旧時代の遺産 1
ウネの空間転移術により、ジュラードたちは大陸を移動してアサドのモルガド皇国に来ていた。彼らはここからレイマーニャ国を目指すこととなる。
モルガドの人気の無い砂漠のど真ん中に転送されたジュラードたちは、まず近くのオアシスの町へ向かうことを決める。
日差しがきつい砂漠を移動するため、あらかじめ用意しておいた外套を頭から被り、ジュラードたちは移動の困難な柔らかい砂の上を歩き始めた。
「……はぁ。やっぱり砂漠の移動は辛いな」
頭に被った外套の頭巾の下で、ローズが苦い顔をしながらそう呟く。外套は胸元を開けており、そこからいつもの定位置に収まるマヤがローズの体調を心配した顔で見つめていた。
「ローズ、大丈夫 ?」
「ん? 私はまだ平気だ。というか、マヤこそ暑くないのか?」
自分の体温で物凄い暑そうな場所に留まるマヤを見て、ローズは思わずそう問う。するとマヤは「平気ー」と答えた。
「この体、暑いとか寒いとか感じにくいのよ。所詮は仮の肉体だからねー」
「そうか。ちょっと羨ましいな」
呟くローズは、ジュラードに視線を向ける。正確には彼が荷物と共に抱えるうさこに、だった。
熱に弱いゼラチンうさぎのうさこは、アーリィが魔法で作った氷の塊を抱え持って暑さを凌いでいる。氷のおかげか、うさこの様子は溶けそうな気配も無く元気そうで、正直うさこの持つ氷もローズにはとても羨ましく思えた。
「あー……俺も暑ぃの苦手だからしんどい……」
照りつける日差しに眉を顰めながら、ユーリがそう言う。確かに初めて彼と会った場所は雪降る寒いところだったし、彼は暑いのより寒い方が得意なんだろうとローズは思った。
彼の隣を歩くアーリィも、足が取られて歩き辛いうえに暑く日差しが注ぐ砂漠の移動に苦しんでいるように見える。そしてそれはイリスも同じで、ウネとジュラードだけはわりかし平気そうに足を進めていた。
「ジュラードは暑いの平気なのか?」
普通に足を進めるジュラードを見て、ローズがそう声をかける。するとジュラードは「平気というわけじゃないが」と口を開いた。
「今はまだ、そこまで苦でもない。それだけだ」
「そうか……体力あるんだな」
ローズが呟くと、ウネが会話に入ってくる。
「彼は体力が高く、環境の変化に強い魔族の血を引いているんでしょう」
「あぁ、そうなのか」
ウネの説明する言葉に、ローズが納得したような顔でジュラードを見る。しかしジュラードは「いや、よくわからない」と首を横に振りながら正直に答えた。
「両親の事はあまり知らないというか、覚えてないというか……確か母が魔族だったらしいけど……」
「お母さんが?」
「父からそう聞いた気がする。でもそれ以上は思い出せないな。あまり昔の事は覚えて無くて……そもそも色々理解できる歳になる前に母親が死に、父親も死に……ううん、殺されたんだ。俺とリリンは町の人が襲ってきた時、見知らぬ旅の人に助けられてあの孤児院に辿りついたから」
自分の事を誰かに話すことを今までしたことが無かったジュラードだったが、今の彼はローズたちになら自分の過去を何気ない雑談から繋げて話せるほどに彼女たちに心を許していた。
「父から母は人ではないと聞かされた時、幼かった俺はそれがどういう意味なのかを理解してなかった。でも孤児院に行くきっかけになった”あの日”に、俺は旅の人から自分たち家族が襲われた理由を聞いた。それでやっと俺は知ったんだ。父が、母さんが人ではないと話した時のどこか辛そうな表情の意味を」
今の世の中を生きるには、自分たち家族には過酷な運命が付いてまわると、あの日の父はそれを自分たち兄妹に伝えたかったのだろう。
「……そうか。なんかすまん……辛い話、させたみたいで」
ジュラードの話を聞いたローズが、気まずそうな面持ちでそう呟く。だがジュラードは「俺が勝手に話したんだから、謝られると俺が困る」と、苦笑しながらローズに言葉を返した。
