再びの旅立ち 10
「他と言うと……やはり旧時代にあったはずの治療法か?」
「そうね。”禍憑き”の原因は過去の同じ病気と若干異なってはいるけど、病気自体は症状からLMSで間違いないでしょう。だとすると……やっぱり旧時代の医学書で治療法を見つけるのが、今一番確実な治療法を見つける手段かしらね」
「でも旧時代の医学書なんて滅多に見れるもんじゃないんだろ?」
今度はローズが問うと、マヤは困った様子で「まぁね」と頷く。
「レイヴン先生に頼んだら……あの人なら医学書見ること出来ないだろうか」
「まぁあの人医者だし、医者ならいつかはどうにか出来るかもしれないけど……でもそれにはまず”禍憑き”が旧時代にあった病だってちゃんと証明しないといけないでしょう。そうなると時間がかかるわ。アタシたちはもっと手っ取り早く治療法を知って彼女を治したいのよ」
「それは、まぁ……そうだが……」
ジュラードもマヤの言う『手っ取り早く治療法を知って彼女を治したい』には大賛成だ。だがそれを実行するには、一体どうしたらいいのかわからない。
「手っ取り早くか……こっそりその医学書見に行くなんてことが出来たらなぁ……」
ローズがポツリとそう呟く。それを聞き、マヤは何か開き直った様子で「そうね、それいいわね」と言った。そしてジュラードが疑惑の眼差しをマヤに向ける。
「マヤ、何か悪巧みを思いついたのか?」
「あらやだジュラード、悪巧みだなんて人聞き悪い。それにまだ具体的な方法までは思いついてないわよ」
ジュラードの問いにマヤは怪しい笑みを浮かべて答える。ローズもジュラード同様に、『何か悪い事考えるつもりだな』と、マヤの様子を見て思った。
「ただローズの言うとおり、こっそり医学書見れたらいいなーって思っただけよん。だってちょっと必要なページだけ見れればいいのよ? 用事自体はほんの一時間……いえ、頑張れば三十分くらいで終わらせられることなんだから。それをいちいち閲覧証明取ったりなんやらで何日も時間を無駄に食うのって馬鹿らしいでしょ?」
「そ、それはそうだが……しかし本は厳重に保管されているんだろう? 勝手にこっそりなんて見れるわけ……」
「見れたとしても、物凄く犯罪っぽい気がするな……」
ローズが不安げに呟くと、マヤは真顔で「犯罪になることは確かね」と頷く。この自分たちの一連の会話で、ジュラードはリリンが余計な事を聞いて誤解しないか心配したが、リリンはよくわかっていなさそうな顔でジュラードたちの様子を眺めていた。
「り、リリン、お兄ちゃんは悪い事しないからな! 誤解するなよ!」
「? うん、わかった。お兄ちゃんは悪い事しないけど、今からようせいさんたちと犯罪しに行くんだね」
「ち、違う! っていうか犯罪って悪い事だ! そうじゃなくて……」
「違うのよ~、リリンちゃん。お兄ちゃんはちょっと世間的に大多数の人からボロクソに非難されるようなことをしに行くだけなのよ~」
「マヤ、お前変な言い方するな! そっちの方が余計にダメっぽいじゃないか!」
「まぁ犯罪も皆でやれば怖くないかな……」
「!? ローズ、お前順調にマヤに洗脳されてないか?! よ、良くないだろ、犯罪なんだし……」
「いいじゃない、ちょっと本覗きに行くだけなんだから。たいした犯罪じゃないわよ。それより……」
リリンの教育によろしくない事は極力避けたい様子のジュラードを無視し、マヤは「問題はどうやってこっそり本を見に行くかよ」と言った。
「無駄話してないで、その方法を考えなきゃ」
「え、えぇ~……本当にやる気なのか……」
一度決めたら実行するのみな女・マヤなので、ジュラードももう諦めて貴重な資料を盗み見る算段を考えるしか選択肢はなかった。
「確か本があるっていうのは、レイマーニャ国の中央……何とかとか言うところだったよな」
ローズのうろ覚え発言に、マヤが「中央医学研究学会ね」と補足する。そうして彼女は「アサド大陸か」と溜息を吐きながら言った。
