旧時代の遺産 13
一旦治癒の手を止め、アーリィは不安げな面持ちでユーリを見つめる。ユーリは微笑んでもう一度「大丈夫」と答えた。
「っ……無理とか、無茶とかしないでほしい……さっき、すごく怖かったんだから……」
「悪ぃ。……にしてもあれだな、やっぱ現役ん時ほどは動けねぇな。反応もちょっと遅れちまったし。ま、なんとか直撃だけは避けたけどな」
そう言って苦笑するユーリに、アーリィは「とにかく無理しないで」と念を押すように言った。
「傷は塞いだけど……まだどっか痛いとこ、ある?」
「無い無い、平気。それよりローズたちと残ってる魔物倒さねぇと……」
「それは私がやる! だからユーリは休んでて!」
アーリィがそう怖い顔で言うので、ユーリは「はい」としか言えなくなる。
「いい、ユーリは休んでてね! 絶対だよ!」
「は、はい! 休んでます! 絶対です!」
珍しく強くユーリに言い聞かせたアーリィは、彼をその場に残して中断していたローズたちの援護に走った。
一方でジュラードとローズは、残ったサンドワームを相手にほぼ一体一の状況で戦いを続けていた。
ローズはサンドワームの攻撃を回避したり受け止めつつ、隙をみては反撃に大剣を振るう。そして彼女の傍で飛行するマヤは、彼女をサポートするように術を紡いだ。
『colUMnBlOWflAmEupbIGhoT.』
サンドワームが突き刺すように振り下ろした前足の攻撃を剣の刃で受け流し、その直後にマヤが紡いだ術が発動する。サンドワームの足元に魔法陣が輝き、紅蓮の炎が柱となって吹き上がった。
だが炎が直撃したにも関わらず、サンドワームはほぼダメージ無くローズへ向けて攻撃を続ける。大きく振りかぶった後ろ足が横薙ぎにローズを襲い、咄嗟に剣の刃でそれを受け止めたローズだったが、薙ぎ払う勢いが思ったよりも強かったのか、受け止めきれずに後方へと飛んだ。
「あぁぁっ!」
「ローズ!」
短く悲鳴を発したローズを追いかけ、マヤが心配したように彼女の名を叫ぶ。砂の上に背中から倒れこんだローズは、即座に起き上がってマヤに「平気だ」と返した。
「よかった……気をつけてね」
「あぁ。しかし、それにしてもやはり火とか熱には強いな……さっきのお前のあの魔法でもびくともしなかったな」
「そうね……弱点は水でしょうね、あれは」
ローズの分析にマヤは頷き、「アタシは相性悪い敵ね、あれ」と悔しそうに呟く。しかしローズは強気な笑みと共に、「俺がやるから大丈夫だ」と彼女に告げた。
「だからマヤ、引き続きサポートを頼む」
「それは勿論だけど……どうすればいいの? 他にアタシが使える魔法は土の属性だけよ? 土の属性の魔法だって、サンドワームには効きづらいでしょうし……」
指示を待つマヤに、ローズは一瞬考えるように沈黙した後に彼女へ何かを囁く。それを聞いたマヤは何か苦い顔をした。
「……それ、あなたへの負担が大きすぎない? ただでさえあなたはお姉さまの力の影響を受けてるんだし……正直賛成出来ないんだけど」
「そうか? まぁ大丈夫だろう。これでも俺は頑丈に出来ているしな」
「む~……」
ローズの提案に賛成出来ない様子のマヤだが、サンドワームはこうして会話している間もローズに攻撃を仕掛けてくる。
悩んでいる暇は無いので、結局マヤは小さく溜息を吐いてローズの要求に応える事にした。
「仕方ない……でもあなたに何か異常が起きたら、すぐ魔法解除するからね!」
マヤはそうローズに言うと、古代呪語を唱えて何か魔法の準備を行う。呪文は直ぐに完成し、ローズの足元に真紅の魔法陣が妖しく輝いた。そして魔法陣から放たれる光がローズに吸収されるように、彼女の体に宿る。
「っ……」
ドクン、と、心臓が脈打つ。
体が燃えるように熱く、激しい破壊の衝動が心の奥底から湧いてくる。衝動は無限の力のように感じた。
「どう、ローズ……大丈夫そう?」
マヤが心配した様子でそう問いかけると、ローズは荒く息を吐きながらもどこか凶悪な笑みを見せながら答えた。
「大丈夫だ」
「……う~ん、ギリギリね。顔は完全に悪役だわ、ローズ。悪女ってのもまた別の魅力でときめくけど……本当に大丈夫かしら?」
ローズが色んな意味でギリギリなことを確認し、マヤは「とりあえず、これでさっさと始末しましょう」と言う。
「あぁ」
頷き、ローズは暴れるサンドワームへ向けて駆け出した。
ローズがハルファスの力を借りるようになり、三年以上の年月が経過した。
現在は肉体が”アリア”となってしまった為に、”魔力転化”の封印が解けた直後以上に武器の大剣を振るうのが困難になってしまい、武器で戦う上でハルファスのサポートは必須となっている。
そして三年以上ハルファスと共に心を重ねて旅を続けてきた結果に、現在のローズはハルファスのサポートを受け始めた当初よりも安定して彼女の力の恩恵を受けながら戦う事が出来ていた。
例えば当初は戦いとなると血気盛んになるハルファスの影響を、身体面だけじゃなく精神面でも受けてしまっていたローズは、戦闘時は若干凶暴性が増していた。
だがハルファスのサポートを受ける事に馴れてくると、身体面のみの影響を安定して受けることが出来るようになり、戦闘時に性格が凶暴に変わることもなくなった。
そうしてハルファスが安定した守護魔人となった現在では、ハルファスはローズにとってマヤとはまた別の相棒であり、無くてはならない存在だ。見た目小柄な女性でしかないローズが、大型の魔物も一刀両断出来る力を発揮するのに、ハルファスの力は欠かせない。
だが今はそれ以上の力がローズには必要だった。
ハルファスの持つ力以上の、一撃必殺の破壊力が。
『っ……ローズ、この力は……』
ローズに宿った破壊の力を感じ取り、ハルファスがローズの中で彼女に語りかける。サンドワームが振り下ろした凶器の前足を回避しながら、ローズはハルファスに返事をした。
「あぁ、マヤに頼んでちょっと力を貰った」
『無茶を……ただでさえお前の肉体は私の力を受けて負担がかかっていると言うのに……』
呆れたような、咎めるような、心配するような、そのどれにも当て嵌まるハルファスの声を聞き、ローズは苦笑を漏らす。
「マヤにも言われた。だがこうでもしないと、今の俺にあの魔物を一撃で倒す事は出来んだろう」
『……下手すれば、腕が壊れるぞ?』
「下手をしなきゃいいんだろう? 大丈夫、上手くやってみせるさ」
そう答えるローズに、ハルファスは無言を返す。何を言ってもローズは止まらないことを、ハルファスは知っているのだ。だからこれ以上の言葉を、彼女は止めたのだろう。
ローズは後で彼女に色々とお叱りを受けるなと予感しながら、ついにサンドワームへ反撃を仕掛けることを決めた。
サンドワームの攻撃を回避した直後の隙を突き、ローズは大剣の切っ先を地に付けながら駆け出してサンドワームに急接近する。そしてサンドワームの足元で飛翔し、彼女は剣を振り上げた。
「これで……沈めてやるっ!」




