再びの旅立ち 9
「お、俺……俺……」
どうしたらいいのかわからないギースに、今度はイリスが声をかける。
「ギース、ごめんね」
驚いて顔を上げたギースに、イリスはもう一度「ごめん」と告げた。
「私、ギースたちに嫌われちゃうのが怖くて……ずっと言えなかった。ユーリの言うとおり、私はずっと暗い場所にいて生きるために……たくさんの人の命を奪ってしまった」
謝罪して許されることでは無いだろうし、生きて償いきれる罪でも無いだろうと思う。しかしそれでもまずはその罪を認め、告白することが彼らに対して自分が背負う責任の一つだとイリスは思った。
「ギースが私を許せないなら、それでもいいんだ。それがギースの正義だもんね……私はギースのそういうところ、すごく好きだよ。そして正しいとも思う。本当はすごく優しくて、誰よりも正義感強いのが君だものね」
「……」
どこか泣きそうな、ひどく頼りない表情で立ち尽くすギースに、イリスは寂しげに微笑を向けて言葉を続けた。
「だから君が私を許せないなら、それでもいい。でも、どうかここに居させて欲しい……私はここで、自分の罪を償いたいんだ。我がままなことを言っている自覚があるけれど、でももう少しここに居させて欲しいんだ……」
願うように、そう切実に言葉を紡ぐイリスに、ギースはやはりしばらくの間はどうしたらいいのかわからない様子で立ち尽くす。しかし、やがて彼は顔つきを変えて、そしてイリスではなくユーリと向き合った。
「おい」
「ん? なんだ、決めたか?」
ギースに声をかけられたユーリは、どこか強い眼差しと変わった少年のその瞳を見返す。ギースはユーリを挑むように睨みつけ、こう彼に言った。
「お姉ちゃんに怪我させたら殴るから」
「……それがお前の答えか」
ギースの答えを聞き、ユーリは納得した様子で笑みを零す。そうして彼はイリスと子どもたちに背を向け、室内に戻ろうと歩き出した。そんな彼をイリスが呼び止める。
「ま、待ってユーリ!」
イリスがそう叫ぶと、ユーリは一旦足を止める。振り返った彼の視線の先には、今まで彼が知らなかったイリスの微笑む姿があった。
「ありがとう」
過去は変えられない。だから彼らの歪に繋がる過去は、過去としてあり続ける。だがその時に生まれた負の感情を許し合い、過去を清算することならば可能なのだ。
「……それよりアーリィに飯作ってくれよ、イリス。腹減ったって言ってるから」
「え? あ、うん、わかった!」
再び背を向けながら返されたユーリの言葉の穏やかさに、イリスは驚きながらも返事をする。
背を向ける一瞬に見えたユーリの表情が、自分と同じで笑んでいるように見えたのは気のせいではないと、そう思いながらイリスは立ち去るユーリの背中を見つめた。
リリンの治療を行っていたローズたちは予想外の事態に直面して、リリンが休む部屋は重い空気に包まれていた。
「何故だ? マナを体から取り除いたのに、何故”禍憑き”が治らないんだ……」
ジュラードのひどくショックを受けたような呟きが、沈黙に包まれていた室内に放たれる。彼の視線の先には、リリンの体に刻まれた禍憑きの印である痣があった。
「何故だ、マヤ。リリンもこれで治るんじゃなかったのか?」
ジュラードはそう縋る気持ちを、動揺した声でマヤに問う。するとマヤもジュラード動揺に、困惑した声で「わからないわ」と答え、ジュラードの気持ちを尚いっそう落ち込ませた。
皆での話し合いが終わってからすぐ、ジュラードはローズとマヤと共にリリンの部屋に向かい、イリスの”禍憑き”を治療したのと同じ方法で彼女の病の治療を始めたのだ。
