旧時代の遺産 18
また結局睨みあう事となった二人の前から、酒臭い臭いを吐きながら何かを上機嫌に語り合う大柄な二人の男が歩いてくる。ユーリたちはそれに気づかず、互いの顔を見ながら口汚く罵り合いを始めた。
「ハッ……少しは大人になってるかと思いきや、あれから三年経ってもてめぇはホントにガキのままだなユーリ」
「んだと? てめぇこそ少しはマシになってるかと思いきや、腐った性根は相変わらずじゃねぇか」
「性根が腐ってんのはてめぇの方だろ。それとも腐ってんのはその容量少ない脳みそか?」
「あぁ? おいてめぇ、今までのエセ良い人口調はどうしたよ? 猫かぶるよゆーねぇほど、俺に言われた事が図星だったっつーことか?」
「うるせぇな、テメェに良い人ぶってなんの得があんだよ」
「わーやだやだ、やっぱり良い人ぶってたんだー。超性格悪ぃー」
さっきまでの穏やかな言い合いはどこへやら、今度は本気でにらみ合いながら口調荒く罵りあう二人に、前方から歩いてきた人影が近づく。そしてその内の一人に、ユーリの肩が僅かにぶつかった。
「っとぉ……わり……」
「んだぁ、ガキ! どこ見て歩ぃてんだぁ!」
ぶつかった事に対してユーリが軽く謝ろうとすると、相手の男は予想外に大袈裟な怒りの反応を彼に返す。おそらく酔っているのだろう。酒臭い息と共に、男はユーリたちに対して必要以上に因縁を付けてきた。
「テメェ、俺にぶつかっといてただで済むと思ってんじゃねぇだろうな」
「謝って済むと思ってるなら脳みそお花畑過ぎるぜ、小僧」
なんだか変に血気盛んでめんどくさいのに絡まれたなぁとユーリたちは思いつつ、取りあえず男たちの言い分を聞いてみることにする。すると案の定というか、酒の勢いで血の気が増しているらしい男たちは、むちゃくちゃなことを彼らに言ってきた。
「一発ぶん殴ってちゃらにしてやるよ、ガキ」
「はぁ……」
面倒くさそうに適当に返事をしたユーリに、肩がぶつかった男はさらに激昂する。
「おいガキ、舐めた態度取ってんじゃねぇよ! やっぱり一発殴るくらいじゃ足りねぇなぁ、てめぇは!」
ユーリの適当な態度が癪に障ったらしい男は、浅黒く日に焼けた逞しい腕をこれ見よがしにユーリたちに見せながら、ポキポキと指を鳴らす。それをイリスは欠伸をかみ殺しながらボーっと眺めた。
「……イリス、どーする? 俺正直こーいうおっさん相手にするのヤなんだけど。むさ苦しくて相手にしても楽しく無いわけよ」
「んー……私もこういう低脳なのには関わりたくないかな。なんか、見るからにバカがうつりそうで近づくのも嫌。さっさと逃げよっか?」
「でもさぁ、こういうのってしつこく追いかけてきそうじゃね?」
「あー……かもね……」
小声で正直なことを囁き合う二人を見て、男たちはさらに怒りがヒートアップする。
「なんだてめぇら、コソコソ話しやがって……全く反省してねぇな……」
「つかなんだこのガキ、女連れとか生意気過ぎだろ。いい気になってんじゃねーぞ、小僧」
何か勘違いをする男たちの様子に、やっとこの二人もこの理不尽な状況に対して真面目に対抗する気となる。
「うっわ最悪、私あんたの女と思われてるの? いろんな意味で本当に最悪」
「そりゃこっちの台詞だボケ、てめぇととかマジ勘弁。そーいう趣味もねぇし。マジでこいつら脳みそねぇな」
変なところで怒りのスイッチが入ったユーリたちは、今までの気の抜けた態度から一変し、男たちに対して鋭い眼光を向けた。その二人の様子の変化に、男たちは一瞬たじろぐ。
「ところでユーリ、私は平気だけどあんたも丸腰だよね。あんたはその辺の道の端っこで指くわえて見てる?」
「ざけんな、こんな 雑魚素手でヨユーだっつの」
「これくらいの馬鹿相手なら、別に一人でも十分なんだけど」
「だったらてめぇが指くわえて見てろよ」
こういう状況になってもなお反発しあう二人の様子に男たちは戸惑いながらも、もう後には引けないので拳を握り締めた。
「なんだか知らねぇが、仲間割れする余裕があるなんて生意気じゃねぇか!」
そう叫んだのは、ユーリと肩がぶつかった男。彼は叫んだと同時に、ユーリの顔面目掛けて拳を振るう。しかしユーリはそれを身を低くして軽く避け、カウンターで男の腹部に自身の拳を突き入れた。
「ぐあっ……!」
くぐもった声を上げてよろめく男に、ユーリは冷めた笑みを見せて「なんだ、やっぱ雑魚じゃん」と呟く。
「てめぇ!」
反撃された事に逆上したもう一人の男がまたユーリへ飛びかかろうとしたが、彼の胸元を長い黒のブーツを履いた足が鋭く蹴り付ける。男は一瞬呼吸できない程の衝撃を受け、声も出せない状態で地面に尻餅をついた。
「ユーリばかり人気者で嫉妬しちゃうんだけどなー。私を無視しないでほしいな」
もう一人の男に強烈な蹴りを食らわせたのは、やはり冷めた笑みを口元に浮かべて男たちの前に立つイリスだ。彼の言葉にユーリは心底嫌そうな顔で、「むさい野郎にモテても嬉しくねぇよ」と言った。
「くっ……」
ユーリたちの予想外の反撃に、男たちの酔いも冷める。彼らは明らかに一般人ではない者たちに難癖付けてしまったと、今更にそれに気がついたようだった。
「なんだてめぇら……只者じゃねぇな」
「何者……傭兵……いや、マーダー?」
「んにゃ、ハズレ。ただの店の主人ですよー」
「それと孤児院の者ですけど」
慄く男たちに正直にそう自己紹介した二人は、凶悪な笑顔でさらに彼らを怯えさせる。
「で、どうするユーリ? 先に喧嘩売ってきたのはあっちだし、徹底的に殺る?」
「そーだなー……なんか態度がむかついたし、そうしたいけど……」
かつてヴァイゼスで『最悪の危険物二人組』と不名誉なあだ名で密かに恐れられていた二人の笑顔は、ぞっとする死神の微笑みだった。
しかしもうあの頃の自分たちでは無いので、ユーリは邪悪な笑顔のままこうイリスに返事を返す。
「ここは手加減して半殺しで許してやろうぜ。なんてったって今の俺たちは、ただの平凡に働いて暮らす善良な一般人だからなー」
「あぁ、そうだね。善良な一般人が物騒なことはしちゃいけないよね。……じゃあ半殺しで」
「ひっ……!」
先ほどまでの威勢はどこへやら、男たちはユーリたちの纏う邪悪なオーラに怯えて顔面蒼白で震えだす。
一体どこが善良な一般人なのか不明な凶悪な笑顔のままで、ユーリとイリスは「覚悟はいいよな?」「覚悟はいいよね?」と口を揃えて男たちに聞いた。




