再びの旅立ち 16
ローズからの説明を聞き終え、ハルファスは期待の眼差しを向けるイリスへ向けて返事をする。
『そのことか。……正直まだいい案は思いついてはいないな。呪いなどとは違う系統の呪術なので、他者にかけることは想定していないので非情に困難なのだ』
それを聞き、イリスはやはりがっかりした様子で肩を落とした。そしてその返事を聞き、マヤも少し困った様子となる。
「出発は早めにしたいわよね……でもそれには彼の魔物化した見た目をどうにかしないといけないし……」
『……全く考えが無いわけではないのだが、確実にどうにか出来るとも思えないのでな。そんな方法でよければ一つ試してみるか?』
マヤの言葉を聞き、ハルファスはそう提案を告げる。
何か怪しそうなハルファスの提案にイリスは若干不安げな表情を見せたが、マヤは「なになに、それやってみてくださいお姉さま!」と飛びついた。
「もうじゃんじゃんと思いつく限りのことを試しちゃってください!」
「ちょ……なにその実験的なノリは。他人事だと思ってそう言うこと言わないでくれるかな……」
マヤの発言に苦い顔をし、イリスはハルファスに「どんな方法ですか?」と問う。ハルファスはにやりと笑い、『そう不安げな顔をするな、妙なことはせん』と言った。
『ただお前に変身術を習得してもらう、と言うのが一番手っ取り早い気がしてな』
「え!? 私に?!」
ハルファスの無茶振り過ぎる提案に、イリスは「無理だよ 」と困惑した表情で当然の反応を返す。
そもそも自分は、今は魔物とはいえ元はただの人……いや、ゲシュだ。魔力も無いのに魔法なんて使えないと、そうイリスはハルファスに訴えた。
「一応精霊語は読めるし理解できるけど、でも私には魔力が無いから……魔法は使えないよ」
『ふむ、精霊語が理解できるか。ならば尚更話が早いな。案外本当にこれで実現可能かもしれん』
ハルファスはそう言うと、突然自分の姿を本来の大きさへ戻す。ローズの魔力で仮の肉体を得て実体化した長身の美女は、艶美に笑みながらその手に何かを召喚した。
「? ハルファス、それは?」
ハルファスが手の中に召喚した何かを見て、ローズが不思議そうに彼女へと問う。ハルファスの手には、黄色に輝く大きな宝珠の付いた腕輪があった。
「ただのアクセサリー、ではないよね……魔道具?」
イリスがそう呟くと、ハルファスは「そうだ」と頷く。どうやら彼女が召喚したこれは何かの魔道具らしい。
「これは術士の補助に使われているもので、この宝珠には短期間だが魔力を込める事が出来る。私の私物なので今のものと比べると型がだいぶ古いが、しかし一応まだ使用できるものだ」
ハルファスはそう説明し、ローズに「ここにお前の魔力を宿してもらえぬか?」と聞く。しかしローズは「どうやって?」と首を傾げた。
「むっ……そうか、わからんのか」
「うん……すまん」
「あ、お姉さま! だったらアタシがそれやってあげますよー、ローズの代わりに」
マヤはそう言って手を挙げ、ローズに「ローズ、いいかな?」と問う。
「あなたの魔力、勝手に使うけど」
「あ、あぁ……別にかまわないぞ」
ローズが了承すると、マヤは「それじゃやるわね」と言って魔道具に近づいた。
「お姉さま、どれくらい魔力込めればいいの?」
「そうだな……中位の呪術二、三回分程度といった所か。そんなに魔力消費が激しい術でも無いが、練習分も含めてその程度は必要だろう。それに旧型の補助具なので、それほど多くの魔力は宿せんからそれくらいが妥当だ」
「りょうかーい」
マヤは元気よく返事をすると、宝珠に手を触れて何かを小さく囁く。そして淡い白の光と共に、彼女を通じてローズの魔力が宝珠に宿った。
「こんな感じかしらね」
マヤが魔力を宿すと、腕輪の宝珠が強く金色に輝きを増す。それを確認すると、ハルファスは腕輪をイリスに手渡した。
「それをお主にやろう。どうせ私はもう使わん道具だしな」
「あ、ありがとう……でもこれで私はどうすればいいのでしょう?」
使い道は何となくわかるが、しかし使い方がわからない腕輪をもらい、イリスは困惑を深めた表情でハルファスと向き合う。するとハルファスは大方皆が予想していたことをイリスに告げた。
「その腕輪の魔力を使って、お前が自分に変身術をかけろ。宝珠に込めた分だけの魔力しか使えないが、変身術での使用ならばその魔道具で問題無いだろう。変身術は私が教えてやる。今夜一晩かけて徹底的にな」
「……やっぱりそういうことなんだ」
ハルファスは「魔物になったお前ならば、呪術の習得なんぞ簡単だろう」と言うと、再び肉体は無く小さな状態に姿を変える。
『そう言うわけでローズ、マヤ、私は今晩はこやつに変身術を叩き込まねばならない。いいか?』
「いいかどうかと聞かれても……私は別に構わないけど」
ローズがそう答えると、マヤも「アタシも大丈夫ですよー」と返事をする。そして彼女はこう付け足した。
「出来れば明後日には出発したいから、それまでに完璧に変身出来るように徹底的にそいつを調教しちゃってください、お姉さま。時間が無いから蝋燭でも鞭でもなんでも使って、厳しくしごいちゃって構いませんよ!」
『ふむ、了解した。必要な場合は道具も使用しよう』
「いや、蝋燭と鞭は必要無いと思うんだけどなぁ……」
「調教されるの? 私……」
マヤの好き勝手な要求にイリスは小さく溜息を吐く。が、自分の為にも頑張るしかない。
「じゃあイリス、頑張って。あ、ハルファス、疲れたら寝かせてあげろよ? さすがに徹夜とかは可哀想だ」
『それが命令ならばそうするが、ただのお願いならば……』
「め、命令! 命令だ、ハルファス」
『承知した。主の命令ならばそうしよう』
にやりと笑んで返事をしたハルファスに、ローズは「よろしく頼む」と告げる。
『あぁ。とりあえずお前はもう寝ろ。お前の保護者として、夜更かしは賛成出来んからな』
すっかり元・主の親馬鹿を馬鹿に出来なくなった態度のハルファスは、ローズにそう言って早く寝るよう再度促した。そしてそんなハルファスの態度に苦笑しながら、ローズは「わかった」と頷く。
そうしてローズとマヤはハルファスとイリスをその場に残し、建物内へと戻っていった。
朝、ジュラードは何か重くて冷たくねっとりした感触で目を覚ます。
「顔、重……」
顔から頭にかけてを覆うずっしりとした重量感ある冷たさに違和感を感じて、彼は薄っすら目を開ける。すると視界いっぱいに透明感ある水色が映り、彼は数秒まだ何か夢でも見てるのかと考えた。
そして、やがて気がつく。
「うわ、これうさこっ!」
「きゅいぃー」
ジュラードが自分の顔にのしかかる”何か”の正体に気づくと、『正解』とでも言うように正体であるうさこが返事をする。ジュラードは「何でお前乗ってるんだ!」と言いながら、うさこを退かして飛び起きた。
「うわぁ……なんか顔しっとり湿ってる……髪の毛もうさこくさくなってるし」
「おはよう」
ジュラードがゼラチンうさぎ特有の微妙な湿り気と甘い匂いを気にしてると、傍で誰かの声が彼に挨拶をする。ジュラードが顔を上げると、そこにはおたま片手にエリが立っていた。




