再びの旅立ち 14
「でもイリスがいいなら、あたしが嫁にもらってあげるよ」
「え!?」
さり気ないユエの一言にイリスは驚き、ラプラもちょっとだけ焦ったような反応を示す。
一瞬喜びかけたイリスは、しかし直ぐに冷静になってこうユエに返事した。
「あのー……お嫁さんは嫌なんだけど……」
「そうかい? 残念だね、働き者で料理上手なお嫁さんがもらえると思ったのにね」
「うっ……だから私が嫁じゃなくてさ、そうじゃなくて……ユエが……」
何かを途中まで言いかけ、イリスは大きく溜息を吐いて「ううん、もういいよ」と呟く。もう怒るのも疲れた様子の彼は、肩を落としながら「リリンのところ行ってくる」と呟いて部屋を出て行った。
「……ん~、少し苛めすぎたかしらね」
「え? あたしは苛めていたつもりは無いけどねぇ」
マヤの呟きに、ユエが薄く微笑んだままそう言葉を返す。イリスの去り際の様子がとても哀愁漂っていて気の毒に感じていたローズは、ユエの言葉に意外そうな表情をして思わず「そうなんですか?」と聞いた。
「でも、イリスすごくショック受けてたような……」
「あら、そうかい? じゃあ後で謝っとかないとね」
ローズの心配そうな呟きを聞いたユエはそう言い、しかしこうも続ける。
「でも、もう今の時点であたしは彼と家族だって思ってるからね。子どもたちも全員含めてさ。夫婦とか、そういう話は今更な気がするよ」
穏やかな表情でそう答えるユエの姿に、ローズは彼女の態度に表れている余裕は『そういうことか』と納得する。ジュラードもユエのその言葉を聞いて、「そうですね」と微笑んだ。
「う~ん、一見凄くいい話だけど、何となくイリスが不憫に思うのはアタシだけかしら?」
ユエたちの会話を聞いたマヤが小声でそう呟くと、ユーリも同じトーンの声で「安心しろ、俺も同じ意見だ」とマヤに返事する。
好きな女性の器が広すぎて、恋愛を飛び越えて結論してしまったイリスの気持ちの行方はこの先どこに向かうべきなのかと、マヤとユーリはそれを考えてやはり不憫だと感じた。
「大丈夫ですよ、イリスは私と夫婦になりますから! これでイリスも不憫ではありませんよ!」
「何が大丈夫なのかさっぱりわかんないけど、あんたはどんな時でもブレないわね。つーかある意味あんたもユエ並に器でかいわよね。まぁそれがイリスには悲劇なんだけど」
いつでもブレないラプラの発言に突っ込み後、マヤは「それで、リリンちゃんのことなんだけど」と重要な話を進めた。
「彼女をずっとここにおいとくのは良くないと思うの。この辺りのマナを正常化させない限り、彼女は体にマナを溜め込んじゃうみたいだか ら」
「と言う事は、しばらくあの子を別の場所に避難させるべきだと?」
ユエが確認するようにそう問うと、マヤは「アタシはそれがいいと思うのよ」と頷いた。
すると傍で話を聞いていたエリが、不安げな様子で遠慮がちに口を開く。
「リリンと離れ離れになるって言う事?」
「そうと決まったわけじゃないけど、そうなるかもしれないわ。まぁこれはユエの判断に任せるけどね」
エリの問いに対し、マヤはそう答える。エリの視線がユエに向かい、ユエも困った表情となった。
「ん~……しかしあの子を何処かに避難させるとしても、当てが無いよ」
ユエは「レイヴン先生に相談したらどうにかなるかねぇ」と呟く。彼女の呟きを聞きながら、ジュラードも妹とまた離れてしまうことに、若干不安を感じた表情となった。
「……でも、リリンの為にはここを離れていた方がいいんだよな」
サラダをフォークで突付きながらジュラードが静かな声で呟く。ローズは彼を気遣う眼差しで見つめながら、「そうだな」と頷いた。
「え、リリンどっか行っちゃうの……?」
自分たちの話を理解したフィーナが、泣きそうな顔でジュラードたちにそう聞いてくる。ジュラードは幼い彼女を不安にさせないために、「だとしても、すぐ帰ってくるよ」と彼女に言った。
「ジュラードお兄ちゃんみたいに?」
「え!? あ、俺は……俺とは違う……」
フィーナの問いに動揺するジュラードを見てローズたちは苦笑する。
壮絶な夜が明けた日の夕食は、ジュラードには少し懐かしい穏やかさがあった。
まだ一番の問題は解決していないが、しかしいつかリリンがこの穏やかな食卓の場面に自然に戻ってくることを信じながら、ジュラードは雑談へと変わった皆の話に耳を傾けた。
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