旧時代の遺産 14
ローズがマヤに頼んだサポートは、身体の強化だ。
マヤのサポートによってアレスのマナの持つ攻撃性を体に宿してもらい、ローズは更なる身体の強化を一時的に行った。その結果に、今の彼女はその細い腕に凶悪な破壊力を秘める事となる。その力で彼女は、サンドワームに挑もうとしていた。
元々ハルファスの加護を受けて身体強化している上に、彼女はマヤの魔法によって無理矢理力を上乗せさせて破壊力を得た。今の自分の力なら、宣言どおりサンドワームを一撃で沈めることは可能だろう。だがその強大な力に、肉体が耐えられるかどうかはまた別の話だ。どうなるかは、やってみるしかないとローズは思う。
「あああぁああぁぁあぁっ!」
雄雄しく叫びながら、ローズは落下と同時に振り上げた大剣の刃を振り下ろす。その一撃に、今自分が持つ力の全てを込める。
そして振り下ろした刃が、頑丈な甲殻の鎧にめり込む。”切る”というよりは”壊す”という方が正しい表現に思える一撃が、サンドワームの胴部分の鎧をほぼ破壊した。そしてそのまま重力に逆らわず、ローズは刃をサンドワームの肉体にめり込ませながら着地する。
頑丈な鎧に守られていたサンドワームの肉体は脆く、沈み込むローズの剣が肉体を断ち切っていく。体の大部分を一撃で破壊されたサンドワームはくぐもった声を発しながら、ローズと共に砂の中に落ちた。
「ローズ!」
砂煙が上がる中で、マヤはローズの安否を確認する為に、彼女の元へと急ぐ。
「ロ ーズ、大丈夫!」
マヤがそう大声で叫びながら砂煙の中を飛んでローズを捜すと、崩れ落ちて絶命したサンドワームの体の傍で「大丈夫!」というローズの返事する声が聞えた。
「よかった、ローズ、無事だったのね」
「あぁ、無事だけど……でも」
安堵してローズの傍に飛んでいくマヤは、ローズの言う『でも』に嫌な予感を感じて、再び表情を険しくさせる。
「なに、どっか怪我した?!」
「あ、いや……そうじゃなくて」
砂煙が徐々に収まると、ローズの様子がマヤにも見えてくる。ローズは幸いにもあの強力な一撃を放ったことで腕が壊れるというようなことは無かったようだが、崩れ落ちたサンドワームの足の上に立った彼女の姿はわりとひどいことになっていた。
「最悪だ、見てくれよ……サンドワームの体液でベトベトになってしまった……」
げんなりした様子でそうマヤに報告するローズは、甲殻の下の中身を切った事で噴出したサンドワームの体液をもろに浴びて、体中が白く濁った液体に塗れでアレなことになっていた。
そんな姿のローズを見て、マヤは真顔で一言。
「……エロい」
「え、何で!?」
マヤの率直な感想の意味を理解してないローズは、本当に不思議そうな顔でマヤを見返す。マヤは一先ずローズが無事だった事に安堵した。
「それにしてもあなたって……お色気担当にも程があるわよ。なんなの? アタシに襲われたいの?」
「な、何の話だよ! それより……あぁもう、本当に最悪だ……下着まで汚れた……中までヌルヌルで気持ち悪い」
「はぁ!? 下着をサンドワームの白いヌルヌルした体液で汚されたですって?! いやらしいわね、今すぐ履き替えて来い!」
「さ、砂漠の真ん中でどうやって!」
「うるせー、いいから履き替えろ変態、痴女! あなたを白いヌルヌルしたもので汚していいのはアタシだけなのよ、バカ!」
「わ、訳がわからないって、マヤ! 何でそんなに怒ってるんだ?! っていうか、そんなことしてる場合じゃないだろ! まだ敵は残って……」
本気で怒るマヤを不思議に思いながら、ローズは残るサンドワームがどうなったのかと周囲を見渡す。そして彼女は、目的のものを眼差しに映して「あっ 」と呟いた。
ローズが白い液体塗れになる少し前、ジュラードも彼女同様にサンドワーム相手に剣を振るっていた。
彼はローズのように魔人の加護を受けているわけでもないし、マヤという便利なサポートが常に傍にいるわけでもない。
だがゲシュとして母から受け継いだ血が彼に人外の力をもたらし、その力でサンドワームの攻撃に抗う。いや、それより何より彼に力を与えていたのは、妹を助けたいという想いだった。
「俺は……こんなところで足止めくらってる暇は無いんだよ……っ!」
串刺しにしようと振り下ろされたサンドワームの凶器を、借り受けた巨大な刃の剣で受け流す。そのまま接近し、ジュラードはサンドワームの左前足の付け根に飛び込んだ。
いくら頑丈な鎧に体を守られている生き物といえど、頻繁に動かすような関節部分は、他よりは柔らかい構造になっているはずだ。そう考えたジュラードは、そこを狙い刃を向けた。
そして、やはり狙いどおりに間接部分は甲殻の鎧ではなく、分厚いゴムのようなもので覆われた状態であると確認し、そこに目掛けてジュラードは振り上げた刃を垂直に落とす。
「はああぁぁああぁぁぁあっ!」
雄叫びと共に振り下ろした黒の刃が、めり込みながらサンドワームの足を両断する。切り離された足は断面から濁った体液を散らしながら砂の上に落ち、サンドワームは悲鳴のような鳴き声を上げた。
耳を劈くサンドワームの叫びの声と共に、ジュラードに向けて反撃の刃が振り下ろされる 。巨大な死神の鎌のようなサンドワームの備える凶器が、風を切りながらジュラードを狙った。だがジュラードが反応するより早く、彼を狙ったサンドワームの凶器が、どこからか高速で飛んできた氷の矢によって破壊される。
「!?」
驚いたジュラードが氷が飛んできた方へ視線を向けると、そこにはアーリィが立っていた。彼女は一度は援護を中断していたが、それを再開させてジュラードを助けたのだろう。
『shOOTiCEaTtaCkaRRoWMoREsHarP…』
アーリィは既に別の魔法の準備を始めており、ジュラードも攻撃の手を止めずに攻めることにする。アーリィの援護は心強く、彼は一気に方を付けるつもりで動いた。
武器を一つ失ったことで逆上するサンドワームの動きは激しくなり、ジュラードは額に大粒の汗を滲ませながらも攻撃を確認しながら回避する。




