再びの旅立ち 6
ユーリのその言葉を聞いて、アーリィはショックを受けたような顔となる。そのアーリィの反応を見て、ユーリは思わず彼女に聞いた。
「アーリィは……あいつのこと、心配?」
「え? あいつって、イリス?」
「うん……」
ユーリの唐突な問いに、アーリィは「心配だよ」と正直に答える。そしてユーリの表情が複雑に変わると、アーリィは不思議そうに「ユーリ?」と聞いた。
「どうしたの?」
「いや……な、なんで心配なのかなーってさ……そう思っただけ」
まだイリスを許しきれない自分の心を誤魔化すように、ユーリはアーリィへそう苦笑しながら返事する。するとアーリィは彼にこう答えた。
「んー……だって、彼はもう人 じゃないんでしょ? きっと彼、孤独だよ……だから心配」
「孤独?」
予想外のアーリィの答えに、ユーリは「どうしてだ?」と首を傾げた。そうしてアーリィは語る。
「だって、周囲は彼を理解してくれるかわからないと思うから。それって想像すると不安で怖いことでしょ? 周りはいつも通り接してくれるかわからないし、皆と違う自分を受け入れてくれないかもしれない……その不安がわかるから、きっと彼、孤独だろうなって。心配って言うより、私の気持ちは同情なのかもしれない」
アーリィ自身も周囲とは違う存在だから、少なからずイリスの心情を理解できるのだろう。あるいは彼女も孤独を感じていた時期があったのかもしれない。
「でも、ユエは前と変わらずあいつと接してたし、だから他の奴らだって……」
「皆が皆、以前と同じように接してくれるとは限らないよ。だってイリスは魔物になったんだもの……魔物の多くは人を襲うから、人は魔物を恐れてる。恐怖は人の本能に直結したものだから、時にそれは理性をも上回る感情になるの」
アーリィは目を伏せ、どこか寂しげに言葉を紡ぐ。
「昨日まで親しかった人が異形へと変わった時、あるいは異形のものだったと発覚した時、その人を受け入れてくれる周囲は存在すると思う。でもきっと皆が皆、そういうわけにはいかないよ。悲しいけど、人の心は色々だから。彼を拒絶する人は出てくるだろうね」
だから心配、と、そうアーリィは寂しげに呟く。彼女が寂しげに呟く理由や、今の言葉の根拠を知るユーリは、衝撃を受けた顔でアーリィを見つめた。
アーリィ自身は覚えていないことだから、きっと記憶ではない別の感覚で彼女はそのことを理解しているのだろう。
かつてアーリィが人では無くアンゲリクスという未知の存在だとユーリが知った時、彼がアーリィを拒絶した事実があるのだ。だからユーリは心が痛むくらいに、アーリィの言葉を理解できた。
確かに異質な存在と知り、それを目の当たりにし、その存在を今までと同じように受け入れられるかどうかなんて……
「そうだな……心配、だな」
「うん……」
何か反省させられたような気持ちになりながら、ユーリは俯く。そんな彼にアーリィは心配した眼差しを向けた。
「ユーリ、どうしたの?」
「あ、ううん、何でもねぇ。それよりアーリィ、お腹空いたって言ってたよな?」
「え? あ、うん……」
頷いたアーリィに、ユーリは微笑みかける。そうして彼は「なんかメシ持ってくるな」と言って立ち上がった。
「え? いいよ、私もう起きられるし自分で行くよ」
「いや、まだあんま顔色良くないしもう少し休んでろって。うさこ、アーリィのこと頼むな」
「きゅいいぃー!」
元気に返事をするうさこの声を聞きながら、ユーリは部屋を出る。そして彼は食事の用意へと向かった。
アーリィの朝食を用意してもらおうと、部屋を出たユーリはイリスの姿を探す。
本当はイリスにあまり関わりたくないという気持ちがあった彼だが、自分が料理してアーリィにまずいものを食べさせるわけにもいかないし、ローズたちはリリンの治療を行っているのでそちらに頼むわけにもいかない。仕方ない気持ちで、彼はイリスの姿を探した。
ユーリがイリスの姿を探しながら孤児院内をふらふらしてると、彼の姿は丁度よく調理場にあった。
「あ、いたいた。おい性悪、ちょっとアーリィにメシ作れ……って、なんだ?」
イリスの姿を見つけてユーリが近づくと、彼は部屋の隅っこの方で椅子の上で器用に膝を抱えて落ち込んでいた。そしてその傍では、ラプラが心配そうに彼を見ている。
「……おい」
ユーリがもう一度イリスに声をかけると、イリスはどんよりと暗い顔で緩慢に顔を上げる。「なに?」と消え入りそうな声で返事をした彼に、ユーリは「メシを」と言いかけて、別の問いを向けた。
「何があったんだよ」
「……別に」
素っ気無くそう答えるイリスにイラっとしたユーリだが、苛立ちを抑えて彼は言葉を続ける。
「あぁ、ガキ共に嫌われたんだろ」
図星だったのか、イリスは何も言わずにまた俯く。すると彼の代わりにラプラが口を開いた。
「先ほどイリスが彼らに事情を話そうとしたのですが、彼らがこの姿のイリスを怖がりまして……」
本人もそういう事態を予想出来ていたとはいえ、実際に拒絶されるとショックは大きい。とくに幼い子どもほど自分の感情に素直に反応するので、おそらくは面と向かって怖がられて拒まれたのだろう。
「やっぱりもう私、ここにいれない……」
ぽつりとそう呟いたイリスに、ユーリは何か内心でもやもやとした苛立ちのような感情を抱いた。それは今まで彼に感じていた憎しみとは別の感情。その感情がなんなのかと問われれば上手く彼も言葉には出来なかったが、ただ一つ確かに言える事は憎しみでは無かった。
「で、でしたら私のところに……っ!」
嬉々としてイリスにそう言い掛けたラプラは、しかし直ぐにイリスの心情を理解して「いえ、何でもありません」と呟く。
イリスは俯いたまま何も言わず、ユーリは苛立つ感情のままに彼に言葉を向けた。




