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神化論 after  作者: ユズリ
再びの旅立ち
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再びの旅立ち 8

「そうだな、確かにこいつは人殺しだ。平気な顔して人を殺せる。そういう奴だ」

 

 ひどく落ち着いた声で、ユーリはギースの言葉を肯定する。イリスもそれは否定できず俯き、そんな彼の耳にこう続けるユーリの声が聞えた。

 

「そして俺もな。こいつを人殺しのバケモンって言うなら俺も同じだ。こいつと俺は同じ場所で、同じように人を殺して生きてきたからな」

 

「!?」

 

 驚き顔を上げるイリスの目には、ただ真っ直ぐな視線をギースたちに向けるユーリの姿が映った。

 

「お、お兄ちゃんも、人を殺したの……?」

 

 フォルトが怯えた眼差しをユーリに向け、フィーナは今にも泣き出しそうに顔を歪める。そんな子どもたちを前に、ユーリは過去を見つめる眼差しで「あぁ」と頷いた。

 

「で、でもそれって、マーダーとか悪い人を、ですよね? 身を守るために仕方なく、とか……」

 

 トウマがそうユーリに問うと、ユーリは首を横に振る。

 

「そういう奴を殺した事もあったけど、それだけじゃなかった。俺たちは身を守るために人を殺してたんじゃなくて、自分が生きるためにそうせざるを得なかったんだ」

 

「生きるため……?」

 

 理解できないといったふうに呟くトウマに、ユーリは語る。

 

「俺たちはそういう場所で生きてたんだ。多分お前らには想像出来ないだろうひどい環境の場所で、俺たちを含めた多くに人権なんて無くて、そんな場所でしか生きられなかった……命令のままに人を殺して、出来なきゃゴミ扱いで自分たちが死ぬ。そういう場所に俺もこいつもいたんだよ」

 

 かつての過酷な内情のヴァイゼスで、彼らは全く同じ立場だった。

 頼れる家族も無く、ヴァイゼスという檻から出ても行く場所はない。

 常に他人を監視し、監視され、裏切る者や邪魔な存在を命じられるがまま殺す。失敗すれば……

 

「だから、こいつが人殺しって理由でバケモン扱いされるんなら俺も同じだな。で、どうなんだ? 俺のことも非難するか?」

 

 何も言わずに沈黙する子どもたちを前に、ユーリは小さく溜息を吐く。そしてイリスは『もういい』と言おうと口を開きかけた時、ユーリはまたも思わぬ行動に出た。

 ユーリは腰に吊っていた短剣の一本を鞘から素早く引き抜くと、その切っ先をイリスへ向ける。

 

「なっ!?」

 

 イリスと、それに子どもたちが驚く中で、ユーリはイリスの喉元に光る刃を当てながらこう言った。

 

「それともこいつがバケモンなら、手っ取り早く俺がここで殺してやろうか? 魔物は危険だもんな、昨日みてぇに暴れてお前らに危害加えるかもしんねーし」

 

「ゆ、ユーリ……」

 

 彼が一体何を考えているのかわからず、イリスは戸惑う声を上げて彼を見る。しかしユーリは底冷えする眼差しで、自分を見返すだけだった。

 

「で、どうすんだ? こいつが魔物なら、俺はこいつをぶっ殺す。お前ら次第だぜ」

 

 ユーリの物騒な言葉と態度に、ついにフィーナは泣き出す。エリはそんな彼女を慰め、そしてフォルトはユーリに向けて小さくこう言った。

 

「や、止めて……おねえちゃん、殺さないで……」

 

 泣きそうに震える声で、フォルトはそう呟く。それを聞き、ユーリは「いいのか?」と確認するように聞いた。

 

「お前らの認識では、こいつは魔物なんだろ? お前らは殺せねぇだろうから、俺が代わりに殺ってやろうって言ってんだぜ?」

 

「だめ、殺さないで……僕はやだ、おねえちゃん、死んじゃうのなんて……」

 

「でも魔物だろ?」

 

 ユーリが重ねて問う。するとフォルトは大きな声で「違う!」と言った。

 

「お姉ちゃんは魔物じゃないもん!」

 

「え……?」

 

 フォルトの言葉に、イリスの目が見開かれる。フォルトはもう一度強く「魔物じゃない!」と言っ た。

 

「お姉ちゃんはお姉ちゃんだから、殺さないでよ!」

 

 ユーリは泣きそうな少年の訴えを聞き、冷めた眼差しはそのままに視線を彼以外に移す。

 

「で、他の奴はどうなんだよ」

 

 ユーリの問いかけに、今度はトウマが「俺もイリスさんを傷つけてもらいたくないです」と答えた。

 

「確かに俺も、最初は見た目が怖くてそれが態度に出ちゃったかもしれないけど……でも、やっぱりイリスさんはイリスさんですから。魔物では……ないです」

 

「私も……お姉ちゃんはお姉ちゃんだと思う……」

 

 トウマの言葉に続けて、エリもそう呟く。そしてフィーナも泣きながら、「おねえちゃんをいじめないで」とユーリに訴えた。

 

「おねえちゃん、わるくないもん……っ……い、いじめちゃ……ヒック……いじめちゃだめ、だもん……っ」

 

「み、んな……」

 

 子どもたちの言葉に、イリスは茫然と立ち尽くす。

 本当は、彼らも信じたかったのだろうと思う。イリスが”人”であると。ただ目の当たりにした突然の異常事態に、心が直ぐには適応できずに異常を排除しようとしたのだろう。その結果に、変化したイリスを拒んでしまっただけなのだ。

 

「んで、お前はどうなんだ? ギース」

 

 ユーリの視線が、ただ一人沈黙するギースに向けられる。いつも強気な少年は、ユーリに問われて恐怖したように肩を震わせた。

 

「だって……だって、俺は……あんな、平気な顔で、あんなふうに……簡単に人の命を奪うなんて……」

 

 少年の中で、感情が葛藤する。幼い正義心は純粋で、たとえそれが自分を助ける為だったとしても、イリスの行為を簡単に受け入れることは難しいのだろう。

 拳を握り締めて迷うギースに、ユーリは短剣を持つ手を下ろしながら「平気なわけねぇだろ」と言った。

 

「え?」

 

「平気なわけねぇよ。こいつも俺もそうやって人を殺してきたけど、実際平気なわけじゃない。平気なふりしとかないと、自分の心が先にイカれちまうから……平気な顔してるだけだよ」

 

 どこか寂しげな眼差しで、そうユーリはギースに教える。

 ユーリの言葉の何もかもがイリスには意外だった。彼が自分を庇う事、そしてそこまで理解してくれていたこと全てが。そうすることで自分自身の行いも含めて肯定しているのかもしれないが、それでも彼の言葉はあの時代にひどく孤独だったイリスには嬉しかった。


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