旧時代の遺産 19
町の散策に行っていたウネが安宿に戻ってきたのは、もう後一時間ほどで日付が変わるという時間だった。
ふふふ~ん、と、ご機嫌に鼻歌交じりで部屋の前まで戻ってきた彼女は、部屋の前で一旦足を止める。何故彼女が足を止めたかと言えば、夜中だと言うのに部屋の中が騒がしかったからだった。
「?」
宿屋に怒られるんじゃないかと思うくらいに何か騒がしい室内の様子を窺おうと、ウネは部屋のドアに耳を押し当てる。そして中から聞えてきたのは。
「ユーリ、もっとあっち行け! ローズから離れろ!」
「無茶言うなマヤ、こっち狭ぇんだよ! つか俺の寝床の範囲狭すぎじゃね?! もっと平等に分けろよ!」
「マヤもユーリも静かにしてくれよ……アーリィとうさこはもう寝てるし、私も眠いし……」
「俺も早く寝たいんだが……」
「……ねぇ、私外で寝ていい? この部屋よりはマシな気がするし……」
どうも狭い室内で大人数が寝る事にはやはり問題があるようで、中でまだ何か揉めているらしい。ウネは先ほどまでの機嫌の良さもどこへやら、急に憂鬱な気持ちになりながらそっとドアを開けた。
そして彼女に小さな悲劇が起きる。
「……ぶっ!」
ドアを開けた途端にウネの顔面目掛けてあの埃っぽい毛布が飛んでくる。直後にどうやらそれを投げたらしい犯人のユーリが、「あ、ウネわりぃ!」と驚いて立ち尽くすウネに謝罪を述べた。
「……痛い」
「わりぃ、マジごめん!」
まぁ顔に当たったとはいえ投げられたものは毛布なのでそこまで痛いものではないが、条件反射でウネは当たった衝撃についての感想を呟く。
ユーリが本当に申し訳無さそうに彼女に謝ったが、その後ろでマヤがユーリを悪者扱いし始めた。
「最低ユーリ、女の子に毛布ぶつけるなんて! 非常識! 鬼畜! 卑猥!」
「わ、わざとじゃねぇよ! それに当てようと思ったのはマヤ、お前にだよ! つか卑猥は関係ねぇだろ!」
「どっちにしろ女性に毛布を投げようとしたんだな……それはどうかと思う」
ジュラードまでもが真顔でユーリを非難するそうなことを言い始めたので、ユーリはちょっと涙目になりながら「何だよ、お前ら皆して俺を苛める気かよ!」と騒ぐ。
「なぁローズ、皆が俺を苛める! でもお前は俺の味方だよな!」
「悪い、今の私は静かに寝かせてくれる人の味方だ……つまり一番うるさいお前は一番敵かもしれん……」
むにゃむにゃと今にも瞼を落としそうな顔でそうローズがユーリへ返事をすると、ユーリは本気でショックを受けた様子となる。
「何それ、俺には味方は誰もいねぇのかよ!」
「私、味方してあげようか?」
しつこく叫ぶユーリにイリスが小さく手を上げながらそう言うと、ユーリは今度は静かに「お断りします」と即答した。
「な……むかつく、じゃあ絶対味方しない」
「あぁ、お前に味方されるくらいなら敵だらけの状況のがまだマシだ」
ユーリがそう言ってイリスに挑発的な視線を向けると、プチ切れたイリスはもう一つ残っていたぼろい毛布を彼に向けてブン投げる。
「いたっ! てめぇ!」
「ごめんね、心と体のバランスが崩れて手が滑っちゃったみたい」
「意味不明な言い訳すんな! こんの野郎!」
「反抗する気!? ねぇ妖精さん、ちょっとこの馬鹿黙らせるの手伝ってほしいんだけど!」
「いいわよんイリス、このアタシがお手伝いしてあげるわ! 感謝しなさい!」
「なんだよ、お前ら手を組むとか卑怯だぞ! ……ローズ!」
「……手伝わんぞ、眠いから」
「ひどい! ローズが俺を裏切るなんて!」
「はっ、唯一の親友に裏切られて残念だったね!」
「さぁて、覚悟はいいかしら?!」
「ぎゃああぁ、来るな悪魔共めー!」
そうしてまた騒がしくなった室内に、ウネは何か不思議な気持ちになりながら入ってそっと床に腰を下ろした。
「……どうしたんだ?」
どこかボーっとした様子で自分の傍に腰を下ろしたウネに、ジュラードがそう声をかける。するとウネは見えない瞳でマヤとイリスのコンビによって毛布でぐるぐる巻きにされているユーリを見ながら、ジュラードの問いに答えるように口を開いた。
「賑やかだなって……そう思ったの」
「あぁ……確かにな。ちょっと……いや、すごく迷惑なくらいに賑やかだよな」
顔を顰めながらそう答えるジュラードとは対称的に、ウネは穏やかな微笑を口元に浮かべて騒ぐユ ーリたちの方を向く。
やがてウネの表情の柔らかさに気づいたジュラードは、意外そうな顔をしてウネを見つめた。
「ん、なんだ? なんで笑ってるんだ?」
「いえ、楽しそうだから……羨ましいと感じたのかもしれない」
ジュラードの問いにそう答えたウネは、「羨ましい?」と首を傾げた彼にさらにこう答える。
「賑やかな雰囲気……そういうの嫌いじゃないから。むしろ好き。でも、私はどうもああやって騒げない性格みたいで……」
「……あのうるさい中に入りたいと思うのか?」
アーリィとうさこが寝てる横で未だ騒がしく攻防を繰り広げるユーリたちに、ジュラードは再び呆れた視線を向ける。ウネは少し考えてから、「きっと」とどこか自分の感情を他人事のように答えた。
「なんだそれは……あんな中に入っても疲れるだけだと思うけど」
「でもそれ以上に楽しい気分になる気もする。たくさん人がいるからこそ、出来ることだとも思うし」
「……まぁ、それは確かにそうかもしれないな」
たくさんの仲間がいるからこそこうやって賑やかに出来るのだということは、確かにそうだとジュラードも納得する。ウネは薄く微笑んだ表情のまま、小さく「いいな」と呟いた。
「……そう言うなら、お前もあの中に入ってくればいいんじゃないか?」
「え……でも……」
先ほど自分で申告したとおり、ウネは賑やかな事は嫌いではないけれど、率先してその中に入れるような性格ではないらしく、ジュラードの勧めに遠慮した反応を返す。
「私はあそこまで元気には騒げないから……」
「でも羨ましいって思うのだろう? だったら……」
そもそも彼らを羨ましいと思うならば、もっと積極的に関わっていけばいいんじゃないかとジュラードは思う。




