再びの旅立ち 23
ローズの問いに対して、マヤがそう微笑みながら言葉を返す。ローズは何か気になるようで、彼女らに近づきながら「何だよ、内緒にしないでくれ」と不満げな様子でぼやいた。
「ローズの胸の大きさについて、どうしたらそうなるのかを熱く議論してたのよ」
「えぇ!?」
マヤが笑いながら適当なことを言うと、ローズは恥ずかしそうな表情で「そんなの議論しないでくれ」と本気で訴える。しかしマヤのこのでまかせの返事に、予想外にアーリィが食いついた。
「大きい胸を独り占めはずるい……どうすればそう育つのか皆に……いや、少なくとも私には教えるべき……」
「な、なんの話だよ! 独り占めって、意味がわからないぞ、アーリィ!」
「アーリィ、ローズってば大きい胸の秘密を自分だけのものにするつもりなのよ! そんなの許せないわよね、一緒に秘密を暴いてやりましょう! うさこもついでに協力しなさい!」
「うん!」
「きゅいぃー!」
「止めろマヤ、嗾けるな! なんでうさこまでやる気満々なんだー!」
何か嫌な方向に気合が入ったアーリィたちを見て、ローズは顔色を悪くさせる。そして彼女はこの後騒ぎを気にしたユーリに救出されるまで、マヤとアーリィとうさこに襲われる羽目になった。
リリンの病気を今度こそ治す為に、ジュラードはローズたちと共に再び孤児院を旅立つ事になる。
その朝、ジュラードたちはユエとリリンを含めた子どもたちに玄関先で見送 られていた。
「ジュラード、今度はしっかりと『いってらっしゃい』が言えるねぇ」
何か棘のある言い方をするユエに、彼女の剣を荷物と共に背負ったジュラードが申し訳なさそうな顔でうな垂れる。
「す、すみません……」
ジュラードが思わず謝ると、ユエは豪快に笑って彼の頭を乱暴に撫でた。
「まぁいいさ、今度もちゃんと帰ってくれば、最初に飛び出して行ったことは許してやるよ」
「はい。帰ってきます、俺」
しっかり目を見て頷いたジュラードに、ユエは満足そうな笑みを返す。
「あんたに貸す剣も、また返してもらわないといけないからね。……無事に帰ってくるんだよ?」
以前は勝手に持ち出して借りていったユエの大剣だが、今回はジュラードもしっかりと彼女の許可を得て持って行くことになった。
ジュラードは微苦笑を口元に浮かべ、ユエのその言葉にもう一度「はい」と頷いた。
「お兄ちゃん……気をつけてね」
ユエの傍に立ったリリンが、不安げな眼差しを向けながらジュラードにそう言葉を告げる。ジュラードは膝に手を当てて屈み、彼女に笑みを向けた。
「あぁ。絶対にお前の病気を治す手段、手に入れて帰ってくるからな」
「うん……」
やはりまた兄と離れるのは寂しいのか、ジュラードの言葉に頷くリリンの表情は冴えぬままだった。
そして寂しげなリリンの傍で、他の子どもたちもまた彼女と同じ気持ちを抱きつつも、それぞれに様々な表情でジュラードを見送る。
「兄ちゃん、お土産よろしくな」
「気をつけてね」
「……帰ってきてね」
ギースの要求には思わず苦笑しながら、ジュラードは他の子どもたちにも手を振る。そして自然とそんな行為が出来るようになっていた自分に、彼は内心で静かに驚いた。
「イリスもな。気をつけて」
ユエがジュラードから視線を外し、今回はマヤの指名でジュラードたちについて行くことになったイリスに視線を移す。
イリスは孤児院に残る予定のラプラにマジ泣きされながら抱きしめられ、もう既にげっそりと疲れた顔をしていた。
「うん……いってきます」
イリスはげっそりしながら、ユエや子どもたちに手を振る。その間もラプラはイリスをがっちり拘束しながらオイオイと泣いていた。
「イリス~! また、また私たちは離れ離れに……仕方ないとはいえ、残酷な運命に心が折れそうです~!」
「大袈裟な……だからすぐ帰ってくるってば。これくらいのことで心折らないでよ」
