に驚いていた。
「ウネ、夕食って……さっきサンドワーム焼き食べたじゃないか」
「いやローズ、俺たちはそれ食べてないぞ」
「あ、あぁ……そうか、すまんジュラード。お前たちは食べてないな。いや、でも夕食はどうだろう……時間的にまだ早いような……」
夕食を食べるにはまだ時間が早いと考えるローズに、ウネは「だってまだバジリスクの刺身を食べていないから」と訴える。どうやら名物の『サンドワーム焼き』を食べたくらいでは、まだウネ的には満足ではないらしい。
ウネは盲目の瞳でじっとローズを見つめ、無言の圧力を彼女へ掛けてくる。その圧力に負けたローズは、どこか引きつった表情で「じゃあ、刺身を食べるか」と言った。
「マジで? 実は俺もいい加減腹減ったーって思ってたとこなんだよな」
「……実は俺もだ」
「ま、まぁ……二人は何も食べてないもんな。そうだな、じゃあ食べにい……っていいのかなぁ、本当に」
すっかり腹ごしらえしに行く気満々なユーリたちを前に、ローズはマヤやイリスに悪いんじゃないかという気持ちになって、ひどく複雑な表情でその場に立ち尽くした。
その頃、中央医学研究学会建物に取り残されていたマヤとイリスはというと、自分たちの存在が関係者にばれないように保管庫の最奥の本棚の陰に隠れながら大人しく……は、していなかった。
「……ねぇ、なんであんたは股に余計なモンが付いてて、胸がまっ平らなの? いえ、別にまっ平らもまっ平らでアタシは好きだけど、とにかくどうして性別が男なの?」
「し、知らないよ、そんなの私を生んだ両親に聞いて。っていうか何なの? さっきからそのセクハラ質問……」
「えー、だって勿体無いっていうかさー。そんなエロ顔でエロい太ももなのに男って……はぁ、つまんない……女の子だったら色々と、この二人きりっていう状況を利用して徹底的に……はぁ、ホントつまんない」
「……人の顔をエロ顔って……ひどい……つかあなたって普段私のどこ見てるわけよ」
「そうね、ぶっちゃけヴァイゼス時代のあなたのことは太ももばっかり見てたかもしれないわね。あとお尻とか? 男の癖にいいケツと太ももしてんなぁーって」
「……本当にどこ見てるの、普段……あなたって、あの頃の私をそんな目で……知りたくなかった、本気で」
「つーかホントに付いてんの? ちょっと証拠見せなさいよっ!」
「な、何言ってんの! 見せられるわけないじゃん! って、やあぁぁあぁどこ潜り込んでるのー!」
こっそり隠れていなきゃいけないというのに、二人はそんな緊張感も無く無駄に騒いでいた。
「ひいぃっ……やめっ……ローズに言いつけるよ!」
「大丈夫よ、ローズにはもっとひどい事してるからっ!」
「何が大丈夫なのそれは!」
そうして散々騒いだ後、なんとかマヤのセクハラから逃れたイリスは、心底疲労した表情で「疲れた……」と呟く。
「信じらんない……普通女性が男のズボン脱がして、下着の中に顔突っ込もうとする?」
「チッ、別に減るもんじゃないんだから見せてくれたっていいじゃない。それにそういう女も世の中にはいるわよ……それにしてもイリス、アタシわかったのよ」
「……何が?」
「アタシは基本的に男より女の子を性的に苛めるのが好きなんだけどね、顔とスタイルさえ許容範囲なら男もいけるわ!」
「……そんな話を笑顔で語られても困るよ、マジで」
「男はガチムチで逞しい方が好みだけど、セクハラする分にはあんたみたいのでも全然いけるみたい。なんだろう、アタシの中のローズ枠的な感じ? 男ローズにセクハラするのは楽しいから、それに似ているわね」
「い、意味わかんない……どういう枠だよ、それ」
「でもやっぱり付いてるのはなー……ねぇイリス、取っちゃえば?」
「やだよ、怖いことを言わないでってば!」
「大丈夫大丈夫、あんたなら取っても全然いけるって。なんならアタシが取ってあげようか?」
「嫌だって言ってるのに! 人の話聞いてる?!」
マヤの恐ろしい勧誘を全力で拒否したイリスは、ひどく疲れた顔のまま「そ、それより」と話題を別の方向へ持っていこうとした。
「やっぱりこの本、ゲシュの病気のこと詳しく書いてあるよ。ここにならリリンの病気のことも載ってるかも」
イリスはそう言って、ジュラードたちと別れてから部屋の暗がりでこっそり読んでいた赤い本をマヤに見せる。それは彼が見つけて、ユーリを台代わりに使って手に入れたあの本だった。
「へぇ、それ本当?」
イリスの報告に、マヤが興味を示した反応を返す。どうやらマヤの意識が暇つぶしのセクハラから真面目な方向へ移ってくれたようで、イリスは内心で安堵しながら「本当」と頷いた。
「って、病気の治療法自体を見つけたわけじゃないんだけどね、残念ながら」
「でもゲシュを中心に扱ってるなら、載ってる可能性は高いわ。どうせしばらくはここに潜んでいなきゃいけなくて暇だし、調べときましょうか」
「……私はさっきからそれをやってたんだけどね」
マヤが暇つぶしにセクハラに走る一方で、イリスは真面目に本を調べていたらしい。
なんだかどっと疲れた様子のイリスはまた溜息を吐き、マヤはそんなの知らん顔な笑顔で「本、アタシにも見せなさい」と彼に言った。




