光の裏側 26
「わ、私は痴女じゃない……断じて違うからな。あぁ、ユーリに変態って思われてたらどうしよう……」
「はいはい、わかったからそんな可愛い顔で泣かないでよ。そんなふうに泣かれちゃうと興奮しちゃって、もっと徹底的にえげつなく苛めたくなっちゃうじゃない。うっふふふふふっ」
「ひいぃっ」
「と言うか、何故お前はそんな格好で寝てたんだ」
自分の着ていた上着を貸してあげながらジュラードがローズに問うと、ローズはめそめそ泣きながら一言「マヤが」と言う。そろそろローズたちに(色んな意味で)慣れてきたジュラードは、その一言で全て理解出来た。
「なるほど」
「まだ全部説明してないんだが……」
「いや、全部言わなくても大体予想できたから。大方マヤにそそのかされてそういう格好で寝たんだろう」
「そそのかされたって言うか、マヤが昔に『こういう格好で寝るとリラックス出来てぐっすり眠れて次の日からまた元気に旅出来るわよ~』って教えてくれてから、確かにぐっすり眠れるから野宿の時じゃなければこれで寝るように……あ、以前お前と一緒の部屋で寝た時は一応遠慮したんだ」
「そうか……」
やっぱりそそのかされてるじゃないか、と、そう思いながらジュラードはマヤを見る。マヤはにやりと笑ってジュラードを見返していた。
「パンツがぎりぎり隠れるくらいの大きめな白ワイシャツ一枚での朝はロマンよ! 正義なのよ! ううん、正直パンツもいらないってアタシは思ってるわ!」
「うん、堂々と主張することではないな。あと、お前の発想はどうしてそう思春期の男子みたいなんだ」
「なんか私、マヤに騙されてたのか……?」
マヤとジュラードのやり取りを見て、ローズは薄ぼんやりと自分は何か間違っていたのかと悟る。しかしマヤは最高の笑顔で「そんなこと無いわ、ローズ」と言った。
「騙してなんかないの。ただかーわいいローズをアタシ好みに洗脳……えーっと、つまりアレだからアタシの言う事だけ聞いてればいいのよ。そういう話なの、コレは」
「アレってなんなんだ!? なんか怖い!」
「……お前もラプラとかいうヤツと発想が大差ないじゃないか」
ガクガクとうさこ並に恐怖に震えるローズと、呆れた表情を自分に向けるジュラードを見て、説明と言い訳に疲れたマヤは「もう、いいからアタシたちも中に戻りましょ」と言って話を終わらせる。
まだ例の魔族二人は何か揉めて言い合っていたので、三人とうさこは彼らを置いて建物へ戻っていった。
ずっと、恐ろしい夢を見ていた気がした。
化け物になった自分が大切な人を傷つける、そんな悪夢。
もしかしたら、夢ではなかったのかもしれない。
「……」
目覚めると、ひどく優しい眼差しが自分を見つめていた。
「おはよう、イリス……」
大きく温かい、大好きな彼女の手が自分の頬を撫でる。それを感じながら、イリスは彼女を見返して薄く唇を開いた。
「ユ、エ……」
喉が渇いて、声は掠れていた。だがベッドに横たわるイリスはユエを真っ直ぐ見つめ、彼女の名前を確かに呟いた。その瞬間、彼を見つめるユエの瞳に涙の膜が張った。
「イリス、あたしが……わかるんだね?」
ユエの問いに答える代わりに、イリスは頬に触れる彼女の手に頬擦りする。愛しいぬくもりが心地良く、イリスはそれをずっと感じていたいと思った。
ユエは堪え切れなかったように灰色の瞳から大粒の涙を零し、彼女は横たわるイリスに覆いかぶさるように彼を抱きしめた。
「イリス……っ!」
「……ごめんね、ユエ……わたし……」
「いいんだ……生きててくれれば……生きててくれればそれだけで……っ」
涙に濡れる彼女の声が悲しくて辛くて、イリスは彼女を抱きしめ返そうとする。鉛のように重たい体を動かし腕を持ち上げると、赤黒く変色した歪な形の手は、もう人の手ではなくなっていた。
「……」
あぁ、もう自分は一欠片も人ではないのだ、と、それを理解した彼は無言で手を下ろした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あれ、ジューザス……また何処か遠くに行くの?」
そんな問いかけの声が聞え、ジューザスは疲れたような表情で振り返る。荷造りの最中だった彼が手を止めて背後を振り返ると、そこには大きなお腹を摩りながら立つエレスティンの姿があった。
「うん……帰ってきたばかりなのにね……」
「た、大変ね……お疲れ様」
ジューザスは重い溜息を吐いて、「ごめん」とエレスティンに謝罪する。エレスティンは苦笑しながら、「いいよ、気にしないで」と彼に返事をした。
「忙しいのはわかってますから」
「うん……やっぱり君には子どもが生まれるまで実家にいてもらった方がいいかもしれないな……」
「あー……そうだね、じゃあもう少しリュートと実家にいようかな」
エレスティンがそう答えると、ジューザスはまた重い溜息を吐く。
「あぁ、こんな大事な時期に君の傍に居れない私って……君のお義父さんたちにダメな父親だって思われていないかな?」
リアルに深刻な心配をするジューザスに、エレスティンは可笑しそうに笑いながら「大丈夫だよ」と答える。
「お父さんたちも、あなたの仕事のことは理解してるもの。ゲシュだった弟の為にもあなたには頑張ってもらいたいって、むしろあなたのことを応援してるわ」
「そう、か……」
今現在ジューザスはヴァイゼスが存在していた頃に手に入れた旧時代の資料などの情報や知識を、世界の正しい発展等の為に世界各地の様々な機関に提供するという仕事を行っている。
それと同時にゲシュの差別を無くす為にも行動しており、ゲシュである彼自身が機械技術や旧時代の貴重な文献などの提供を行うことで、その見返りとしてのゲシュの社会的地位の確立を行おうとしていた。
かつて非道な方法で”ヴァイゼス”が手に入れた貴重な情報を膨大に所持する彼は、それを処分はせず、どう利用するのが正しい方法なのかを考えた結果にこうする方法を選んだ。それがせめてもの償いになると、それを信じて。
ジューザスは優しく微笑む妻を愛しげに見つめ、「ありがとう」と告げた。
「それよりリュートがパパの顔を忘れるかもよ? そっちの心配した方がいいんじゃないかしら。あの子、おじいちゃんをお父さんと勘違いしたりして」
「!?」
にっこり微笑みながらそうジューザスに告げたエレスティンに、ジューザスの顔色は本気で青ざめる。
「り、リュートは? 今リュートはどこに……! 私の顔、見せないと……!」
「残念でした、今は寝てます」
エレスティンが同じ笑顔のままそう答えると、ジューザスはがっくり肩を落としてその場に膝を 付いた。
「……忘れられるかな、私の顔……どうしよう、どうしたらいいんだ……っ」
「あはは、冗談ですよ。深刻に考えすぎです、パパ」
本当に可笑しそうに笑うエレスティンを見て、ジューザスも思わず笑ってしまう。そして彼は立ち上がり、エレスティンに近づく。彼女を抱きしめ、自然と二人は口付けを交わした。
「……今度はどこに行くの?」
唇が離れると、エレスティンがそう問いを呟く。ジューザスは彼女を解放しながら、「レイマーニャ国まで」と答えた。
「アサド大陸? それは遠いね……」
「うん……でも君の出産予定日前には絶対に帰ってくるよ」
「無理はしないでね。……気をつけて」
「あぁ」
微笑み 、ジューザスは頷いた。
【光の裏側・了】