「両親の事は正直辛いが、リリンがいるから今は絶望的に悲しくは無い。だけど……だから、リリンの病気は絶対に治したいんだ」
残された唯一の肉親と離れる事だけは避けたい。それこそ、本当に自分は絶望してしまうだろう。
「……ん、そうだな。リリンちゃんは助けような、絶対」
「あぁ……」
今まで何度と繰り返されたローズの言葉は、きっとただの励ましなんかじゃないとジュラードは思う。
彼女たちとならきっとリリンは助けられると、そう信じれる言葉だった。
「でもさぁ、ウネも全然暑そうじゃないわよね。あなたも暑いのは平気系かしら?」
涼しい顔をして砂漠を歩くウネの姿を見て、マヤが彼女へと声をかける。するとウネはこう答えた。
「私も暑いのは好きじゃない。でも、だから暑くないように工夫をしてるの」
「工夫?」
ジュラードが疑問の眼差しを向けると、ウネはさらにこう答えて彼らを驚愕させた。
「この外套の下は何も着てない。だからわりと涼しい」
「なんだって!?」
ウネのまさかの一言にローズたちは勿論だが、何となく話を聞いていたユーリやイリスも驚愕する。とくにユーリはやけに『外套の下は何も着てない』に食いつき、驚きの声を上げた彼はウネに確認していた。
「ま、マジで何も着てないの?! 裸?! なんなの、そういう性癖なの?! っていうかいつの間にそんな格好になったの?!」
「性癖は関係ない。暑いのがいやなだけ。あと、服着てないと楽だし。服は外套羽織ったら直ぐに、その下でさっと脱いだ」
さらっとユーリの質問に答えるウネは、普段はわかりやすい異常人物なラプラと共にいるせいか相対的にわりと常識的に見えるが、しかし彼女も十分変人の部類に入る人物なのだ。
どう考えても痴女でしかない今現在のウネの格好に、ローズは思わず「服は着てくれよ」と頼む。しかしウネは「着てるじゃない、外套を」と答えるだけだった。
「……町に着いて捕まらないといいんだけどな」
ジュラードがぼやき、さすがのマヤも驚いた様子で「そうね」と頷く。しかしウネは「外套はちゃんと着てるから、そんな心配は不要」と二人に言った。
「おいイリス、なんなんだよあのお姉さん魔族は。素敵……いや、大胆すぎるだろ。昔からああな訳?」
ウネのまさかの非常識行動に驚いたユーリが、自分たちよりはウネと付き合いがあるはずのイリスに小声でそう話しかける。だがイリスも正直そこまでウネがアレな人とは認識してなかったので、「いや、どうだろう」と苦い顔で答えることしか出来なかった。
「まぁ昔から裸同然の格好で歩く姿が不思議ではあったけどね……」
「ほぉ……もしや魔族の女の人ってのは、皆そんな感じなんかなー。ハルファスお姉さまもあの巨乳を惜しげもなく晒す格好してるし……揺れる胸が堂々と見れるとか最高だな!」
男の本能に正直過ぎるユーリの様子に、イリスは呆れた視線を向ける。そして彼はユーリに言った。
「自分に正直なのはいいけどさ、あんまりそれを口に出さない方がいいんじゃない? あなたの奥さんが後ろで泣きそうな顔して怒ってるよ」
「ハッ!」
イリスに突っ込まれて、ユーリはハッとした様子で後ろを振り返る。彼の背後では、アーリィが涙目で頬を膨らませてユーリを睨んでいた。
「ユーリ、やっぱりおっきい胸が好きなんだ……嘘つき」
「うわあぁアーリィ、違います! ごめんね、ごめんなさい!」
「小さくてもいいって言ってたのに……嘘つき」
「違うの、アーリィはそれでいいんだって! アーリィは今の胸で全然大丈夫! 小さくて可愛い!」
「……嘘つき」
「うっ……ごめんなさい、本当に……アーリィ、機嫌直して……」
珍しく本当に怒ってるらしくふて腐れた様子となったアーリィと、砂漠の真ん中で土下座しそうな勢いで彼女に謝罪するユーリのやり取りを見て、必死なユーリには悪いがイリスは少し羨ましいと思いながら小さく苦笑した。




