旧時代の遺産 23
主にアサド大陸内の医者や医学研究者が集まり、医学においての情報の収集や交換、研究の成果の発表などを行うのがここ『中央医学研究学会』だ。
しかし最近ではその活動を世界各地に広めているここは現在、様々な人種の医療関係者が集う場所となっている。
そしてその建物内部は広く、会議室や講堂の役割を持つ広間、研究室や資料保管庫などが複数内部に設置されている。だが中は重要資料などが多く保管されていることから関係者以外の立ち入りを禁じており、正面入り口の受付で部外者などは入場をまず断られるのだ。
ユーリの心配を余所に堂々と建物内に入ったイリスは、そのまま堂々と入り口正面の受付の前を素通りする。驚くことにイリスは、本当に堂々と正面から建物内へと入ってしまったのだった。
受付に座っていた若い女性の一人が、一瞬イリスの後に続いて入ってきたユーリたちを見て何か怪訝な表情をしたが、しかしそのまま呼び止めることも無く彼らを中に入れる。
「……驚き、マジで入れたな」
「あぁ、そうだな」
拍子抜けするくらいあっさり進入出来た事にユーリとジュラードが驚いていると、少し先を行っていたイリスが小声で「早くついて来て」と二人に言った。
やがてイリスは少し通路を進むと、人気の無い倉庫のような部屋を見つけてそこに素早く身を隠す。ユーリとジュラードはそれを不思議に思いながら、イリスの後に続いて部屋に身を隠すように入った。
「おい、なんだよ? せっかく中入れたんだから、ちゃっちゃと進もうぜ?」
何故か一旦移動することを止めたイリスに、ユーリが疑問の表情でそう声をかける。ジュラードも不思議そうな表情で、部屋の壁に背を預けて立つイリスに視線を向けた。するとイリスは大きく息を吐き、若干疲労した表情でユーリに言葉を返す。
「……なんか、思ったよりしんどい」
「はぁ?」
ユーリがますます訳がわからないといった顔をすると、マヤが二人のやり取りに口を挟んできた。
「あぁ、相手を惑わす事が思ったより力使うってことでしょ。まぁ魔物の能力も魔法と同じで、体力とか魔力とか何かしらを消耗するもんだからね。それが一度に複数人を相手にするとなると、消耗は激しいわよね」
マヤの説明にイリスは頷き、「ちょっとこれ、使用制限あるかもしれない」と、また今更な事をユーリたちに言った。
「えぇ? お前、そんなこと今更言われても困るだろ」
「そうは言っても……やってみなきゃわかんないって言ったじゃん。とにかく、最低限どうしても人と接触しなきゃいけない場面以外では使わないように進むしかないよ」
イリスがそう溜息と共に言うと、マヤは「それは仕方ないわね」と返事する。
「ということは、なるべくこうやって隠れながら目的の部屋を探して忍び込まなきゃいけないってことか……」
なんだかやはり難易度高そうなミッションに、ジュラードが不安そうな顔で「出来るだろうか」と呟く。するとイリスとユーリは、それほど深刻な不安を抱いてなさそうな顔でこうジュラードに声をかけた。
「大丈夫だよ、ジュラード。幸い中にそんな人気は無いし、なによりこういうことに私とユーリは馴れてるし」
「そーそー。お前は何も考えずに俺らの後ついて来りゃいいぜ」
「え? あ、あぁ……」
何故か自信有りげな様子のイリスとユーリに、ジュラードは怪訝な表情で曖昧に返事をする。
一体何が大丈夫でどう馴れているのか、それが凄く気になったジュラードだったが、また彼の悪い癖が出て結局それは聞けずじまいのまま進む事となった。
そういうわけで改めて侵入作戦を進めることになったジュラードたちは、イリスを先頭にしてなるべく人目につかぬように慎重に建物内を移動するという方向で移動を行う。ジュラードは最後尾に付き、ユーリの後姿を必死に追いながらイリスたちについていった。
ジュラードにはさっぱり意味がわからなかったイリスとユーリの自信満々な態度だが、しかし当人たちの自信に偽りは無いようで、彼らはジュラードの不安と心配を余所に手際よく身を隠しながら建物内を奥へ奥へと進んで行く。しかも二人は闇雲に奥へ進んでいるわけでは無いようで、部屋を一つ一つ確認しながら貴重な資料の保管されている場所を予測して進んでいるようだった。
とある場所でイリスは一度足を止め、先を警戒するように傍の物置の影に身を隠す。ジュラードたちも彼に続いて息を潜めながら隠れた。
「……う~ん、あそこは隠れては進めないみたいだね」
見通しのよい長い渡り廊下を前に、そこを眺めながらイリスは呟く。廊下手前の階段ではひっきりなしに人が降りたり上ったりを繰り返し、人の目を逃れて先へ進むのは難しそうな状況である。
「仕方ない、アレをやるしかないか」
「そういえばさ、お前は一体どういう幻覚見せてんだ?」
決意したように険しい表情を見せたイリスに、ふと疑問を思ったユーリが小さく声をかける。
するとイリスは「だから、私が関係者に見えるようにしてるだけだよ」と答えた。
「それは知ってるっつの。そうじゃなくて、関係者って誰だよ」
「え? ……う~ん、誰だろう?」
首を傾げるイリスに、ユーリは「おい、なんでわかんねーんだよ」ともっともな疑問を重ねる。イリスは困ったような顔で、「だって」とこう説明した。
「ここに入る前に見かけた白衣来た人の姿を覚えて、その人の姿に見えるように術かけてんだもん。誰かまではわからないよ」
「なんだそりゃ、適当すぎんだろ」
「白衣着た人って一体誰なんだろうな……」
ジュラードが思わず呟くと、マヤが「そんなの誰でもいいわよ」と言う。
「さ、先進みなさい、ほらほら」
マヤに急かされ、ジュラードたちは再び動き出した。
「んー……資料保管庫はこの先かな……」
さらに建物内奥へと進んだ後、薄暗い階段下のスペースに身を隠しながらイリスはそう呟く。顔を僅かに覗かせた彼の視線の先には長い廊下があり、突き当たりの大きな扉がある部屋には警備員らしき人物が二人立っていた。そこが資料庫だろうと、イリスは予想したのだろう。
「そうね、あそこが一番怪しいわね。警備員なんて雇っちゃってさ」
イリスの推測にマヤも頷き、ジュラードはイリスの後ろから少し顔を覗かせて部屋を見る。そして彼は警備員を見て、思わず顔を顰めた。
「あれじゃこっそり忍び込むのは難しそうだな」
そう小声で呟いたジュラードに、ユーリがすかさず「じゃあイリスを使うしかねぇな」と言う。何かすごく便利な道具扱いされてることが気になったイリスだが、「はいはい」と返事をした。
「あー……でもここに来るまで合計四回、力使ったよね……そろそろやばいかもしれない」
「おい、お前ヤバくなんの早すぎだろ。天下のテクニシャンなイリスさんがそんな早漏だったとは知らなかったぞ」
「早漏はユーリ、てめぇの方だろ。……そうじゃなくて、真面目な話だから。私もここまで消耗激しいものとは思わなかったんだよ」
そう言って溜息を吐くイリスは、わりと深刻な表情となってこう呟く。




