旧時代の遺産 6
「……」
ジュラードがぼんやりと考えていると、不意にユーリが少し声を大きくしてこんな事を言う。
「で、お前らは一体いつまで覗きしてるつもりだよー」
「!?」
ユーリの言葉は明からにジュラードたちに向けられており、こっそりと身を隠して見守っていた(と思っていた)ジュラードたちは、各々焦りの表情を浮かべた。
「先生、覗いてるのバレてるみたいです」
「チッ、さすがユーリ。バレバレだったか」
「きゅうぅー」
もはや隠れる気も無い程に堂々と会話をし始めたジュラードたちに、ユーリは呆れた視線を向けて「何やってんだよ、お前ら」と言う。アーリィは気づいてなかったのか、驚いたように目を丸くしてジュラードたちを見た。
「イリスはさておき、ジュラードまで覗きとはいい趣味してんじゃねぇか」
「うさこもいるぞ」
「きゅいぃ~」
ユーリの呆れた視線を受けてジュラードが返事をすると、うさこが自分の存在をアピールするように手を振りながら鳴く。ユーリはうさこに視線を移すと、「いや、まぁうさこはどうでもいいけど」と呟いた。そして『どうでもいい』発言に、今度はアーリィじゃなくてうさこが怒る。
「きゅ、きゅいいぃっ!」
うさこは今まで見たことが無い程に強気にユーリへ突進し、ユーリは動揺しながら「なんだ、お前それは怒ってるのか?!」と叫んだ。
「きゅい、きゅいぃ、きゅうぅっ!」
「うわ、すいません! って言うか怒るのか、お前も!」
怒ってるらしいうさこはユーリの足に繰り返しタックルし、そんなうさこの様子を見てアーリィは「かわいい」と呟く。確かにうさこの怒りの行動は、ユーリに一切ダメージが無いので見た目微笑ましいだけのものだった。なのでアーリィを始めとして、誰一人ユーリを助けようとするものはいない。
「きゅうぅ、きゅっ! きゅいいぃー!」
「止めろ、お前そのタックル痛くないけど……しつこいな、おい! ちょ、痛くないけど動けない……おい、誰かうさこ止めろよ!」
ユーリが叫ぶも、やはり誰一人として彼を助けようとはしない。
イリスはさっさとどこかに行き、ジュラードとアーリィはうさこの珍しい行動を興味深げに観察するだけで、結局ユーリはうさこが疲れるまでうさこにタックルされる羽目となった。
◇◆◇◆◇◆
レイチェルとミレイがユーリたちにお店を任されて二週間以上が経過した。
そろそろ店の経営も馴れてきて、レイチェルが経営を手助けしてくれる近所の人たちともすっかり打ち解けた頃、勢いで出て行った彼女が店に帰ってきた。
「ただいまー!」
「あ、あげはおねえちゃん!」
「お、おかえりアゲハさん! 帰ってくるの早かったね」
お店を閉めた後の夜の時間、予定していた三週間よりも早くに元気な声で帰ってきたのはアゲハだった。
大陸を移動しての旅をしてきたというのに、全く疲労した様子もなく店に戻ってきた彼女は、レイチェルたちの迎えを受けて笑顔を見せた。
「帰ってきました! それなりにお土産もあるよー! って……あれ、ユーリさんとアーリィさんは?」
「あ、二人は今ちょっと遠くに行ってて……」
「それよりおねえちゃん、おみやげ! おみやげ!」
「あはは、そうだね。こんな店の中で立ち話する前に、家の中入ってゆっくりお土産配るのが先だね」
アゲハの発した『お土産』の一言に、ミレイが全力で食いつく。
抱きついてお土産を催促する彼女に、アゲハは笑いながらとりあえず中に入って彼女にお土産を渡す事にした。
久しぶりの再会で、ユーリたちが不在のことなどアゲハに話すことがたくさんあったし、レイチェルたちもアゲハに聞きたい話はたくさんあった。
そろそろ夕食にしようと準備をしていたレイチェルは、急遽アゲハの分の食事も作って皆で食事を取る事にする。ついでにレイチェルたちは、”禍憑き”を調べに行っていたアゲハの話も詳しく聞いてみることにした。
「うわ、すごいねレイチェル! 料理上手! おいしそうだよ、このオムライス! いただきまーす!」
「うん、口に合うといいけど……って言うか、ホントにアゲハさん元気だね……」
長旅して帰って来た直後とは思えないアゲハのテンションに、レイチェルは思わず苦笑する。そんなアゲハの隣では、ミレイがアゲハからのお土産を目を輝かせながら見ていた。
「すごいすごい、おにいちゃん! このなか、きらきら! なんで? どうして?」
アゲハと負けず劣らずのハイテンションで喜ぶミレイの手には、アゲハがヒュンメイからミレイの為に持って帰って来た”万華鏡”というおもちゃが握られていた。
細長い筒状のそのおもちゃの端には小さな覗き穴があり、ミレイはアゲハに教えられたとおりにその覗き穴を覗き、それから彼女はずっと歓声を上げながら筒を除き続けている。覗いた筒の先に見えたのは幻想的な色の散らばりの光景で、ミレイはその美しさにすっかり魅了されてしまっていた。
「おほしさまみたーい!」
嬉しそうな笑顔で万華鏡をくるくると回すミレイは、すっかりそのおもちゃが気に入ったようだった。アゲハはそんなミレイの姿を見て、こちらも嬉しそうに微笑む。
「よかった、お土産気に入ってもらえて。私も小さい頃はこのおもちゃが大好きだったから。綺麗だよね、星がいっぱい輝いてるみたいで」
「うん、すごい!」
「本当にありがとうございます、アゲハさん」
無邪気に喜ぶミレイの姿にレイチェルも思わず頬を緩める。そして彼は食事をしつつ、アゲハに「それで、どうだったんですか?」と”禍憑き”の様子についてをアゲハに聞いた。
「あぁ、病気だよね」
「はい……さっきご飯作ってるときちょっと話したけど、ユーリさんたちもローズさんたちと一緒にその病気で苦しんでる人を助けに行ったんです」
「そうなんだね……やっぱり色んなとこで起きてる病気なんだね……」
「ですね……それで、何か治療の手がかりになるようなこととかわかりました?」
レイチェルがずばり聞くと、アゲハは少し表情を曇らせる。そうして彼女は答えた。
「正直、やっぱり見ただけじゃ詳しいことはわからなかったよ。日によって調子いいときもあるけど、ひどい熱が出て苦しむ日もあるらしくて、色んな症状が出る病気みたい」
アゲハはオムライスを頬張りながら、そうレイチェルに説明をする。
「そうそう、途中でヒスさんたちの所にも寄って話を聞いてきたんだ」
「え? ヒスさん?」
予想外の名前にレイチェルはパッと顔を綻ばせ、懐かしむ様子で「元気だった?」と聞く。アゲハは「すごくね」と笑顔で頷いた。
「カナリティアさんも元気そうだったよ」
「でもヒスさんところに寄ったってことは、ヒスさんも”禍憑き”について調べてるの?」
「うーんと……そう思って寄ってみたんだよね。そしたらビンゴ、ヒスさんもやっぱり”禍憑き”について調べてたみたい」
「そうだったんだ……」
頷くレイチェルに、アゲハは話を続ける。
「でもヒスさんもまだ詳しいことはわからないみたいなこと、言ってたな……あ、でも結構気になる事も言ってた」
「気になる事?」
レイチェルが興味深そうに問うと、アゲハは「うん」と頷いてこんなことをレイチェルに説明した。




