旧時代の遺産 30
「んん……」
小さく声を漏らし、彼らはほとんど動じに目を覚ます。目を覚ました彼らは、その後しばらく自分たちの状況を把握できずに茫然としながら、その場にただ腰を下ろしていた。
「あれ……俺、なんで寝てたんだ……?」
「さぁ……」
保管庫前で警備をしていた男二人は、やがて互いに顔を見合わせながら、何故突然自分たちが寝てしまったのかという当然の疑問を口にする。だが考えても答えは出ない。
彼らはやがてハッとしたように周囲を見渡し、そして急いで立ち上がった。
「と、とりあえず……誰にも気づかれてないよな?」
「そうですね……多分、大丈夫……」
「……じゃあこのまま、今のは内緒ってことで」
「は、はぁ……」
そう言葉を交わしあい、二人は意識を眠りの落とす前と変わらぬ姿勢でまた保管庫前の警備を続ける。
「……なぁ」
「なんすか?」
「……なんか俺、今すっげー……いい夢見てた気がするんだけど」
「……自分もです」
本当になんだったのだろうと、二人は狐につままれたような気持ちのまま仕事を続けた。
ジューザスの援護でジュラードとユーリは、上手い事施設の外へと脱出することが出来た。
ジューザス自身が客人ということで、彼の後について進んで行ったユーリたちは内心で冷や冷やしたが、しかし元々様々な場所からの訪問者が多い場所ということもあって、怪しまれる危険性が少なかったのだろう。
「いやー、マジ助かったわ、ジューザス」
「いや……しかし君たちはこんなところで一体何をしていたんだい?」
施設を出た三人は、人々がまばらに行きかう建物のすぐ前の道路で、そう立ち話を始める。
訝しげな様子のジューザスの問いかけに対して、ユーリは大真面目な顔で「人助けだよ」と答えた。
「人助け?」
「そ。……つか、おかしいな……ローズたちの姿、見えねぇな……」
建物の外で待っているはずのローズたちの姿が見えず、ユーリは「マジで暢気に観光してんのかな、ローズたち」と呟く。それを聞き、ジューザスは「ローズ君たちもやはり近くにいるんだね」と言った。
「あぁ、いるぜ。アーリィも……あとウネも一緒だ」
「えぇ?! ウネって、あのウネかい?!」
何故魔界に帰ったはずの彼女が……と、さっきから驚きっぱなしのジューザスに、ユーリは長くなりそうな説明を省いて「ま、色々事情があって」とだけ返事した。
「色々、か……その色々を聞いてみたいんだけどね」
「だったらこれから俺らと一緒にローズたち探しに行くか? したら、探してる間にでも軽く説明してやるよ」
「う~ん……そうしたいけど、私にも用事が合ってね」
ジューザスはそう残念そうに答えると、懐から時計を取り出して時間を確認する。
「そうだな……夕方になっちゃうけど、五時前くらいには私も暇になるんだ。マヤたちのことでまだ手伝わなきゃいけないみたいだし、その時間にまたここで会うというのはどうだい?」
ジューザスはそう言うと、「その時に色々話を聞かせてくれ」とユーリに告げる。ユーリは「あぁ、別にそれでかまわねぇぜ」と頷いた。
「ジュラードもいいよな?」
「あ、あぁ……」
施設内に置いて来てしまったイリスやマヤのことを心配していたジュラードだが、ジューザスはまだ中に用があるようだし、彼がこの後も建物内にいるならばまだ多少は安心できるのかもしれない。
「あの……マヤたちのこと、頼む……」
小さくそうジュラードがジューザスに言うと、ジューザスは気さくな笑顔で「あぁ」と彼に返事を返した。
「それじゃあまた後で」
「あぁ」
ジュラードたちは、施設の前で一旦ジューザスとも別れる。そうして建物の中へと戻っていたジューザスを見送った後、二人はおそらくは観光を楽しんでいるであろうローズたちを捜す為に街中へと歩き出した。
「なんだか、お前たちは知り合いが多いんだな」
「え?」
ローズたちを捜して街中を歩いていると、不意にジュラードが独り言のような言葉をユーリへと向ける。
それに対してユーリは、周囲の人々に視線を向けながら「そうか?」と返事をした。
「だって、さっきの男も知り合いじゃないか。……お前たちと一緒に行動するようになって色んな人と会ってきたけど、大半は知り合いとか知ってるとか……なんかそんなんだった気がする」
「あー……でもたまたまだって。たまたま、昔に色々あった知り合いに会っただけだよ」
「たまたま、か……」
「そ、たまたま。つかさ、むしろ俺的には、お前らとこうして旅するようになって、急に昔の知り合いと再会するようになったって感じなんだけど」
「そ、そうなのか……」
頷くジュラードを横目で見ながら、ユーリは少し笑みながら「しっかし、確かによく会うよな」と呟く。
「正直さ、俺はあんま会いたくねぇって思ってた奴らとの再会も多いんだけどさ……でも、やっぱ会ってよかったのかも」
「どういうことだ?」
疑問の眼差しを向けてくるジュラードに、ユーリは笑みに少し苦い感情を滲ませた。
「んー……俺はローズみたいに、いい意味で単純じゃねぇからさ。イリスも、さっき会ったジューザスとも、昔は良い感情を持っては付き合えなかったんだよ」
確かにユーリの言うとおり、再会して当初のユーリとイリスは何か互いに互いを避けているような雰囲気があったと、そうジュラードは思った。
「……何か……その、色々あったんだろうか?」
他人の過去を聞く事は、容易いものではないとジュラードは理解している。そこは他者のプライベートな部分でもあるので、軽い気持ちで聞いては後悔することの方が多い。
だからどこか曖昧な聞き方になってしまったのだが、ユーリはジュラードのそんな問いかけに、苦い笑顔のままで「まぁな」と答えた。
「色々あったんだ。聞いても面白くない話だから言わないけど」
「そうか……」
やはり余計な事を聞いてしまったのだろうかと、表情が暗くなったジュラードに、ユーリは明るい笑顔となって「なんだよ、気にすんなよ」と声をかける。
「さっきも言ったけど、今は『会ってよかった』って思う気持ちの方が強いんだし、今の俺にはそこまで深刻な話じゃねぇよ」
「そう……なのか?」
「そうそう。今は別にイリスとも、ふつーに接する事出来てるしさ。だから『会ってよかった』って思うんだよな」
「……あれは普通なのか?」
口汚く言い合ったり睨みあったり、時には本気で殺しあおうとしたりするのが”普通”なのだろうかと、ジュラードは本気で悩む。そうやってジュラードがまた一人で悶々と悩んでいると、何かを見つけたらしいユーリが「あっ」と声を上げた。
「どうした、ユーリ」
ジュラードがそうユーリに声をかけると、ユーリは宿屋の前を指差して「見つけた」と言う。ジュラードがユーリが指差す方に視線を向けると、ユーリが『見つけた』と言った意味が直ぐにわかった。
「あ、ローズたち」
ジュラードは視線の先にアリアにそっくりな人物の姿を見つけ、そう声をあげる。そして直ぐに彼は眉根を寄せた表情となった。
「……なんであいつらは、あんなに満足そうな顔をしているんだ?」
「アーリィのモログッズも順調に増えてるし……まぁ、観光を存分に楽しんだんだろうよ」