「そこまで行くのが遠いわよねー……船もタダじゃないし。最近はお金に変えられるお宝も手に入れてないからなー」
「パッと行って帰ってくる方法があればいいんだけどな」
マヤの溜息に続けてローズも苦笑しながらそう言葉を漏らす。すると唐突にウネが口を開いた。
「ある」
「え?」
短く発言したウネに、ジュラードが不思議そうな顔で「何がだ?」と聞く。するとウネはもう一度「 ある」と言った。
「いや、だから何が……」
「だから、お前たちの言う『パッと行って帰ってくる方法』……あると言ってるの。私は転送術が使えるから」
「あ、そっか!」
ウネの思わぬ発言を聞き、マヤは嬉々とした表情で「その手があったわね!」と言う。
「転送術……?」
首を傾げるジュラードに、ローズが「パッと一瞬で別の場所に移動できる魔法のことなんだ」と説明した。
「へぇ……そんな便利な魔法があるのか」
「私は使えないんだけどな。なんでも使える人が限られている魔法らしくて」
ローズはジュラードにそう説明すると、ウネに視線を向ける。
「それで、ウネはそれが使える人なんだな」
「えぇ。でも全く知らない場所へ転送する事は出来ないから、知っている範囲の場所で、その施設に一番近い所に転送という形になるけども」
ウネは真顔で「それでいいなら、私も犯罪に協力できる」と言う。ジュラードは苦い顔で、「犯罪って言うな」とウネにツッコんだ。
「うんうん、いいわよん! 是非是非協力して! で、どこまでなら転送出来そう?」
節約と楽をしたいマヤは嬉々としてウネの提案に飛びつく。マヤに問われ、ウネは少し考えてからこう答えた。
「レイマーニャには行った事が無いけれど、アサドの方ならモルガド皇国とかアスールになら行った事がある。どちらもご飯が美味しい良い国だった」
「んー……その二つなら、モルガドがレイマーニャに近いわね。じゃあモルガドに転送してもらおうかしら」
マヤがそう答えると、ウネは「わかった」と頷く。これでどうやら移動の問題は解決したようだった。だがまだ問題はある。
「で、中央医学研究学会に行けたとしてどうやって忍び込むんだ?」
「それね。どうしようかしらね」
ジュラードの問いに、マヤはまだそれについてもいい方法は思いついていないようで、考える表情で返答になっていない言葉を返した。
「考えてないのか……」
「うっさいわね。文句あるならあなたも考えなさいよね」
マヤに睨まれ、ジュラードは渋々不法侵入の方法という悪い事を考える。
「えーっと……か、関係者っぽく変装する……」
色々悩んだ末にそうジュラードが発言すると、マヤは胡散臭そうな顔で「変装ぅ~?」と乗り気じゃない返事をした。
「馬鹿ね、こっちのメンバー考えなさいよ。ボーっとしてるローズにアホなユーリ、ローズ以上にボーっとしててドジっ娘なアーリィがいるのよ? このメンバーが変装しきれるわけないじゃない。絶対どっかでボロ出すわよ~」
「ちょっと待て、私がボーっとしてるってなんだよ! そんなにしょっちゅうはボーっとしてないぞ! 時々しかしてないだろ!」
微妙にずれてるローズの文句は無視し、マヤは「それなら夜中に不法侵入の方がまだマシ……」と言いかけ、そして何かを思いついたような顔となった。
「いや、待てよ……変装、変装……そうね、関係者って信じ込ませれば楽に進入出来るわね」
「え? やっぱり変装するのか?」
何か悪い事をまた思いついた様子のマヤを見て、ジュラードが恐る恐る問いかける。マヤはニヤリと嫌な笑顔をジュラードに返した。
「変装よりもっと確実な方法を取るわ。ふふ……まぁアタシに任せなさい。実際出来るかはまだちょっとわかんないけど……」
「?」
よくわからずに首を傾げるジュラードたちに、マヤは「とりあえずユーリたちにもこの事を話しましょう」と提案した。
「また遠出することになりそうだからね。話をして、早速出発の準備をしましょう」
「あ、あぁ……わかった」