イリス同様にやはりリリンもマヤのマナを体に溜めていた事は発覚し、それをローズを通じてイリスの時と同じようにマヤが回収を行った。しかし何故かリリンの体の”禍憑き”の印は、それでは消えなかったのだ。
この事実に愕然とするジュラードに、彼らの治療を傍で見ていたウネがこう口を開く。
「イリスの病が治った理由は、やはり魔物化なのかもしれない。魔物に変異したイリスの肉体の細胞が、何らかの理由で”禍憑き”を無効化したのかしら……」
「そ、そんな……」
ウネの意見に驚く声を発したのはローズだ。彼女は「それじゃあ魔物化しないと、彼女の病は治らないってことか?」と、最悪となる事態を確認するように呟いた。
「さぁ……それ以外に治療法は無いなんて思いたくは無いけども」
「えぇ、アタシもウネの意見に賛成ね。魔物化でしか治る方法が無いなんて、そんな馬鹿なことを信じたくは無いわ」
ウネに続けてマヤが厳しい顔でそう言う。ローズとジュラードは頼りない表情で沈黙し、リリンは彼らの重苦しい雰囲気を感じて不安げな表情でジュラードを見つめた。
「お兄ちゃん……」
リリンの泣きそうな顔に気づき、ジュラードは無理にでも笑みを作って「大丈夫だ」と彼女に告げる。
「お前の病気は絶対に治る……お兄ちゃんたちを信じてくれ、リリン」
ジュラードがそう不安な様子のリリンを励ますと、リリンは表情こそ変わらなかったが、「うん」と頷いた。
「でもマヤ、リリンちゃんの中には確かにマナが蓄積させていたんだよな?」
ローズがそうマヤに疑問を問うと、マヤは「えぇ」と頷く。
「”禍憑き”の原因がイリスと同じだったことは間違いないわ。イリスの分のマナを回収して少し力が戻った今だからわかった事だけど、彼女の体には結構な量のマナが蓄積されていたわ。こんなの常に抱え込んでる状況じゃ、そりゃ病気にもなるわよね」
本来は自然に存在し得ない加工された異質なマナが人体にどう影響を及ぼすかは、マヤ自身も詳しいことはわからない。だが何らかの影響があるという事は、”禍憑き”の件で証明された。
「とりあえず、リリンちゃんの中のマナを取ったから病気が今すぐに悪くなる事は無いと思うわ。でもこの辺り一帯には相変わらず異常なマナが漂ってるから、それをどうにかしないとまた彼女の体にマナが蓄積されるでしょう。そうなると病気はまた深刻化していくかもしれない……」
「リリン、体の調子は今どうなんだ?」
マヤの説明を聞き、そういえば今のリリンの体調はどんな感じなのかと思ったジュラードが彼女に問う。するとリリンは少し考えてから、彼の問いにこう答えた。
「んっとね……そういえばどこも具合悪くないよ、お兄ちゃん。朝は少し頭痛かったけど、今は全然痛くない」
リリンがそう気づいた様子で、どこか嬉しそうにジュラードに報告する。それを聞いたマヤは、「やっぱり良くはなってるみたいね」と、少し安堵した様子で呟いた。
「良くはなっているが、病気は完全には治っていないということか……」
「やっぱり完全に治すには、薬とかが必要なのかしらね……」
ローズの呟きに続けて、マヤが溜息交じりに言葉を呟く。そして彼女は少し考えるように沈黙した後、再びこう口を開いた。
「とりあえず今はこれ以上は彼女に対してしてあげられる事は無いわ、残念だけどね。どうやらイリスの”禍憑き”が治った理由は、魔物化という可能性が高くなったわね……だからと言って彼女を魔物化させるわけにはいかないから、他の治療法を探すしかないわ」
「治療法を探す、か……」
また振り出しに戻ったような気がして、ジュラードは小さく溜息を吐く。しかし確実に快方する方向には向かっていると考え直し、ジュラードは他の治療法についてを考える事にした。




