もう一人の探求者 14
ボーダ大陸の東の端、資源の取りつくされた炭鉱の麓にその孤児院はひっそりと存在していた。
どこか埃っぽい寂しい風が緩く吹く丘の上に建つのは、元は教会だった建物。
この地域は聖女が信仰の対象として崇められているので、古くなった教会の礼拝堂には聖女像が朽ちかけながら佇んでいる。今は信仰にここを訪れるものはいないが、代わりにここには身寄りの無い子どもたちが数人、保護されて大人二人と共に皆で暮らしていた。
灰色の日差しが注ぐ教会の庭で、幼い少年たちが子どもらしい感情のぶつかり合いをして、静かな地を賑やかに変える。
「ギースのバカ! それ僕が先に見つけたんだぞ! 返せよ!」
「拾ったのは俺だもん! フォルトこそ手離せよ! コレは俺のだ!」
二人の少年がそう言い争いながら取り合うのは、一本の古い短剣。錆びて刃が欠けボロボロになっているので切れ味は相当悪いだろうが、子どもには好奇心をくすぐられるおもちゃに見えるのだろう。
「二人とも止めなよ。それ、武器だよ? 危ないから捨てなって。ユエ先生、いつも言ってるじゃん、危ないものは触るなって。怒られるよ?」
喧嘩する少年を傍でたしなめるのは、少年たちよりもずっと年上の十四、五歳程の少女だ。彼女の傍では、少年たちと同い年程の少女が、くまのぬいぐるみを握り締めながら不安げに彼らを見つめていた。
少女が注意しても、二人の少年の喧嘩は止む気配が無い。少女は深く溜息を吐いて、そして教会の建物の中から人影が出てくるのを見てもう一度少年たちに向き直った。
「……あぁ、ほらお姉ちゃん来たよ。怒られるよ、あんたたち」
少女が少年二人にそう言い、くまのぬいぐるみを持った少女はこちらへと近づく人影に小走りに向かっていく。
教会の建物の中から出てきたのは、子どもが多いこの場所での数少ない大人の一人だった。黒いエプロンを身に付けたその人は洗い物をしている最中だったのか、エプロンで濡れた手を拭きながら「どうしたの?」と彼らに近づいてきた。
「また喧嘩?」
腰まで伸びた色素の薄い珍しい水色の髪を揺らしながら、細身の彼は穏やかな口調で子どもたちにそう声をかけた。
「お姉ちゃんせんせぇ、あの二人危ないもの持ってるの。エリ姉ちゃんが武器だって言ってた」
くまのぬいぐるみを持った少女が彼に駆け寄り、泣きそうな眼差しで彼を見上げてそう報告する。少女に『お姉ちゃんせんせぇ』と呼ばれた彼は、確かに女性に見える中性的に整ったその顔を、若干困った様子で歪めた。
濃い蒼の瞳の先には、古びてはいるが切れ味を完全には失っていない武器を取りあう少年二人の姿が映る。
「うん……あれは危ないね。ちょっと待っててね、フィーナ。大丈夫、ユエの代わりに私がちゃんと叱るからね」
フィーナと呼ばれた少女は「うん」と頷き、青年は少年たちに近づいた。
「ギースにフォルト、だめだよ。その武器は危ないから私が没収」
青年はそう言うと、手早く少年の手から短剣を取り上げる。ギースと呼ばれた少年と、フォルトと呼ばれた少年は揃って「あー!」と声を上げた。
「お姉ちゃんせんせぇ……なんで取るの?」
「返せよー! いいじゃん、そんなのゴミなんだろ! 森で落ちてたんだよ! ゴミなら俺がもらったっていいじゃん!」
青年はちょっと厳しい表情で、少年たちに「だから、危険だからダメなんだって」と説明する。彼は周囲を見渡して、ちょっと少年たちから離れてからこう説明を続けた。
「ほら、見てて。これは一見何も切れなさそうでゴミに見えるだろうけど……」
青年はそう言うと、短剣を持った右手を目視できない速度で横に振り抜く。彼は短剣を投擲し、少し離れた木の一本に短剣を見事突き刺して見せた。その青年のまさかのナイフ投げ披露に、子どもたちは皆一様に驚く。というか、引く。
「ね? あの通り投げたら木に刺さったりするんだから。危険でしょう?」
「って言うか、先生すげぇー……こえぇ」
「僕はお姉ちゃんせんせぇの方が絶対に危ないと思う……何で投げるの?」
少年二人に武器の危険性をわかりやすく教えようとした青年だったが、何か間違ったらしい。
「あのさぁお姉ちゃん、突然びっくりしたんだけど」
「怖かったぁ~……」
後ろで少女たちも若干引いているのに気づき、青年は気まずさを笑顔で誤魔化して「と、とにかく」と少年たちに説教を続ける。
「もうああいうの拾っちゃいけないからね。いい?」
「拾ったらまた先生が木にぶん投げる?」
「それなら怖いからもう拾わない」
「……な、投げないけど、でも拾わないこと。いいね」
青年は「あと喧嘩もだめだから」と言い、少年たちはそれぞれに若干不満そうにではあったが頷いた。




