もう一人の探求者 17
ジュラードが期待を込めた眼差しを向け、ローズへとそう言う。自分の怪我を治した彼女の癒しの力ならば、もしかしたら妹の病も治せるのでは無いかと彼は期待したのだ。
だがジュラードのその期待に、ローズは顔を曇らせて「申し訳ないが」と呟く。
「私は怪我は治せるが、病気は……」
「何故だ? 俺のあの怪我が治せたんだ。もしかしたら……っ!」
ジュラードの期待も虚しく、ローズははっきりと首を横に振った。
「怪我と病気は違うから……私が治せるのは、体の組織が損傷を受けた場合の傷だけなんだ。切り傷や骨折、内臓の損傷なども手遅れにならない状況なら治す事が出来る。でも魔法だって万能の力ではないんだ。例えば、いくら怪我を治す事は出来ても死者をよみがえらせる事は出来ない。癒しの魔法にも出来る事と出来ない事がはっきり分かれているんだよ」
「そんな……」
ローズにそうはっきりと拒まれても、マヤにそう簡単に諦めるなと叱咤されたばかりなので、ジュラードは「本当に何とかならないのか?」と食い下がってみる。ローズは困った様子で沈黙した。代わりに再びマヤが口を開く。
「ローズの言うとおり、魔法は万能じゃないから病気は治せないわ。でも……全く病気などに対して無力ってわけでもないわ。方法によっちゃあ、免疫力を高めたりすることも出来るわよ」
マヤはそう言い、「まぁ、その方法が妹さんの病気に対して絶対の効果があるかどうかはアタシにもわかんないけどね」とも付け足す。しかし今のジュラードは藁にも縋りたい思いなので、「どういうことだ?」とマヤに詳しい説明を求めた。
「ん~……ほら、魔法薬とかあるじゃない。あれで身体機能向上や免疫力強化など出来るのよ。魔法薬は言葉どおり魔法の力が宿った薬だからね。普通の薬より効果ある強力な薬を作れるの。そういうのが、もしかしたらその”禍憑き”って病気に効果あるかも」
「魔法薬……そんなものも作れるのか」
ジュラードの眼差しに、再び希望が宿る。しかしローズは慌てて、「私はそんなすごいの作れないぞ!」と期待して自分を見る彼に言った。
「……無理なのか?」
「そうね、ローズはそっちの知識が無いから作れないし、アタシもこの大きさじゃちょっと作るのが困難ね。でも……」
マヤはまた肩を落としそうなジュラードを励ますように微笑み、「一人、それを作れる知り合いを知っているわよ」と彼に言った。
「え……」
「あぁ、そうか、あいつなら作れるな!」
疑問に目を丸くするジュラードに、ローズが「私たちの知り合いにもう一人、魔法を使える人がいるんだ」と答える。”魔法”という力が使える人物が簡単に登場することに、ジュラードは大変驚いた。
(一体何なんだ、こいつらは……)
先ほど世界規模のとんでもない話を聞いたばかりだが、あの話もやはり未だに現実感が無いと言うか、何か夢物語のように思える。
ごく一般人の自分には理解不能な二人だとジュラードは改めて思った。
「あいつは魔法薬作るのも得意だし、私より魔法に詳しいんだ。あいつに頼めば、妹さんの病気に効果ある薬を作ってくれるかもしれない」
「あるいは、その”禍憑き”って病気が病気じゃなくて魔術的要素の絡んだ現象の何かだったら、あの子ならそれを解除することも出来るかもしれないわね。あの子は治癒の他にも、解呪魔法も多く習得しているから」
謎の病気は新たな病気の可能性以外にも、”呪い”と称される事から多くの呪いが術として存在する魔法的な何かが関係している可能性もあるとマヤは推理したらしい。
「まぁ原因は何なのか、その病気の症状も見たこと無いアタシたちにはこれが正解だってはっきり言えないわけだけど、でも今の話であなたを励ますことくらいは出来たかしら?」
「……あぁ、はっきり言ってお前たちの話の方がパンドラより希望が持てた。それで、出来ればそのお前たちの知り合いと言うのを俺に紹介して欲しいのだが……」
いつもならば自分の意見を即座に言う事など、消極的な自分には信じられない行為だったが、しかし大切な妹が助かる為ならば不思議とジュラードは積極的になれた。
そしてジュラードのこの言葉に、ローズは考える間もなく「いいぞ」と答える。そのローズの即答に、マヤはちょっぴり溜息を吐いた。
「その知り合いのところに私たちが案内するよ」
「案内って、あんた……ま、アタシ自身が提案した部分もあるから反対はしないけど……でもホントあなたはお人よしなんだから。彼にこのまま協力し続ければ、完全な寄り道になるわよー」
「マヤだって困ってる彼をほっとけないんだろう? いいじゃないか、久しぶりにあいつらにも会えるんだし。それなら寄り道したって構わないだろう」
「ん~……まぁね」
二人の会話の様子から、どうやら自分にとっていい方向に話が進んでいるようだとジュラードは理解する。
最初は面倒な時間の浪費になるかと思ったローズたちとの出会いだが、予期せぬ形での彼女たちの協力に、ジュラードはこれも何か運命なのかもしれないと真面目に思った。
「あ、あの……」
「ん?」
遠慮がちにジュラードが口を開く。ローズたちが彼に視線を向けると、彼は何処か緊張した様子で小さくこう呟いた。
「ありがとう……」
他人に何かを伝えることは勇気がいる。意識してそれを伝えようとすれば、尚更。しかし勇気を出して、ジュラードはローズたちへ感謝を伝えた。
ローズは嬉しそうに微笑み、「いいんだ、こうやって出会ったのも何かの縁なんだろう」とジュラードに言葉を返す。
「こうなったらトコトン付き合って協力するぞ!」
「え……?」
ジュラードが戸惑う声を上げると、ローズはそんな彼の反応などお構いなしに彼に手を差し伸べてくる。
「じゃあ、しばらくよろしくな! ジュラード!」
「え……あ、はい……どうもです」
ローズのノリに押されて、ジュラードは笑顔の彼女と握手してしまう。協力自体は嬉しいが、何か彼女は自分の想像以上に協力する気らしい。トコトンって一体どれほどなんだろうと、握手しながら彼はちょっぴり不安になった。
「……」
何が不安かって、今こうしてローズと握手している自分を、呪い殺すかのような目で睨んでくるマヤが、だ。
「ローズと握手……許さん、接触に関しては全部記録して、別れの最後に接触した分だけボッコボコにしてやる……」
長くローズと行動を共にすればするほど、それだけこの小さい存在の恨みを買う結果になりそうで、ジュラードはちょっとだけ憂鬱な気分になった。
【もう一人の探求者・了】