「だって……だって……うぅ、あなたが傍にいない間、私は残されたあなたの衣服の残り香を嗅いであなたを感じて寂しさを紛らわす事しか出来ません……あぁ、辛い……」
「そういう変態行為は止めろ! 子どもの教育に悪いから!」
「そういや洗濯前の昨日のイリスの下着と靴下が見当たらないんだよね……どこいったんだろう」
ユエの呟きに、イリスが本気で青ざめながら「ラプラー、お前心当たりあるだろ絶対!」と 叫ぶ。ラプラは泣き続けることで、自分に都合の悪いイリスの叫びを無視した。
物凄い悪寒を感じつつもイリスは一先ずラプラを自分から引き剥がし、ティッシュで彼の鼻水を拭いてあげながらこう告げる。
「と、とにかく私たちがいない間、あなたにユエや子どもたちのこと守ってほしい。またいつあの変な魔物が、この辺りに出るかわからないから。いいかな、ラプラ」
真剣な表情でそうイリスがラプラに頼むと、ラプラの顔つきが変わる。彼も真剣な表情で「勿論ですよ」とイリスに返事した。その返事を聞き、イリスは感謝の気持ちを笑顔にしてラプラを見返す。
「ありがとう、ラプラ。頼りにしてるよ」
「ふふっ、任せてください。あなたの帰るべき場所を守ることこそが、今の私に課せられた使命であり、離れ離れになってしまうあなたへ示す事が出来る愛の形だと思いますからね」
いいこと言ってるようなそうでないような微妙なラプラの言葉に苦笑しながら、イリスはとりあえず彼に「頼むね」と言った。
「……あと下着と靴下は返してね、絶対に。変な事に使ったら蹴り潰すよ」
「すみませんイリス、それは何のことだか私にはさっぱりわかりません! 変な事と仰るのも具体的にはどういう行為をさすのか全くわかりませんので、よろしければイリスの口から直接その詳細を私に教えていただけるとハァハァ……あぁ、すごく興奮します……」
「てめぇ……」
にこやかな笑顔ですっとぼけたあげくに変態発言で勝手に興奮し始めるラプラの姿に、やはりイリスは彼にユエたちを任せて大丈夫だろうかと若干の不安を抱いた。
「ローズさんたちも気をつけて。改めてジュラードやイリスのことよろしくお願いしますね」
ユエはウネの転送準備を見守るローズたちの方を向き、彼女たちにもそう声をかける。ローズはユエに向き直り、笑顔で「はい」と返事をした。
「必ずジュラードと共に、”禍憑き”を治す方法を手に入れて帰ってきますので」
「お願いします。あなたたちは……あたしら家族の希望です」
そう言って深く頭を下げるユエに、ローズはどう反応していいのかわからず慌てる。
「あ、頭上げてください! ……この土地のマナの正常化も必ず行います。そうしたら皆さん、この場所でまた共に暮らせるようになるはずなんで」
「そうですか……」
この辺り一帯のマナの異常も解消しなければ、たとえリリンの病気の治療法が手に入ったとしても、ここに留まり続けるかぎり病が発病する危険があり続ける。
ユエは出来ればここを離れず、ここで孤児院を運営していきたいと思っている。そしてそれは他の子どもたちも同じだ。愛着あるこの場所を離れたくは無い。その為に努力してくれるローズたちに、ユエはもう一度「お願いします」と言葉を向けた。
「そんじゃウネ、そろそろ準備は出来た?」
長距離転送になるので、転送補助の魔法陣を準備していたウネに、マヤがそう声をかける。ウネは顔をあげ、「大丈夫」と彼女の問いに返事をした。
「よし、んじゃ行くか」
荷物を背負ったユーリが、腕を天に突き出して伸びの姿勢を取りながらそう言う。彼の言葉に、マヤとうさこを抱えたローズが「そうだな」と頷いた。
「それじゃ皆、陣の中に入って」
ウネがそう言い、ジュラードたちは彼女の指示に従って魔法陣の内側に移動する。ユエたちはそんなジュラードたちを、各々の表情で見守った。
やがてジュラードたちが魔法陣の内側で待機すると、ウネの呪文詠唱が静かに始まる。新たなる出発は、それがスタートの合図となった。
【再びの旅立ち・了】




